第9話 応報

 

 バイトを強制終了させた後の初めての給料日。

 元の状態に戻っただけだ。

 給料日なので、銀行に行って記帳する。お預かり欄にはいつもの20万円に届かない数値が記載されている

 これはいつも通り。

 問題は給料よりも大きい金額が支払い欄に記載されていて、貯金まで全部なくなっていた。摘要欄に「テンカイ」とあった。


 これはどういうことだ? 「テンカイ」ってまさか天界のことか? で、なんでひかれてるの?

 ちょっと待ってくれ。どういうことだ? 自分の心臓の音が聞こえて、妙な汗が出る。……こんなところで大声をあげるわけにはいかない。家、家に帰ってグロリアに確認をしよう。「テンカイ」が「天界」とはかぎらないじゃないか。


 生きた心地がしないまま、急いで家に帰る。当然、机の上には金がない。

「グロリア! おい、早く返事しろ! 聞きたいことがある! 通帳のことだ! 声だけじゃダメだ! ちゃんと通帳を見に来い!」


「そんなに大声を出さなくても、聞こえますよっと。」

パッとグロリアが現れる。


「うるさい。これはどういうことだ? 『テンカイ』ってあるのは何だ? まさか、お前らが関わってるんじゃないだろうな?」

 俺は通帳を開いて、グロリアに突きつける。グロリアはじっとそれを見て、深く、深くため息をついて

「『テンカイ』っていうのは、ご察しの通り、天界のことです。バイト代はマイナスになりました」

と言った。


 バイト代がマイナス? どういうことだ? てか、マイナスなバイト代って超ブラックじゃねぇか。


「神様っていうのは、感謝されることもありますが、もちろん、恨まれることもあります。あなたがいい例でしょ? で、神様の給料は出来高性で感謝されていることで決まりますが、恨まれることによって感謝されても恨まれた分だけ差し引きされちゃいます。簡単に言うと、あなたが感謝されるよりも恨まれるようになったので、 給料としてはマイナス。あなたの口座から引き落とされることになりました。ってこと」


 ちょっと待て。感謝が給料になるという話は聞いた。問題なのは、後半だ。恨まれたらその分差し引きされる? 

「そんなことは聞いてないぞ! しかも、天引きだぁ?」

 まっとうな抗議だと思う。


「当たり前です。聞かれませんでしたし。あ、天界が引き落とすから天引き? なかなか上手いこと言いますね」

 グロリアがケタケタと笑う。


「やかましいわ! 給料をさっさと戻せよ!」

「私、言ったはずですよ。大変なことになりますよって。ちゃんとしないといけませんよって。給料は戻りません。あなたはもう世界もなくしちゃったので、もうどうしようもありませんね。まぁ、まだ神様って立場は終わってませんが」


 くそっ!

 次の給料日まで丸々1ヶ月ある。

 当たり前だ。今日が給料日なんだから。

 家賃、水道代、電気代……全部支払うことができない。

 いや、それよりももっと切実な問題がある。

 飯だ。

 確か財布にいくらかは……

 グロリアを無視して、急いでカバンを探って、財布を出す。おい、待てよ。ここまでするのか。財布には1円も入っていなかった。


「あ、言っときますけど。ありとあらゆる財産は天界により引かれてますから。天界がそんな生やさしいものだとでも思っていたんですか?」

そんな俺の姿をあざ笑うかのようなグロリアの声。


「くそがっ!!」。

 どうしろってんだ。

 財布を床にたたきつける。家にはカップ麺の買いすらない。飯はいつも外食かコンビニ弁当。そういうものだった。

 これから一ヶ月どうやって暮らせというのか。


「グロリアっ! 何の説明もなしでこんなの納得できるわけねぇだろうが!! 最初に神様が恨まれることも、バイト代が-になることも何も聞いちゃいないぞ!! 一ヶ月も何もなしで暮らせるわけねぇだろうが! このペテン師野郎!!!」

グロリアの方に向き返り、思いつくままに言葉を並べる。


「上手いこと言いますね。今度は天使だけにペテン師ですか」

「うるさいっ! 何とかしろよ!」

 もうやってられない。俺はグロリアにつかみかかろうとした。しかし、つかもうとした手が空をきる。

 ……消えやがった。

「何とかってできるわけないじゃないでしょ。第一、何の説明もなしとか人聞きがですね。最初に言ったはずですよ。『やめることができません』って。しかも、親切に『ペットと同じ』とまで言ったんですから。説明しながら『私やさしーな』とか思ってたんですよ。そこまで聞いて、あんな風に世界を終わらせるとかありないですし」

グロリアが冷静に言い、その分怒りが倍加する。


「知るかっ! 大体、バイトだろう? -になるとかどんなブラックだよ! そっちの方がよっぽどありえないだろうがっ!」

「あなたがしたことって、ペットショップにバイトに行っていて、世話が面倒になったからって、ペットショップの売り物のペットを殺してまわったようなもんですよ。働いてないからバイト代は出ないし、その上で損害賠償です。あなたのしたことで、どこに働いた要素があるんですか?」

「っ……!」

 言葉につまる。


「そういうことです。天界の決定は変わりません。あ、私は親切なんで、もう1つ教えてあげます。あなたからの天引き額が1ヶ月分だけなんてことありえないですから。百億を越える人の怨嗟えんさの声、なめないで下さいね」

こんどこそ、グロリアはいなくなった。


 ……どうしようもない。明日からどうするのか。

 何の考えも浮かばない。


 腹は減っているが、何もない。水道水はまだ出る。その水を飲んで、寝転がり、天井を見上げる。

「どうしようもねぇな……」

 金がない。グロリアは出てこない。

 しかし、怒りでは腹はふくれない。

 くそっ。俺が何したってんだよ。

 何をするわけでもなく、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。

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