覚悟
この街を出る事を決めてから部屋の解約手続きをし、電車の乗車券を買って、新しい部屋の契約とあっという間に火曜日になった。夜になり手持ちの荷物を片付けてベッドに寝転んだ。あれから一度も連絡を入れずに動いていたため、通知欄には2桁の通知が並んでいた。流石に連絡を入れず出ていくことに少し引け目を感じ少し考えて1通だけ送った。
~日向さん 返事返せなくてすみません。ほんとに急なんですが、私のことを忘れてください。このまま私といると迷惑がかかるし、日向さんの負担になりたくない。それに日向さんには私よりも相応しい人が居るはずです。私はずっとこの先も日向さんの幸せを願ってます。誰よりも大好きです。今までありがとうございました。幸せになってください~
送信を押す指が少し震え涙が溢れてきた。でもこれで良かった。これで何もかも丸く収まる。私一人が責められるのは耐えられるが、間違いなく日向さんも責められる。そう思うと私が出ていく他に選択肢は無かった。現実は少女漫画のように甘くはない。改めてそう実感させられた気がした。
少し気持ちを落ち着かせてから友達に軽いメッセージを送った。一方的に送り付けて誰からも着信設定をオフにして画面を閉じた。
1時間ほどして家のインターホンが鳴った。重たい体を起こして覗き窓を少し除くとバーの友人が立っていた。
「おーい。雪ーどうせ項垂れてるんでしょー。開けろー」
やる気のない声を出しながら扉をノックしている。ゆっくりと扉を開けるとビニール袋を片手に彼女が立っていた。
「いきなり連絡来たと思ったら電話出ないんだから ほら最後の日なんだからちょっと話しようよ」
「うん… 上がって」
部屋に上げ暖房を付けた。
「もうほとんど何も残ってないんだね」
「そりゃね とりあえず暖房と布団は明日運んでもらおうかなって」
「なるほどね」
ガサゴソと袋の中からお酒とおつまみを出し私に渡した。
「で? 例の日向さんはどうするの?」
蓋を開けながらこちらを見てひと口のんだ。
「…置いていくつもりなんだ。さっき連絡入れて、着信拒否したから多分もう連絡は来ないと思う」
「それでいいの? あんたが今までで一番幸せだって思える時間をくれた人なんでしょ?」
彼女は私が悩んでいる時はいつも心に刺さる言葉を迷いなく言ってくる。それが有難い時も面倒だと思う時もある。
「…よくないけど、日向さんだけはどうにかして守ってあげたいから」
お酒を持つ手が少し震える。
「あのさ、それって雪の思いだけじゃない? 日向さんの気持ちはちゃんと聞いてるの?」
お酒を置いての頬を両手で摘んだ。
「それは…」
目線を落とす。
「聞いてないんでしょ? 怖いのは分かるけど、 付き合ってるんだったらそれは駄目だよ。ちゃんと相手の話も聞かないと」
「…本当は私だって連れていきたいよ!…でもこんな先の不安定な人間に付いてきてくださいなんて言えないし…」
本音が少しずつ出てくる。言わずに黙っておこうと思っていたのに。
「雪は日向さんを信じて無さすぎなんだよ。もし私だったら間違いなく雪との関係を終わらせてる。日向さんが会いに来ないのは一方的に言われて連絡とることを拒否されて、どうしていいかわからないんじゃないかな。終わらせるつもりなら連絡してこないと思うし。本当に大切なら直接気持ちを伝えた方がいいよ」
何も返す言葉がなかった。信じているつもりだったけど、今は一方的に拒絶している。相手を信じることが怖かった自分の弱さのせい。でもあと一日も無い、今まで連絡も返さなかったこの状況でついてきて欲しいというのは身勝手すぎる。
「…気付くのが遅すぎたんだよ…」
額に手を当て、吐き出すように言葉が出た。彼女はそんな様子を見て私の携帯を手に取り弄り出した。
「明日15時の電車だっけ?」
「うん…」
画面を消すと布団に軽く投げ、
「有難迷惑だろうけど日向さんに時間だけ連絡送った。…来るかどうかはあの人次第だけど来たらちゃんと話をしてあげな。」
「………」
「私だって雪が大事なんだから、幸せになって欲しいんだよ。苦しんでる親友を見捨てることは出来ないからね。今日はもう帰るから、明日ちゃんと顔を上げて前を向くんだよ」
そう言い残すと私の返事を聞かずに静かに部屋から出ていった。
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