第2話 説明

 うかつな一言だったのかもしれない。


「はい! それでは、バイトの内容を説明しましょう! と、その前に座るのを忘れていたので、座りましょうか」


 グロリアに座ることを促される。あまりにも自然な振る舞いにそそくさとベッドから降りて、こたつの前で正座する。


「ああ、いいの、いいの。足は崩しといて。長い話はするつもりじゃないけど、堅苦しく考えないで」

「分かった」


 長い話ではないと言ってから始まる話は長い。そう思って足を崩す。


「さて、説明しなくてはならないバイトのルールは3つだけです。質問は後で」

 グロリアが指を立てる。


「一つ、バイト代は成功報酬です。金額はその世界の神様、つまり、あなたへの感謝の総量によって決まります。

二つ、このバイトはやめることができません。世界はペットと同じです。

三つ、世界の時間は進めることはできますが、戻すことはできません。神様といえど、やったことの取り返しはつかないってことです」


 グロリアの説明を反芻して、二つ目、三つ目については分かった。二つは厳しいけど、世界の時間を進めることができるなら、クリアできそうな話だ。

 ただ、一つ目が分からないな。

 感謝の総量とかどうやってはかるんだ? さっき月額20万とか妙に現実的な数字だったけど。


「感謝の量ってよく分からないけど、何か目安とかはないのか?」

「ちなみに通常の早さでこの世界の神様への感謝の総量をバイト代として換算して、円建てにすると、18万5481円です。円高もありますし、なんせ疑り深い人が多いもので……」


 う~ん。やっぱり見当がつかないな。

 でも、今の時代信心深いやつなんてそうはいないだろうし、それでもその金額、しかも、1日1~2時間でそのぐらいってことはなかなかよいバイトだな。


「なぁ、神様ってさ、その世界なら何でもできるのか?」

「もちろん。基本的に神様ですから。神様でないなら、できませんけどね」

 そりゃ、神様じゃないならできないよな。


「面白そうだな」

「そうでしょう? この機会を逃さずにやりましょう。神様になって、感謝されて、報酬がもらえる。こんないいバイトありませんよ!」

 グロリアの説得にも熱がはいる。

 神様……何でもできる存在。

 バイトでなくともやってみたい、そんな魅力的な提案。しかも、お金が手に入るって言うんだから、断る理由なんてないんじゃないか? よく考えれば、つまらないこの人生で、これこそ神様がくれた最大のプレゼントだ。


「バイト、やってみます」


「それを聞きたかった!」

 お前はどっかの闇医者かよ。


「じゃあ、神様セットを渡しますね」

 そう言ってグロリアは鼻歌まじりでどこからか杖と光るリングを取り出した。


「杖。これで神様の力を使います。むこうの世界でしか使えません。光の輪。頭の上におきます。むこうの世界を確認するために使います。これはこちらの世界でも使えます。以上です」


 なるほど、杖がこちらの世界で使えたら、おかしいし、逆にむこうの世界を確認するのにわざわざむこうの世界に行かなくてはならないというのも面倒だ。

 さっそく、光の輪を頭にのせる。

 目の前にスクリーンのようなものが浮かび上がり、見えたのは、海と岩だけ。

 俯瞰視点で、色としては茶色と海だけだ。他のところも少し見たいなと思ったら、地面が移動した。


 パソコン上の地図移動みたいだが、マウスいらずか。便利だな。

「すごいな。これが俺の世界か」

 思わず、感嘆をもらす。

「そうです。それがあなたの世界です。頑張って下さい」

「ああ、がんば……」

といいかけて、重要なことを一つ忘れていた。


「そういや、お金ってどうやってはいるんだ? 振り込みか? それとも現金手渡しか?」

「そう言えば、言ってませんでしたね。お金は毎月あなたの給料日と同じ日のこの国の午後6時にこのこたつの上にあらわれます」

 これまた、不思議な方法だが、確かに振り込みじゃ銀行から何か言われたり、税務署が何か言われたりしそうでおかしいし、現金をグロリアが渡すのも手間だろう。


「分かった。ありがとう」

 グロリアに礼を言う。

「しっかりやって下さいね。それじゃ、まずは行ってみてはどうですか? 私はここで待ってます。それで、ちょっとやってみて、疑問があったら、答えますので。ええと、こういうのなんていうんでしたっけ? そうそう、OJTってやつです」


 ……いきなりやれというのも大概だが、上司(?)にわからなかったら聞けるということか? 変なところで、バイトみたいなんだな。が、ありがたい話だ。ま、とりあえず、やってみるか。


「さ、神様の格好をして」


 グロリアに促され、光の輪を頭の上におき、杖を持って、格好はネクタイだけ外したスーツ姿。神様らしくはないが、グロリアも似たようなもんだから、問題はないだろう。


「いってらっしゃい」

 グロリアが可愛く手を振る。


(行くぞ。)

と思った瞬間、さっきと同じような光景が広がる。俯瞰視点。ただ、今度は体が宙に浮いている。大気の中に自分の体がある。

 間違いない。

 俺は俺の世界に飛び込んできたのだ。


 かくして、俺は神様になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る