第四章 呪縁

第16話

 ――薔薇窓の極彩色が茶会に招かれた者たち全てを包み込んだ。目が眩むこの光景の中、樒原しきみはらだけはその涼しげな黒い双眸をはっきりと見開いて、一点を見据えた。

 見据える先にいるのは――〝薔薇侯爵〟その男であった。侯爵の威厳は今や見る影もない。

ぶるぶると私欲で肥えさせた全身を震わせ、その肉で埋まりかけている眼は慈悲を請わんばかりの眼差しである。

「貴方が犯人なんですよ、薔薇侯爵―いや、花小路大次郎はなのこうじだいじろう

 清冽な空気を樒原が低く、通った声で震わせた。薔薇窓からの光は一層樒原を照らし、花小路はその真逆――樒原の影に立っている。

「どう…して…」

 嗚呼、嗚呼、という声がその後に漏れ出る。

 花小路の巨体は、膝からがくりと崩れ落ちた。花小路はもうすっかり、樒原の影の中に溶けきってしまっていた。


巴屋緑青『ローズマリーの茶会』より


                ◆


 つぐみの耳には自分の足音、風月川の流れの音、僅かに風を切る音しか入って来なかった。

雪が降った後は、万物が眠りに就いてしまったかのように静かである。雪が、周りの音を吸い取っているのだ。だからこそ、冬は余計に寂しい。――つぐみはそんなことを考えながら雪道を歩いている。

烏丸家の屋敷を出てから約五分後、翔太郎が言っていた通りこの村唯一の商店があった。通りがかりにちらりとガラス窓越しに店内を見たが、無人であった。その後も誰ともすれ違うことなく歩き続ける。ふと、妙な、というよりは嫌な臭いが鼻孔をかすめた。ツンとしていて、掃除がまったくされていないトイレのような悪臭である。そしてそれは歩みを進めるにつれて強くなってくる。段々とつぐみは、その異臭の名を思い浮かべる。

〝卵が腐ったような臭い〟と形容される硫黄、または硫化水素である。化学は苦手な方だが、実験の記憶として残っていたのだ。しかし、なぜここでその匂いがするのかは分からなかった。

周囲は雪に埋もれた田んぼと、時々民家があるだけである。田んぼには道を除雪した際に捨てた雪で山が出来上がっている所もあった。

道は緩い勾配で、雪上を歩くのでさえ余計に体力が要るのに、更に力を入れて歩かなければならない。雪道に慣れているつぐみでさえも息が上がり、白い吐息が途切れない。

ひたすら歩く中、遠目に屋敷風の建物と〝民宿なか村〟の看板がようやく見えて来た。その民宿はちょっとした坂の上にあり〝また坂か〟と心の隅で少しうんざりしつつも、

民宿に続く坂道を登り始めた。

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