第17話

 椿と凪の話を一通り聞いて、遣り切れない思いとともに「…そうですよね。」と吐き出したトキワとは対照的に、ヒミは特に何の感情も持たないまま、事実だけを黙って聞いていた。理由がどうであれ、片方だけの赤目をヒミに残して、自分の意志で消えたことには変わりないのだ。ヒミの赤目がまだ片方だけということは、巴もまたどこかで生きて片目が赤いということではあるが。

「なあ、海さんの所へ行ってみるか?もっと詳しいことがわかるかもしれない。もしかしたら巴の居場所だって…」

 トキワに優しく問われたが、ヒミは首を横に振った。

「なんでだ?知りたくないか?」

 ヒミは、ここにいるのがトキワで良かったと思いながらも、伝わるように心の中で声を発した。

「…そっか。悪かったな、余計なことして。」

 トキワが不機嫌になるのも無理はない。ヒミのために動いてくれているのに、そのヒミから伝えられた言葉は「もう、どうでもいい」だった。

 正確には、表面に浮いてトキワに伝わったのがこの短い拒絶の言葉だった。その奥底には、もう迷惑をかけたくない。知って悲しむことになりたくない。前任達を困らせるのは本意じゃない。自身ですらもすべてを認識できてはいないほどの思いがあった。

 ヒミは、去っていくトキワの背に謝罪の言葉を思った。


 

 何もしたくないほど怠く重いものを引きずっている時でさえ、他所では関係なく穢れは溜まっているようで、それを知らせる鈴がやけに澄んだ音でコロコロと鳴った。

 ヒミが岩戸を潜り抜けると、夕暮れの無人駅に、育ちの良さそうな女の姿をした穢れがいた。輪郭がぼんやりとしていなければ、生身の人間と見間違うような穢れだった。ヒミに気付くと、驚いた女はビクリと身を震わせ、ヒミを睨み付けた。

 ああ、話が、できそうだ。

ヒミはなぜかそう思ったが、そうだ、今の自分には残念なことに声がないのだ。逡巡していると、声をかけてきたのは穢れの方だった。

「私を、消す?」

 思っていたよりも落ち着いた、優しく空気を震わす声だ。ヒミはひとつ、ゆっくりと頷いた。

「そう…。ねえ、一晩だけ、待ってくれない?どうしても、会っておきたい人がいるの。お願い。消える前に、もう一度、会わせて。お願い。」

 悲壮感漂う女に懇願されて、穢れを見逃すことにした。一晩だけ、明日の朝、またここに来るという言葉を信じて。


 里に戻ると、宮司が黙ってヒミを見据えていた。穢れを見逃した以上、顔を合わせ難いヒミは、足早に通り過ぎようとして、失敗した。

「自分が何をしたか、わかっているな。明日になって、どうなるか、受け止めなければなるまい、覚悟しろよ。」



 

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