第16話

 結局、ヒミは泣いて怒る芙蓉を置いて里へ帰ってきた。

「どうやって消えてしまおうか」と考えながら歩いていると、目の端に揺れるものが映った。目線だけで追うと、その先にいたのはハナだった。今日もふわりふわりとしている。ふわりとしているのに、やけに輪郭ははっきりとして、花の香でも放っているようだ。その笑顔の向こう側にいたのはトキワだった。

 何か疾しいことがあるわけでもなかったが、二人に見つかりたくないとヒミは音を立てないように早足で二人から離れた。



「消えることは許さぬ、と前に申したな。忘れたか。」

 宮司から投げられた言葉に、頭から足の先まで氷の芯が通ったようにヒヤリとした。

「なぜ知っているのかという顔だな。トキワに会わなかったか?」

 忘れていた。忘れていて、思わず心の中で言ってしまっていたのだ「消えたい」と。きっとその声を聡いトキワが拾ってしまった。でも、だとしたら。なぜトキワは宮司に告げ口のような真似をしたのか。トキワに悪気は無かったとしても、今のヒミにとっては裏切りに感じられた。

「トキワを責めるなよ。あれもお前を心配している。」


 社を出ると、トキワが待っていた。

「ヒミ…、これから、少し出かけないか?たまには、凪さんと椿さんに会いに。お前の声が出なくなったのも知ってるから、大丈夫だから。な?」

トキワの神妙な顔つきに、ヒミは頷いて従った。


「久しぶりね。」

「なんだよ、お前らずいぶん痩せたな?」

 凪と椿は笑みを作ろうとして失敗したような顔で二人を迎えた。

「で?二人でどうした?何か話があるから来たのか?」

「実は、宮司の話では、ヒミは口伝をうけていないのに、その術を使っているらしいんです。でも、宮司は教えてくれないから、何の術なのかわからなくて。二人なら、ヒミの前任を知ってるでしょう?何か、知りませんか?」

まさか自分のことが話題に上るとは思っていなかったヒミは、目を見開いた。

「…ヒミが驚いた顔してるぞ。」

「ヒミ自身も知らずに使っているらしいんです。たぶん、使えていることも今知った。だろ?」

 ヒミはコクリと頷いた。

「さあな…。俺たちも、聞いたことがないな。」

「そうですか…。」



「だったら、なぜヒミの前任が失踪したか教えてください。」

トキワは手がかりになりそうな話題を選んで、敢えて今まで聞かなかったことを口にした。ヒミは無表情のままだ。

「…そうか。話しても、いいかな?凪。」

「ヒミもいるし、聞かせた方がいいのかもね。」

凪が頷いたのを確認した椿は、言葉を選びながらも説明し始めた。

「どこからどう話せばいいのか…、ヒミの前任は巴っていう男なんだが、アオイの前任の海は知ってるよな?あと、凪の前任の琥珀っていう女が居てだな…、早い話が…二人は琥珀が好きだったんだ。ある時、琥珀が体調悪い最中に穢れを受けて倒れた。それを二人は助けようとした。結果的に助かったんだ。だけど、その代償に、巴は恐ろしい力を持つことになった。反対に、海は大切なものを守れる力を得た。琥珀は、二人に感謝したさ。だけど、巴は、もう琥珀に触れることができなくなった。それどころか、生きているものに触ることができなくなってしまった。自分が触れれば、それは死んでしまうから。…わかるだろ?なんでいなくなったか。」

トキワが言葉に詰まったのを見受けて、凪が続けた。

「どこにいるのか、最初は探したの。でも、連れ戻したところで、巴は余計に孤独なのかもしれない。そう思うと、このまま見つからない方が良いんじゃないかって。」

二人の話を黙って聞いていたトキワだったが、理解できないことが一つあった。

「神様は、巴の居場所がわかるんじゃないんですか。宮司に取り次いでもらえば…」

トキワの言を遮って凪が答えた。

「それは、できなかったの。自分の意思で居なくなった人を探してほしいなんて、取り次いでくれるわけがないわ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る