アイリス皇女様からの花束
ライゾーとスノーはフリージアに休息の部屋へ案内されていた。スノーはまったく生きた心地がせず、バクバクと煩い心臓を落ち着かせようとしていた。
恐る恐るライゾーの顔を盗み見たが、何かに警戒しているかのような表情でフリージアの後に続いていた。
「あら、お客様?」
俯いて歩いていたスノーは、その鈴の音のような可愛らしい声に反応し顔を上げた。
柔らかな紫色の髪の毛をハーフアップにしクローバーが刺繍された白いドレスに身を包む一人の愛らしい女性の姿があった。
「ア、アイリス皇女様!」
フリージアは驚いたような声を上げると、すぐさま跪いた。スノーも驚いてアイリス皇女と呼ばれた女性を見つめた。
アイリス皇女様という事は、あのヨツバ王の娘で今度成人式を挙げる人物であった。そして女神ハピネスの王冠を被る女性でもあった
「まぁ・・フリージアお立ちなさいな。お二人は・・・お父様が言っていたブバルディア王国のガラス職人様ですね」
翡翠色の瞳を細めながらお日様のような優しい微笑みを浮かべるアイリス。スノーは驚きのあまり肩を揺らすと、慌てるように頭を下げた
「ス、スノードロップ・ホワイトです!と、隣にいるのがトゥルーガラスの店主であるライゾーさんです」
「まぁ宜しくねスノードロップさん・・ライゾー様も宜しくお願いします」
ライゾーは軽く一礼をしただけであった。一国の姫様に対してなんて態度だ!とスノーは内心悪態付いたが、どれだけ怒ろうとも彼の基本姿勢は変わらないのだ
口を開いてアイリス皇女様に悪態付かれるよりはマシだと思い目を瞑る事にした。
「スノーで大丈夫ですので!アイリス皇女様!」
「そう?ならば私もアイリスで構わないわ。皇女様を付けたら長いでしょう?」
「否でも!一国の姫様に向かってそんな無礼な真似できません!」
「律儀なのね・・・なら、皇女は抜かして様だけは?」
「それなら・・・アイリス様」
スノーも納得したのかアイリス様と呼び、アイリスも喜ぶような笑みを浮かべていた。そしてアイリスは何かを思いついたかのような顔をした
アイリスは手に持っていた、薄い瑠璃色の紫陽花の花束をスノーに手渡した。
「良かったら貰って頂戴な」
「あ、紫陽花・・ですか?でも如何して葡萄の季節に紫陽花が・・・」
「この紫陽花は特別な肥料やハウスを使って一年中咲いているの。お父様に良く似ているから・・・」
「ヨツバ王に・・・?」
スノーの脳内に疑問が生まれた。如何してこの瑠璃色の紫陽花があのヨツバ王に似ているのだろうか。
ヨツバ王の髪色は若草色で、瞳はアイリスの同じ翡翠の瞳だ。どう見ても瑠璃色と若草や翡翠に結び付ける事が出来るのだろうか。
「ヨツバ王の事、本当に慕っておられるのですね。良い方ですし」
「そんな事ないわよ。お父様は本当は冷酷なのよ?」
クスクスと面白そうに笑うアイリス。スノーも釣られて軽く微笑んだ。その微笑みは無理にして笑う苦笑のような物だった。
アイリスの発言に多少の謎や疑問は残る物の、せっかく御厚意で頂いたのだ。頂いておかないと失礼だ。
「有難うございますアイリス様・・・とても綺麗です」
「えぇ見た目はね・・・きっとこの花は貴方達を真実へ導くわ。それじゃあ失礼するわね」
最後の“真実へ導く”という発言に対してもう一度聞き直そうと思ったが、アイリスは足早に姿を消してしまっていた。
頭の中がゴチャゴチャになってしまい、ギュッとアイリスから貰った紫陽花の花束を抱きしめていた
「・・・そんなに抱きしめたら花が潰れるぞ」
急に、今まで黙っていたライゾーが口を開いた。息を吸い込み無意識に力を込めていた腕の力を弱めた。
はらりと数枚の花弁が離れた拍子に石造りの床へ散った。するとライゾーは重い溜息を吐くと、徐に手を伸ばすとスノーの頭を優しく撫でた
