第15話

「アオイは、私のこと嫌いにならないよね?」

「どうした?」

「私、ヒミちゃんに嫌われてるみたいで、なんか怖いの。笑わないし、何も言ってくれないし、感情がどんどん無くなっていくみたいで…」

「…もともとそんなに喋る奴じゃないし、声は出ないんだから仕方ないだろ?」

「そうかもしれないけど、なんだか…」

「ハナに対してだけじゃないんだから、あんまり気にするなよ。」

「うん…」



 トキワとキナリに誘われるがままにヒミが街へ出掛けて間もなく、祓を告げる鈴が鳴った。アオイとハナは、暫くぶりの仕事に些か緊張感を携えながら宮司の元へ向かった。

「このところ穢れの様子が攻撃的なようだ。くれぐれも気を付けるのだぞ。」

「「はい。」」

 アオイとハナが岩戸をくぐり抜けると、そこは月もない暗い夜だった。波の音と、やけに生ぬるい潮の匂いが鼻につく。目が慣れてくると、潮溜まりに蠢く人影をみつけた。しばらくはヒミが一人で片付けていたため、このところ穢れを目の当たりにすることはなかったが、二人の記憶にある穢れよりもやけに大きく、禍々しい気を放っている。

「…なんだよ、これ。ヒミが一人で祓うようになってからひと月くらいか?その間になんでこんなになったんだ?」

 ひと月ほど前に見た穢れはただの黒い靄だったはずが、今では人形を成している。そればかりか、意思を持っているように二人の方を向いている。

「とにかく早く祓って戻ろう。」

「うん。」

 少々難儀するかに思われたが、以前と同じように祓えばおとなしくすぐに消え去った。

「…なんだ、案外簡単だったな。」

「でも…なんだか苦しそうにみえたね。人の形だったからかな…」

 

 二人が戻ると、いつからか待っていた他の三人が一様に安心した表情を見せた。

「なんだよ、皆して。穢れが攻撃してくるとか脅かすからちょっと緊張したけど、何てことない。おとなしいもんだったよ。」

 アオイの報告を受けてトキワが口を開いた。

「ヒミが…、ごめんって言ってる。」

「え?」

「二人に行かせてごめんって。今度からちゃんと今まで通り一人で行くってさ。」

 アオイは納得いかないと隠しもしない口調でヒミに答えた。

「だから、何でお前が一人で全部背負う必要があるんだ。お前が行くと攻撃されることもあるんだろ?皆で行けばいいだろ。」

 ヒミが何も言わないのを見てアオイは目線をトキワに向けた。

「…なんて言ってる?」

「危ないからだ…って。」

「は?」

「…俺を睨むなよ。」

「どうしてそうなるんだ。俺達は足手まといか。」

「…そうだ。って伝えろって言ってるけど、」

 トキワは一旦言葉を区切った。そうしてまたアオイに向けてヒミの本心を告げた。

「…危ない目に遭うのは一人でいいって…」

 一瞬言葉を失ったアオイだったが、すぐに思い出した苛立ちは言葉となった。

「なんでそんなに卑屈なんだお前は。本当は声も出るんじゃないのか?色だって見えてるんじゃないのか?」

「やめろ、アオイ。」

「昔のお前は素直で可愛かったよ。よく笑ってた。なのに、今のお前はなんだよ?全部一人で不幸背負ってるみたいな顔して。子供の頃に俺が言ったのは、俺が一緒に祓い子になりたいって思ったのは、今のお前じゃない。」

「アオイ…もうやめろ。」

 泣いてしまうかもしれない、とハナもトキワも、ヒミ自身も思ったが、予想に反して涙は出なかった。それどころか悲しみも怒りも湧いてこない。ヒミの表情は寸分も動かず、ただ呆けたようにアオイをぼんやりと見つめるだけだった。


 4人と別れ、何の感情も自覚できないまま、ヒミはただふらふらと歩いていた。そうしていつの間にか、コウに会いに来ていたらしい。だが目の前にいるのはコウではなく芙蓉だった。

 更にはなぜか芙蓉が泣きながらヒミを睨んでいた。

「 あんたのせいよ!」

 大きな目から涙をこぼしながら、明らかな怒りをもって睨んでいる。

 最近、よく怒られるな…とヒミはぼんやりと思うが、もはや怒りを向けられる理由もわからず、目の前の女を見つめるしかない。

「あんたが消えればいいのに」

 芙蓉からぶつけられた言葉にも「あぁ、そうか」としか思わなかった。

 なぜこんなにも怒りを向けられているのかわからないが、とにかく自分が消えれば目の前の女は満足なのだろう。それから、きっとアオイやハナも不要な思いをしなくて済むのかもしれない。トキワ達にも気を遣わせているのだから、消えてしまうのも良いのかもしれない。ヒミはただ、そう思った。

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