最終章 断鎖
第20話
烏丸家の玄関には鑑識班が出入りしており、騒々しかった。先刻淡谷と入った地下室の調査や物置にあったダンボールの調査であろう。段ボールは隅に積まれており、物置付近がいやに埃っぽい。
つぐみはレインブーツを脱いで上がると、梅野と淡谷の姿を探す。まずあの二人に、翔太郎が第一容疑者であるという判断を思い留まって貰わねばならない。事情聴取を行った客間かと思い向かうと、案の定梅野の少々しわがれた声と、淡谷の野太い声が襖越しから聞こえて来た。つぐみは耳を襖に近付ける。
『…では、手続きは改めて署で、ってことですかね?』
これは淡谷の声である。
『そうだな。そっちの方が色々とやりやすいし、引き上げても良い頃だろう。何せここは携帯も繋がらねえから不便でしょうがねえ』
これは梅野の声であった。このやり取りはまずい、とつぐみは思いきり襖を開けた。
「がっ!? なっ、何だよ嬢ちゃん! いきなり!」
半分は驚き、半分は怒りで梅野はつぐみを怒鳴り付けた。淡谷は口を開けたまま固まっている。
「ちょっと待って下さい! 署に戻るのは良いんですけど、それってこの家の人たちを連れて行くってことですか!?」
客間に大股で踏み込みながらつぐみは梅野に問う。
「ああそうだよ…。まずは薬剤師の烏丸翔太郎と、使用人の沢野美代からだ。後は順次…」
「それを待って下さい! …真犯人が分かったんです!」
つぐみは気が付けば叫んでいた。梅野と淡谷はぽかんとし、二人顔を見合わせると、大仰に噴き出した。
「嬢ちゃん、し、真犯人ってあんたは探偵かい!?」
梅野は笑いながら訊いてくる。つぐみは羞恥心と、それを上回る開き直りの感情が連続してやって来る。
「ええそうです! 私が探偵役を買って出ます! あなたたちが疑いを掛けている翔太郎さんは無実なんです!」
すると、梅野と淡谷は笑うのを止め、梅野はつぐみを睨みつける。
「いい加減にしな! これはお遊びじゃない、人が一人死んでるんだ! 素人が探偵気取りで関わって良いモンじゃねえんだぞ!」
梅野の凄味につぐみもさすがに怯んでしまう。だが、ここで退くわけにはいかないのだ。
「人一人? いいえ、あと三人も亡くなっているんですよ! 十二年前に亡くなった良吉さん、八年前に亡くなった百合子さんと忠治さん、そして今回の藤子さん…四人も亡くなっているんです!」
「でも、藤子さん以外は自殺と事故で亡くなったんだよ? それを持ち出して…」
淡谷は諭すようにつぐみに話しかけるが、つぐみは首を大きく横に振った。
「十二年前から、もう今回の事件は始まっていたんです。それを証明してみせます。…お願いします。少しだけ時間を下さい」
つぐみは額と膝がくっつきそうなほどに深々と頭を下げた。暫し沈黙があった後、梅野の深いため息が耳に入って来た。
「そこまで言うなら証明してみせてくれ。刑事としては癪だがな、別の意見も一応は聞いてみようじゃねえか」
「あ…ありがとうございます!」
「良いんですか!? 梅野さん!」
「良いんだ良いんだ。結局事件を終わらせるのは俺たちだからな」
梅野は鼻で笑うと、つぐみを見る。つぐみはそこで頭を上げた。
「で、真犯人を当てる推理大会はどこでやるんだい?」
「もちろん、大広間です。烏丸家の皆さんに、沢野さん…全員を集めていただけませんか?」
「お、ミステリーとかサスペンスドラマっぽいなあ!」
「別に、ドラマをやりたいわけじゃないんです。この事件は、烏丸家全員の問題ですから」
つぐみは淡谷の言葉を一蹴した。
「へーへー、分かったよ。いつやるんだい?」
「三十分待っていただけますか? 確認したいことがあるんです」
「へいへい」
つぐみはそこで二人に一礼すると、客間を出た。そして、真っ先に電話へと向かった。
つぐみからの電話を待っていたのか、深花耶はすぐに出た。
〈どうだった? 色々分かった?〉
すぐに出た割には、深花耶の声はいつも通り落ち着いている。
「うん。…やっと私の中でバラバラになっていた事件の内容が一つに収まったよ」
〈あれ? じゃあ私の出番は必要ないじゃないか〉
「いやいや、そうじゃなかったら連絡してないよ。深花耶に私の考えを聞いて貰って、判断して欲しいんだ」
〈…分かった。私もこの事件の真相を知りたいしね〉
つぐみはまず、深花耶に指示されて調べた烏丸家のこと、そして民宿で聞いた烏丸家の歴史と暗部、蓮花寺の助言から分かったことを加えて話した。
〈…君の答え…犯人は誰なんだい?〉
つぐみは深花耶にそう問われると、一旦間を置いて口元を手で覆い、ひっそりと犯人の名を口にした。
〈そう、か…。私も薄々その人物だとは思ってた。後は…〉
「私次第、なんだよね…」
〈そう。君しかいないんだ。ここまで来たら、真実を突き付けて、烏丸家の人間にぶち撒けさせればいいのさ。その後はまあ…なるようになるだろう〉
「何それ」
深花耶の言葉につぐみは苦笑した。深花耶も受話器の向こうで少し笑っている。
〈心の準備は良いのかい?〉
「…うん」
〈じゃあ、もう私から言えることはないよ。その蓮花寺さんの言う通り、君しか烏丸家の因縁を断ち切ることは出来ないんだ〉
「…分かった。ありがとう」
〈事件が終わったら、また電話してよ〉
つぐみは相槌を打ち、深花耶との通話をそこで切った。受話器を置くと、大広間へ向かった。
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