「そう緊張するな・・・」
「だ、誰のせいだと思ってるんです?!胃に穴が空きそうですよ!」
「ふふっ・・・何時ものお前になったな・・」
軽く吹き出したように笑うライゾーに、スノーは何時もの自分に戻っていた事と同時に、ライゾーはスノーの為に突っ込まれるような事を言ったのだ。
まったく変な所で優しいのだから・・という言葉は言わず、心にとめて置いた。言ってもどうせ無視されるだけなのだから
「ライゾー様、スノードロップ様。そろそろお部屋に到着します」
何時の間にか立ち上がっていたフリージアは微笑みながら、二人に声を掛けた。スノーとライゾーはフリージアについていくと、一つのドアの前に着いた
「一室・・ですか・・?」
「此処は入口でして、中に入られるとお風呂やトイレなどは共同ですが、鍵付きの部屋が二部屋準備されております。本当は別々のお部屋をご用意するはずだったのですが、何分アイリス皇女様の成人式で忙しく二部屋の掃除まで手が行き届かずこのような事に・・・申し訳ありません」
フリージアは申し訳なさそうに謝罪した。わざとではないようだし、クローバー国での唯一の姫君であるアイリスの成人式だ。それは忙しいだろう
そんな忙しい時期に呼ばれてしまったのだ。逆に申し訳ないと謝ってしまいたくなった。
「いえいえ大丈夫ですよ!気にしてませんから」
「本当にすみません・・・それと一番大きなテーブルの上に花が活けて有りますので、そこにアイリス皇女様の紫陽花を活けてください。何か分からない事があればお呼びください」
それでは・・・と頭を下げ、足早にスノーたちの元を去ってしまったフリージア。スノーは部屋を開けると、そこには広々とした空間が広がっていた
バルコニーやリビング、広いバスタブやちゃんと鍵がついた部屋まであって中々快適な部屋だった。
するとリビングに入ったスノーはフリージアに言われた花瓶を発見した。花瓶には二種類の花が活けてあった。
「これですねフリージアさんが言っていた花瓶って・・・クローバーと・・・もう一つは何ていう花でしょう」
「・・・アネモネだな・・・クローバーもアネモネも全部この時期には合わないが・・・」
「でも綺麗ですねー!」
スノーはニコニコと笑いながら、三輪の紫陽花を花瓶の中に活けた。しばらくすると、急に眠気が襲って来た。食欲も湧かない、どうやら気が緩んで疲れが一気に来たようだ。
眠そうに欠伸をするスノーに対して、ジッと花を見つめているライゾー。スノーは重くなってきた瞼を手の甲で擦った
「ライゾーさん・・・私、ちょっと疲れたので先に失礼しますね・・・」
「・・・分かった」
ライゾーは小さく返事をすると、覚束ない足取りでスノーは自分の部屋に入り微かに鍵を閉める音が聞こえた。
ライゾーはその後、近くにあるソファーに腰を下ろした。腕に付けていたゴムで強引に髪の毛を一つに纏めると、ジッと天井を見つめていた。
しばらくすると、部屋に控えめなノックが部屋に響いた。ライゾーはピクリと反応すると、ソファーから立ち上がりノックが聞こえたドアを目指した
ドアを開けたが、其処には誰もいなかった。右を向いても左を向いてもただ廊下が続くだけだった。
誰もいなかったが、足元に一輪の花が添えられていた。ライゾーはその花を左手で拾うとその花を見つめていた。
しばらくすると、薄い笑みを浮かべながら手を下ろした。扉を閉めると、閉まった扉を背にして寄りかかった
「
ライゾーは薄く微笑みながら、リビングへ戻りキョウチクトウを一輪花瓶へ活けた。
その時ライゾーには一体何が見えて、何が分かったのか。スノーは愚か誰にも分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます