幸せの女神ハピネスの教え



「幸せはそう長くは続かない。だからこそ愛しいのだ」



 アイリスが小さく呟いた。可愛らしいティーカップに注がれた紅茶を見つめながらティーカップの縁を人差し指でなぞった。


 その言葉に紅茶を飲んでいたスノーの手が止まり、紅茶に向けられていた視線はアイリスへと変わっていた


 朝食を済ませたスノーとライゾーはフリージアからアイリスが呼んでいると言われ花園へやってきていた。

 温室ハウスの中は春の様に暖かく、また暑すぎず寒すぎずの心地よい風がスノーの頬を撫ぜた



「如何しましたアイリス様」


「あぁ御免なさいね。今言ったのは女神ハピネスの教えよ」


「教え・・・ですか?」



 スノーは頭に疑問のマークを挙げると、アイリスは面白そうに笑った。フリージアも優しく微笑みながらスノーに説明した



「はい。女神ハピネスは数々の教えを残しておりまして、それを一冊にまとめた聖書があります。クローバー国の国民はその教えの数々を心に刻んでいるのです」


「他にも、幸せには必ず裏があるもの。その裏も受け止めなければ本当の幸せとは言わない・・という物もありますのよ」



 アイリスはそれだけ言うと、一口紅茶を口に含み流し込んだ。アイリスの瞳は何処か悲しそうに揺れていた。

 すると黙って紅茶を飲んでいたライゾーが口を開いた



「紫陽花、アネモネ、クローバー・・・」


「ライゾーさん?」



 ライゾーは行き成り花の名前を言った。スノーは何を言っているのか分からなかったようだが、フリージアとアイリスは意味が分かったようで肩を大きく揺らした。 



「俺達が寝た部屋に花瓶があっただろう。その時活けられていた花だ」


「え、あぁ確かにそうでしたね。でも如何して急にそんな事を?」


「・・・あの花にはメッセージが隠されていたのよ」



 不思議そうに首を傾げるスノーに対して、アイリスは重い口を開いた。スノーは驚いてアイリスは見ると、その瞳は決意が宿っていた



「メッセージですか・・・?」


「紫陽花の花束を渡した皇女と、紫陽花を花瓶に活けるように誘導したり部屋を一つにして紫陽花を持っているスノーが花瓶に花を活けるように仕向けた男がいるだろう」


「えっ?!じゃあ・・つまり」


「その通り・・・私とアイリス皇女様は手を組んでおります」



 フリージアはそう伝えると、スノーは大きく瞳を見開いた。驚いたような瞳を向け改めてアイリスの方に目を向けた。

 アイリスは一度頷くと、ティーカップを机に置いた。スノーは挙動不審な態度を取りながら口を開いた



「ちょ、ちょっと待ってください!全然話が分かりせん!」


「・・・簡単に言えば、フリージアとこの皇女様は手を組んでヨツバ王の失脚を企んでるって所か」


「し、失脚って・・・」



 ライゾーからされた説明により、何となく頭の整理がついて大きく一度深呼吸をした。もう一度頭の中で整理した。

 ―つまり、アイリス様とフリージアさんはヨツバ王を王座から引きづり下ろそうとしてるって事・・・?



「でも如何して・・・というかライゾーさんメッセージって言ってましたけど、何なんですかそのメッセージって」


「花言葉だ。花には一つ一つ象徴的な意味を持たせてあるんだ。そこで紫陽花とアネモネとクローバーの花言葉を繋げてみたんだ」


「それで、どうだったんですか?」


「・・・・・『幸福だったが冷酷な人に見捨てられたから復讐する』という意味になるわ」



 アイリスは小さく呟いた。その残酷な言葉にスノーは背中に寒気がした。ゾクッとした寒気に耐えるように手の平を握り締め、言葉を繋いだ



「で、でも・・・如何してそんな花言葉に・・・」


「紫陽花は、色々あるが“冷酷な人”っていう意味がある。皇女が言っていただろう。紫陽花は父に似ていると」



 確かにそうだった。アイリスに紫陽花の花束を渡された日、アイリスは紫陽花の花束をヨツバ王に似ていると言っていた。そう言われれば納得がいった



「次にアネモネ。アネモネをそれなりの花言葉があるが、見捨てられたとか見放されたという意味もある。次にクローバーだ」


「でも、クローバーって幸福って言う意味じゃないですか」


「表向きはな。しかし女神ハピネスの教えにもあるだろう。幸せには裏があると・・・」



 ライゾーは重い息を吐くと、長く黒い髪の毛を一つに纏めた。まとめる事によりライゾーの端正な顔立ちがしっかりを見えた

 


