バイトで神様?

水瀬 由良

第1話 勧誘

 駅から徒歩12分。

 小さなアパートの真っ暗の部屋の前。

 俺はカバンから鍵を取り出す。

 ガチャリ。空疎な音。

 扉を開け、

「ただいまっと」

声を出すが、何の返事もない。一人暮らしなのだから、当たり前の話だ。中に入って電気をつける。

 真ん中にこたつ。この季節だから、こたつ布団はしまっているが。左手にベッド。右手にカラーボックス。こたつの上にはパソコン。

 この程度で十分。いつもなら、すぐにパソコンをつけて適当なサイトでも見るところだ。でも、今日はそんな気分にもなれなかった。とりあえず、ベッドに寝転ぶ。ついでに、ネクタイを外して、放り投げる。

 ……今日の課長の嫌味はいつもにまして効いた。


 明日が誕生日ってのがよくないと思う。子どもの頃は誕生日が楽しみだったと思うが、今は年をとることに恐怖しか感じない。出世の見込みなし。貯金なし。車なんてのは贅沢品。当然、彼女いない歴=年齢。魔法が使えてもおかしくないはずで、もうそろそろ妖精になれるとかいう話もある。


 ないない尽くし。

 今の直の上司は年下だ。異例のスピードでの出世らしい。それで美人の嫁に、最近じゃタワーマンションを買ったとか。


 不公平だ。あまりにも不公平だ。

 これが“差”ってやつなのか。それを決めるのが何なのだろう。

 努力なのか。しかし、努力できるってことも我慢ができるって才能だろう。

 結局才能が全てってことで、そうだとすれば、神様が決めているんだろう。

 だったら……


「恨むよ。神様」


 別に神なんて信じている訳ではない。

 けれど、それが口をついて出た言葉だった。


 その時、急に目の前が光った。あまりの驚きに体を起こす。

 次の瞬間。

「あなた! 神様を恨みましたね!」

 指を突きつけるスーツ姿のOL風の女性。

 ついにおかしくなったか? 30超えれば魔法使いになれるとか? ちょっと早いが妖精になったとか?

 疑問が頭を駆け巡る。

 それもそのはず。突然、あらわれただけじゃない。その女性の背中には翼があって、頭の上には光の輪。

 ちょっと待ってくれ。どうしたんだ、俺は。


 『世界に異変が起こった』『異世界に飛ばされた』という答えよりも、『俺の脳がおかしくなった』という答えの方がよほど現実的だ。

 この場合、どのような病院に行くべきだろうか。

 やはり精神科か? それともペイン・クリニック的なところか? いや、痛みはないからペイン・クリニックなんて意味ないか? それともいっそのこと脳神経科?


「神様を恨むなんて非生産的なことはやめてください。神様を恨んでもいいことはあまりありません。神様も頑張っています。そんなことは別にどうだっていい、とにかく神様を恨んでしまうというあなたに朗報!」

 わけのわからない思考をしている俺に向かって、一方的に話し始める天使(?)。

 そして、次の言葉は思考すらも止めるのに十分だった。


「あなた、神様になりませんか?」


――――――――


「え? えっ?」


 天使(?)が現れて初めて出た声だった。

 声が出たことで少し落ち着けた。まずは深呼吸だ。

 ……よしっ。

 次に、目をつぶって、目を開ける。まだいる。えっと、まずは現状の把握だ。

 ここは? 俺の部屋。

 時間は? 午後9時すぎ。

 格好は? 会社から帰ってきてネクタイだけ外してそのまま。

 おーけー。ストレートに疑問を口に出す。


「お前はなんだ?」


 天使(?)は俺に突きつけていた指を自分のあごに持っていく。小首をかしげ、

「あっ、そうね」

とつぶやいた。


「私はグロリア・インス。神様代行業やっていて、神様のバイトを募集しています。バイト代は成功報酬ですけど、上手くやれば一日1~2時間程度で、月額20万円も夢じゃない。バイトとしては十分ですよね?それから、『お前』じゃなくて、ちゃんと名前、『グロリア』って呼んで」


 さらにくだけたな。それに、そうだけど、そうじゃない。『神様になりませんか?』の微妙な説明ではなく、お前の正体だ。


「グロリアは人間か?」


 オープン・クエスチョンじゃなくて、クローズド・クエスチョン。名前で呼ぶあたり、気圧されているってのがよく分かる。


「ん~、そういうことね。あなた達の理解するところの天使でいいと思います。厳密には違うかもしれないけれど。別に私が天使でも神様でもあなたにとっては変わらないでしょ」


 ……その二つの選択であれば、そうかもしれない。人外であるとの自称しているわけである。


「そんなこと、信用できるわけないだろ。グロリアが天使だって言うなら、何か証拠はあるのか?」


 信じられない。ファンタジーの世界だ。


「証拠……ですか。本当に最近は疑り深い人が増えました。で、何をすれば証拠と認めてくれるますか?」


 グロリアがため息をつきながら話す。


「そうだな……」


 人間には不可能で、だまされない、手品ではできないこと。


「……会社の机にノートがある。それをここに持って来い。会社がどことかは聞くなよ。それと含めての証拠だ。時間は5分以内だ」


 会社までは片道一時間はかかる。しかも、場所は教えない。ま、普通は無理だ。普通は。


「それでいいんですね? 分かりました。すぐに取ります」

「ああ。」

 そう答えると、グロリアは腕を伸ばした。


 すると、腕の先が消え、肘のあたりで丸く光る円が発現していた。

「よっと。これでいい?」

とグロリアは無造作にノートをこちらに放り投げた。

 あわてて手を出して受けとる。重みがある。パラパラとページをめくる。間違いない、この字は俺の字だ。……こんなことなら、もうちょっとましなことを言うんだった。


 が、しかし。


「バイト、何をするんだ?」


 そう聞いてしまっていた。

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