第3話 実践

 空中に投げ出され、まず、やってみたいことをやってみる。杖を強く握り、思うように飛んでみる。縦横無尽。緩急自在。


「イャッッッホォォゥーー!」

 叫んでも誰にも文句は言われない。

 俺は神だ! アハハハハハハハハノ\。

 思わずアメリカ人的笑いになってしまった。それぐらい楽しい。長らく忘れていた感覚だ。何が必要だ? まずは景色。もっと色合いが欲しい。


 草花を創造する。緑が生まれ、大地に彩りが生まれる。草花があるなら、樹木も。

 森林が静かなのは神秘的かもしれないが、それはそれで寂しい。鳥の鳴き声が欲しい。川のせせらぎが欲しい。虫のざわめきが欲しい。


 杖を振る。川が流れる音が聞こえる。木に虫がいる。子どもの頃に憧れたヘラクレスオオカブトのような立派な角を持ったかっこいい虫だ。後は、鳥だが……声は聞こえてこない。

 おかしいな、と思ってもう一度杖を振る。

 しかし、やはり声は聞こえない。もしかしたら、一種の歯止めが世界にかかっていて、一気にいろいろとしすぎることはできないのかもしれない。

 そういえば、1日1~2時間ぐらいとグロリアが言っていたか。


 今日は、植物を十分に植えたし、虫も作った。そういえば、なんとなく『虫』と思っていたが、ヤツは早めに絶滅させておくに限る。俺の世界にはヤツの存在は許さない。口にするのもおぞましい『G』である。


 杖を握って願う。……よし。これでいいはずだ。


 後は少し見回るか。空を飛んで、茶色だった大地が緑になったのを眺める。

 あれ? 黄土色の場所がある。あれは砂漠だろう。なるほど、俺の思う植物を創造したために俺の意識が反映されるわけだな。この場合、砂漠には植物があまりないという意識が反映されているわけだ。


 どうしようか? 砂漠をなくすことはできるのだろうか? 砂漠というのは世界にあるが、必要不可欠というほどのものではない。むしろ生産性が低く、砂漠化が問題になっているぐらいだ。緑化が問題なるところなんて、観光資源として砂漠が必要な鳥取砂丘ぐらいだろう。


 なんとなくで、ちょっと雨をふらせて、ちょっとの水でいいようなサボテンを生やしておく。人間、適当、中庸が一番。

 よし、っと。こんなもんで帰るとするか。


(戻るぞ)

 気がつくと、俺は部屋に戻っていた。目の前にはグロリアがいる。

「どうでしたか?」

「思った以上に楽しかった。俺は本当に神様になったんだな。これでお金ももらえるなんて、いいことずくめだよ」

「そうですか。それは何よりです。それで疑問や質問はありませんか? なければ、私はこれで帰りますが」


 質問?  ん~、そうだ。鳥ができなかった理由だけは聞いておくか。

「途中、鳥を創造しようと思ったんだ。川や虫はできたんだけど、鳥はできなかったんだ。どうしてだ?」

「ちょっと待ってくださいね。……えっと」


 グロリアは何をしているのだろう?

 しばらくして、グロリアが納得したように言う。


「あ~、これは進化値が足りませんね」

「しんかち?」


 急に妙な用語が出てきた。


「ええと、ですね。世界は進化の結果で成り立っているわけです。進化というのは一気に進むわけではなく、徐々に進み、長い時間が必要です。進化は環境に生き物が合わせていくということです。そうしてその生き物がその世界に適するのかが峻別され、淘汰されていくのです。これを生き物側からではなく、逆に世界側から見ると、世界が成熟していないと、世界がその生き物を拒絶してしまうのです。要は世界側がその生物が生まれることを許容しないんです。それを神様業界では、世界の進化値と言っています」


 いかん。ヤバイ。わからん。


「急に話が難しくなったのだが、今は鳥を創造できないということでいいのか?」

「Exactly(その通りです。)」

 こいつ、漫画が好きなのか? しかも日本の漫画。


「じゃあ、どうすればいいんだ?」

「進化値を上げればいいんです。さっきも言いましたが、進化には時間が必要ですが、逆に時間をかければ進化して、世界の進化値も上がって行きます」

「時間をかければって……あっ、そうか。時間は進めることができるから、好きなだけ進めることができるのか」

 グロリアがうなづく。


「とりあえず、これでオーケーですか?」

「分かった。今日はちょっと疲れたから向こうの世界に行くのはまた明日だな」

「あ、そうそう、時間を進めるだけなら、観察と変わりませんからスクリーンさえ展開していれば、時間を早く進めることができますよ。それから、向こうの世界もこの瞬間も存在していますから、時間は進みますからね。それでは」


 今まで説明になく、それでいて、とても重要なことを言い残してグロリアはその場から消えた。


「そうなのか……」

 向こうの世界は存在している。そして、時間は止まることなく進んでいく。考えようによっては、手間をかけることなく、世界は進化していくのだからこんなに楽なことはない。後は適当なところで人間が生んで、神様への感謝がたまるようにすればいい。


 何の楽しみもなかった毎日だったが、これからは違う。

 明日からも楽しみで仕方がない。

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