「クローバーの花言葉は、幸福と・・・“復讐”だ」


「・・・復讐・・・」


「そして、昨日の晩部屋に一輪の花が添えられていた。夾竹桃だ」


「夾竹桃ですか?」


「夾竹桃の花言葉は危険や用心等という意味があった。それを添えたのは恐らくフリージアだろうな」



 まるで探偵のように推理をするライゾーに、スノーは大きく目を見開きながらライゾーを見つめた。

 如何してライゾーはそんな事が分かるのだろう。彼の頭脳は並みならない物なのだろう。

 ライゾーの考えを理解しよう物なら、きっと誰もが迷宮の世界に閉じ込められることになるだろう。



「まるで探偵みたいですね、ライゾーさん」


「・・・俺は唯のガラス職人だバーカ」


「えっ馬鹿?!」



 少しは見直したというのに、相変わらずの口の悪さで頬を膨らませながら肘を付きながら話の続きを聞くことにした。

 


「取り敢えず・・・俺が聞きたいのは何で態々こんな面倒な事をしたのかだ」


「御説明致しますわ・・・実は私、ヨツバ王の娘ではありませんの。隣国から産まれて間もない頃ヨツバ王によって攫われた養女なのです」


「さ、攫われた?!」


「静かにしろ、スノー・・・続けてくれ」



 衝撃的な事実に大きな声を上げると、ライゾーはスノーを睨み静かにさせる。納得行かないような顔をしながら座り直した。



「現12代皇帝ヨツバ王は、先代の皇帝から座を引き継ぎました。その頃からクローバー国は一切他の国との争いをしないという決まりがありました。

しかしヨツバ王はそれを無視し、私を産まれ故郷へ進軍しヨツバ王の絶対的な指揮の元、私の産まれ故郷は敗北し併合されました」


「でも、そんな話聞いた事ないです」


「世界がそれを揉み消したのですよ」



 フリージアは悲しそうな顔をしながら聞いた事無いと言うスノーに説明した。アイリスは頷くと話を続けた



「フリージアの言うとおり、世界の皇帝や王たちはヨツバ王の行為に驚きました。この事が他国の国民にバレてしまえば、パニックが起こると考えました。

そこで王たちはこの事実を隠ぺいし、私の産まれ故郷は“話し合い”で併合されたという事実へ変わりました」



 アイリスはそう言うと、紅茶を一口飲み喉を潤した。スノーは聊か信じられなかった。あの優しそうな王がそんな事するとは思えなかったのだ。



「でもどうやって知ったんですか?生まれてばかりの事なんて知らないでしょうに」


「ムクゲお兄様とサザンカお兄様に教えて貰ったんです。けれど・・そのせいでお兄様は・・・!お兄様たちは、極秘の事を話したとして、女神ハピネスの肖像画がある塔の最上階へ幽閉されてしまったのです。

そして併合された私の故郷の民は、他国へ密告しようとした者は全員・・・死刑にしてしまったらしいのです。」


「じ、実の子供を幽閉だなんて・・・酷い・・・それに併合された民が事実を話そうとしただけで死刑なんてあんまりじゃないですか!」



 スノーは怒り任せにテーブルを叩くと、テーブルの上に乗っていたティーカップが音をたて、紅茶が振動により揺れた。

 アイリスは俯きながら、再び言葉を繋いだ。



「その事を抗議したら父は人が変わったようになり・・・逆らえば、お兄様を殺すと脅されているのです・・・」


「私はその事をアイリス皇女様から相談され、この度女神ハピネスを創るガラス職人さんに助けて頂こうとしたのです・・・ガラス職人のライゾー様を殺すような真似はしないと思うと考えましたので・・・」


「何故そう思った?」


「ヨツバ王は、ハピネスの王冠を作り終わった後で、他国へ大金で売り捌く事が本当の目的なのです」



 ライゾーはその売り捌くという言葉に、肩を小さく揺らすと厳しい目でフリージアを睨みつけた。

 スノーはその瞳に覚えがあった。ライゾーは自分の創った物を使われない事が何よりも嫌いなのだ。売り捌く事は買った人物は使わず、金だけを得るという事だ。 

 ライゾーにとってそれは許す事も出来ないほどの重罪に値するのだ。それをしようとしている事が分かれば、ライゾーの答えは一つに決まっていた。

 殺意のある瞳を伏せると、口元を緩め微笑んだ。まるで何か好からぬ事を企んでいるかのような、歪んだ笑みを浮かべた



「良いだろう・・・その変わり、お前達にも協力してもらうぞ。王を、いや城の中に居る騎士やメイドさえも欺くほどの・・・な?」



 本当にこの男は唯のガラス職人なんだろうか。スノーは内心そう思っていた。如何してそこまで頭が回るのか不思議で仕方なかった。

 ライゾーは怪しく、そして不気味に微笑むと立ち上がった。その笑みと立ち姿は何故かとても様になっていた。





「イケメン滅びろ・・・」


「スノー何か言ったか?」


「いえ何も」

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