第22話
口封じが目的でないのならば、一体何が動機だというのか。葉子も百合子も、真の動機を語ろうとはしない。
「……まさか、本当なのか?」
そこへ、今まで呆然として黙ったままであった翔太郎が口を開いた。
「翔太郎さん、何か…知っているんですか?」
つぐみは翔太郎に尋ねた。すると、翔太郎はどこかやるせない表情になる。
「昔…村の連中が言っていたのを聞いたことがある。僕の親父は…良吉は、かなりの女好きで隣の村中の女だけでなく、あろうことかこの家の、お袋以外にも手を出していた…と」
「…え?」
つぐみは始め、翔太郎が言っていることの意味が分からなかったが、意味の端を掴んだ途端に強いショックを受けた。
「この家の女…ってまさか、沢野さんか!?」
梅野は信じられない、という風に翔太郎に問い質す。沢野はますますうなだれる。そして百合子は全身が震えて、自身を抱きしめるようなポーズになる。まるで恐怖に直面しているかのように顔を歪ませた。
「もちろん沢野もあの男の被害者さ。沢野はね…あの男に無理矢理肉体関係を求められて、子供まで出来ちまった。沢野は嫁入り前の娘だったって言うのに…」
葉子のその言葉の後、沢野はとうとううずくまり、背中を震わせる。
「断れなかった私も悪いんです! でも葉子様は、私を許して下さって、子供も産んで良いとおっしゃって下さいました…。ですが、その子は…流れてしまったんです…!」
沢野は嗚咽を漏らした。
「…それだけじゃないよ。あの男を問い詰めたらねえ…実の娘である百合子と撫子にも手を出していたんだ!」
「そ…そんな!」
つぐみは思わず叫んだ。百合子は俯く。
「それってつまりは…今で言う性的虐待を受けていたってことかい?」
梅野が訊くと、葉子は鼻息を荒くした。
「そんな言葉で片付けられるようなモンじゃないよ、この子たちが受けた傷は! あの男は私の目を上手く盗んで、自分の娘を欲望のはけ口にしていたんだ! 沢野のことが無かったらと思うと、ぞっとするよ。だから私はあいつを地下の座敷牢に閉じ込めた。…だがあの男、躁状態のときには百合子と撫子の話しかしない…何度も殴り付けてやったあとに気が付いたんだよ。この男をこのまま野放しにしておけば、孫の藍や茜にも手を出して、あいつに傷付けられる子が増えてしまう。…だからあいつを自殺に見せかけて殺したのさ。睡眠薬を飲ませたあと、雪の降る中あいつを沢野と一緒に鳥無の森まで運んだんだ」
「な…地下牢!? そんなものがあったのか!?」
翔太郎は叫んだ。その声に応えるかのように、葉子は頷く。
「ああ、そうだよ。あんたには伏せておいたのさ。実の父親のあの醜い姿を見せない為にね」
――衝撃の事実にその場は、烏丸家の女たちがすすり泣く音しかしなかった。そして、つぐみはようやく〝真の動機〟に気が付く。
「…では葉子さん、あなたたちが藤子さんを殺したのは、良吉さんと忠治さんの殺害だけでなく、良吉さんからの性的被害をも知られ、それを暴露しようとしていた。それが堪らなく嫌で…屈辱的で、許せなかったんですね?」
「…そうよ。あの女はあたしたち…あたしと撫子があの男に汚されて苦しんでいるのを分かってて…! あたしはそれから男っていう生き物が嫌いになった。でも、撫子は愛する男が出来て、何も無かったように幸せに結婚生活を送っていた…。それがどうしようもなく腹立だしくて…撫子が死んだあと、撫子を苦しませる為にも、あの男を殺してやった!」
百合子は笑っているが、その目は笑っておらず、声は震えていた。
「…あの子も、藤子もまた、歪んでいたんだ。そして、百合子もね…。私のせいだよ…全て」
