第2話

ある日、一人の入所者さんに「たかし、たかしじゃないか!わざわざ来てくれたんだねぇ。嬉しいよ」と言われた。




息子か、孫か分からないが、勘違いしているのだろうと僕は思った。


僕の名前はたかしではない。



でも、僕はその人が認知症だということを知っていたので、「僕はたかしさんではないですよー。でも、いつかたかしさんがご面会に来られるといいですね」と笑顔で対応した。



 するとその入所者さんは「なんでそんな嘘をつくの!?たかし!どうして!?おばあちゃんのこと忘れたのかい!?」と、スイッチが入ったように急に喚き出した。




 僕は正直、面倒だと思った。今の職場ではそれなりに評価もされているのに、こんなことで注目されたくない。黙って欲しい。そんなふうに思った。



僕は繰り返し説明したが、その入所者さんは納得してくれなかった。





 困り果てていると、高橋さんが来て、「たかしさんが来てくれましたね。嬉しいですね。たかしさんとの思い出話、ぜひわたしにも聞かせてください。良いですか?たかしさん?」



一瞬戸惑ったが、なんとか「あ、あぁ、はい」と答えた。




 すると入所者さんは「やっぱりそうかい。あぁ、来てくれて嬉しいよ。たかしはねぇ、ほんとうに優しい子でねぇ…」 と落ち着いて話し始めた。





話が終わった後、高橋さんに呼ばれた。





「認知症の方の場合、その方の世界に合わせることも時には必要なの。これは嘘をついてることとは違うの」



「あの人はあの人の世界の中で生きてるんだよ」



「はい。分かりました」



とは言ったものの、正直しっくりこない。




事実と異なることをそのまま押し通してるような、そんな感覚がある。





でも、高橋さんには説得力がある。



 綺麗な顔立ち、既婚者、子持ち、四十代、管理職、そんな言葉たちがそう感じさせるのかもしれない。



だから高橋さんと話す時は背筋が伸びる。




優しいけれど厳しい。正直ちょっと近寄りがたい感じ。





まさに「おとな」を体現しているような人だと思う。




いつかそんなふうになれるのかな。




そんな未来を、今の僕は全く想像できない。

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