第8話

 大広間にいたつぐみたちは、岩か熊かどちらかに似ている刑事から『客間にて事情聴取をするので、呼ばれたら応じて欲しい』と頼まれた。

仁志が承諾の返事をすると、つぐみが心の中で勝手に命名した〝岩熊刑事〟は緊張感のない様子で大広間を後にした。

「事情聴取か…撫子さん、大丈夫かい?」

 仁志は心配そうに撫子の顔を見つめる。

「ええ、さっきも言ったように慣れているから。あなたこそ大丈夫?」

「慣れてはいないけど大丈夫だよ、多分…。つぐみちゃんは大丈夫かい?」

「…はい、訊かれたことに答えるだけだから大丈夫です」

「それよりも、疲れていないかい? もうこんな時間だ」

 つぐみは仁志の言葉を受けて時計を見た。もう午前零時半である。言われてみれば空前絶後の出来事の連続であり、その上移動時間や慣れないことの緊張も重なって大分疲れていた。

「…休めるときには休んでおいた方が良いよ。刑事さんにつぐみちゃんが呼ばれたら、教えてあげるから」

 仁志が後押しをした。つぐみは素直に頷く。

「そうですね…じゃあお言葉に甘えて、二階に用意してもらった部屋で休んできます」

 つぐみは立ち上がると、大広間を後にして冷たい廊下に出る。二階に行くには藤子が死んでいた部屋がある廊下に出なければならず、少しだけ恐怖を感じながら歩き出した。その途中で外が臨める庭を通りかかる。雪は既に止んでおり、屋敷の探索に出たときよりも雪が木や石灯籠にこんもりと積もっていた。そして、事件現場の廊下に出る。

 藤子の部屋は階段の真正面にある。テレビで見たことのある紺色の制服に身を包んだ鑑識班がマスクを着け、足にはしっかりとビニールの袋を履いて作業に当たっている。屋敷内の参考人が少ないせいか、よく見る黄色地に黒文字の規制線のテープはない。というよりは必要ないらしい。藤子の遺体がまだあるかもしれない、と考えると背筋に寒気が走り、慌てて階段の戸を開けて上って行った。

 二階の藍と茜の部屋からは声も物音も聞こえてこない。二人はどうしているのか気にはなるものの、まだ声を掛けるのは躊躇われた。また勇気が出せないまま、つぐみは自室へ入る。まず目に入ったのは沢野によって敷かれた布団であった。

それを見ると急に眠気が強くなり、つぐみはすぐさま布団の上に行く。決して楽な格好ではないが、寝間着など持っている筈もないので、濃紺のブレザーだけを脱いでそのまま布団に潜り込んだ。

 布団は洗剤の香りも、ましてや黴の臭いもまったくしない。やはり見た目通りの新品のようである。自分一人の、他人も同然の親戚に新しい布団をわざわざ買ったことにも驚いたが、この家ならば布団一式などどうということもないのだろう。今はエアコンの送風音に加えて、一階の物音が微かに耳に入って来る。だが、それに耳を澄ましている内に微睡まどろみに意識は引っ張られ、つぐみはそのまま寝入った。

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