葉子はそこで初めて笑った顔を見せた。哀しみに満ちた笑顔である。そのとき、
「待って下さい! …悪いのはおばあちゃんだけじゃない! 私も…私も悪いんです! 私は…お母さんの部屋にあった偽の文書は…私が書いた物なんです!」
茜は涙で濡れ、ぐしゃぐしゃになった顔で叫んだ。つぐみは絶句する。
「な、なんだとお!? お嬢ちゃん、あんたの母親だろ!?」
梅野の声は驚きの連続でついに裏返った。
「私…頼まれたんです、百合子叔母さんに! 私とお姉ちゃんはお母さんから書を習っていて…私は特にお母さんの字と似ていたんです。だから、百合子叔母さんに写すように頼まれて…! 私は、撫子叔母さんを死なせてしまったことがずっと気掛かりで、百合子叔母さんに逆らえなかった!」
茜は限界を迎えたせいか、その後はひたすら泣き叫ぶだけであった。淡谷はまたもや百合子に掴みかかろうとするのを、自分も堪えている、といった風の真っ赤な顔の梅野に抑えられる。
――つぐみはついさっきまでの葉子の話で、同情に気持ちが傾いていたが、怒りの感情は消えたわけではなかった。そして、今の茜の告白で、怒りの気持ちは急激に大きくなり、それは頂点に達した。茜は本当は、このことを訴えたかったのだ。つぐみは烏丸家の面々を睨みつける。
「…百合子さん、葉子さん。あなたたちは良吉さんに傷付けられ、同情の余地はあった。そして殺害された藤子さんにも落ち度はあった。…でも、何の罪もない忠治さんを殺して藍ちゃんと茜ちゃんを傷付けて利用したのは絶対に許さない! …烏丸家はこの村の独裁者であり、村の人たちを虐げてきた歴史があるそうですね。ときには、殺人も噂になるほどに! 昔のことは分からない。でも、今の烏丸家のあなたたちは元華族でも、代々この村を治めて来た末裔でもなんでもない、ただの殺人者たちよ! 藤子さんも、藤子さんを殺した葉子さんも百合子さんも、百合子さんに逆らえなかった藍ちゃんと茜ちゃん、烏丸家から逃げた翔太郎さん…人がこの家の中で殺された時点で、皆、同罪なんです! そして外から来ておいてこの家を乱した、烏丸家の血を引く私も同罪です! 烏丸家はこれから過去、そして今の過ちを背負って生きていかなくちゃならない! ……私も、その罪を背負います…!」
つぐみは胸にあった想いを全て一気に吐き出した。その直後に、椅子に座っていた葉子は床に崩れ落ちた。葉子は初めて、つぐみにも家族にも涙を見せたのである。そして、嗚咽を漏らし続けた。百合子もまた、震えて泣き崩れた。
「……あんたの…あんたの言う通りだよ…! あんたが今ここであたしたちを告発してくれなかったら…ずっと過ちを繰り返すことになっていただろうよ…!」
――烏丸家を囲んでいた闇は、ようやく消え始めた。梅野と淡谷は葉子と百合子、そして沢野に手錠をかけ、三人は覚束ない足取りで連行されていった。大広間を出る直前、梅野は改めてつぐみの前に立つ。
「…お嬢さん、見事な推理だったよ。だけどな、この場で起きたことは他言無用だ。警察が何であれ、むやみに民間人を介させたとすれば問題になるからな」
念を押すように梅野はつぐみをやや血走った目で見る。つぐみはその言葉にやけに不快感を覚える。まるで事件とは関係ない烏丸家の人々を侮辱された気がしたのだ。
先程は『罪を共に背負う』といったばかりで矛盾しているというのに。
「このことは、話したくても話せませんから」
つぐみは強めに言い放つと、梅野は何も言わずに踵を返し、大広間を出て行った。―大広間は暫くの間、重い沈黙が支配していた。
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