第19話

 「…この事件を解決できるのは、多分君だ」

「え?」

「君は烏丸家と血筋で繋がっていながらも、ほぼ他人だ。そしてそんな付かず離れずの立場にいる君だけが、忌まわしい歴史にとらわれた今の烏丸家を解放してやれるのかもしれない」

 ――随分と重い言葉である、とつぐみは思った。果たして自分に、そんな重大な責務を果たすことが出来るのだろうか。すると、そんな心中を見透かしたかのように蓮花寺は、

「間違ったとしても良いんだ。元々は警察の仕事なんだから、いざとなったら連中に丸投げしてもいいのさ。本当は俺も一緒に行った方が良いんだろうが…君の方が今回の事件の事情を一番よく知っている。だから、君が解決するのが一番いいだろう」

 と柔らかい口調で言った。簡単に言ってくれるな、と思いながらもつぐみの心は軽くなり、逆にこの事件を終わらせる決意を後押ししてくれた。

「…そういえば、明治時代より前にはここは〝毒ヶ谷ぶすがや〟という地名だったそうだよ。そうですよね? ご主人」

「ええ、そうです。影山村という地名はまだ歴史が新しい方で、わしの爺さんたちは〝毒ヶ谷〟とここを呼んでいましたからね」

「毒草に、毒ガスの出る森…まさに地名に合った名だな。そうそう、トリカブトは別名で〝烏頭うず〟とも言う。カラスの頭、と書いてね。そして、この地を支配している家が烏丸…カラスの名が付く家名とは、偶然とは思えないな。そう思うだろう?」

「は、はい」

 蓮花寺にそう訊かれたのでつぐみは頷いた。奇妙な符合に、確かに因縁めいたものを感じた。

「…君は〝つぐみ〟と言う名だが…ツグミの割には黒いな。まるで〝鴉〟だ。烏丸家のようなハシボソガラスとは違う、ワタリガラス。烏を制するものは鴉だろうな」

「え? え?」

「いや、何でもない。独り言だ。それより、お茶とお菓子は頂かなくていいのかい?」

 蓮花寺に指摘されてつぐみは慌てて栗羊羹を頬張り、すっかり冷めてしまったほうじ茶を一気に飲み干した。その間蓮花寺は「そういえば、黒ツグミもいたか」と、よく分からない独り言を言い、膝の上のみいこは大きな口を開け、小さな牙を見せて欠伸をした。

 茶と茶菓子を御馳走になったあと、つぐみは急いで立ち上がった。早くしないと翔太郎が逮捕、までとはいかなくとも更に事情聴取を行う為に署まで任意に連行されるかもしれないのだ。

「お茶とお菓子、ごちそう様でした! 蓮花寺さん、ありがとうございます。私、何とか事件を解決してみせます!」

 つぐみはそこで深く頭を下げた。蓮花寺は膝に座っているみいこを抱き上げてそっと地面に降ろすと、みいこは不満そうににゃあ、と鳴いて、蓮花寺の足元に纏わりついた。

「急いでいるなら俺の車で烏丸家まで行こう。ここまでは自分の車で来たからね」

「先生! お客様にお客様の送迎をさせる訳にはいきませんよ! 今車出しますからね!」

 オーナーは慌ててロビーを出て行った。つぐみは蓮花寺を見る。

「色々気を遣っていただいてありがとうございます」

「いや、こっちも新作のアイディアがまた出せそうで良かったよ。君のお陰だ」

「…ここには執筆でいらしたんですか?」

「ああ。静かな所でアイディアを煮詰めたいと言ったら、翔太郎がここを紹介してくれたんだ。ところが警察が来て騒がしくなってね。まったく…いい迷惑だ」

 確かに不可抗力とはいえ気の毒だ、とつぐみは同情した。

「お嬢さん、車の準備が出来ましたよ!」

 オーナーが肩で息をしながら戻って来た。きっと走って車を出して来たのだ。

「ありがとうございます。…改めて、蓮花寺さんも協力して下さってありがとうございました」

「こちらこそ。…これは言っておくべきだな、友人として。…翔太郎のこと、助けてやってくれ。よろしく頼むよ」

「はい!」

 それからつぐみは蓮花寺にみいこ、和枝と別れ、入り口に停めてある白いワゴン車に乗り込んだ。

 ワゴン車は積雪のせいで何度も大きく揺れながら走る。その途中で風月川の一部が見えた。――ここで百合子と忠治は亡くなったのだ。今思えば、この川も烏丸家とは因縁深いものである。そしてつぐみは今から、その因縁と烏丸家を断ち切りに行くのだ。

 あっという間に烏丸家の屋敷まで到着した。

つぐみは車を降りてオーナーに礼を言うと、ワゴン車は民宿に戻って走り去って行った。つぐみは大きく深呼吸をすると、烏丸家の門をくぐり、敷地内に足を踏み入れた。

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