クローバー国・ヨツバ王



 ライゾーとスノーはしばらく馬車に揺られていると、辺りが賑やかになっているのを感じた。

 スノーはなんだろうと好奇心に駆られ、窓についていたカーテンを開け外を見た。

 窓からは、買い物籠を持った女性や商売をする男性、兄弟で市場を走る子供たち。皆活気溢れる笑顔で、楽しそうに生活をしていた。



「市場・・・ですか?」


「・・・二葉市場だな・・」



 ライゾーは伏せていた瞼を上げると、チラッと外の様子を確認した。一つに纏めていないライゾーの黒い髪はサラリと流れるように揺れた

 スノーは、小さくライゾーが呟いた市場の名前を繰り返すように呼んだ



「二葉・・・市場・・」


「・・・この国には8つの市場や街とか村がある。その一つ一つに二葉や三葉なんか名前が付けられてる・・・」


「へぇ・・・じゃあヨツバ王がいるのって」


「国で4番目の場所にある四葉だろな。四葉からしばらく汽車に揺られれば五葉に到着するだろう」



 三葉に四葉に五葉・・・確かにブバルディア王国のように難しい地名じゃない分楽かもしれないとスノーは思っていた。

 数字に葉を付ければいいのだから。効率も良いし、そして名前も可愛らしいと思った 


 それから30分ぐらい馬車に揺られていると、馬車がゆっくりと停止するとフリージアが扉をガチャリと開け、ニコリと微笑んでいた



「お疲れ様でした。ライゾー様、スノードロップ様。此処がヨツバ王がいらっしゃるグリーン・クローバー城です」



 スノーとライゾーは荷物と持つと、ゆっくりと馬車から降りた。暖かな日差しにアスファルトの一本道以外すべてがクローバーの芝生であった

 スノーは白い帽子を握り締めながら、辺りを見渡した。白と緑を基調としたシンプルな城だった。


 フリージアに案内されるように城へ向かうライゾーとスノーの目の前に現れたのは一体の石像だった。緩い七分丈のドレスに王冠を被った少女の石像だ。



「この石像・・・」


「あぁ・・此方の石像は、我がクローバー国の象徴である幸せの女神ハピネスです」



 フリージアは微笑みながら、スノーが興味を持った石像について説明をしてくれた。スノーは王冠を見ると、首を傾げながらフリージアに質問した



「あの、失礼なんですけど・・女神ハピネスの王冠ってこんなにシンプルなんですか?前説明に来てくれた方に見せてもらった肖像の王冠ってもっと華やかだったと思うんですけど・・・」


「はい・・・実は石工に創らせた時、その繊細さ故完全な再現には至らなかったんです」



 フリージアは恥ずかしそうに呟いた。スノーはフリージアの説明を聞いて納得した。

 女神ハピネスの王冠は絵ではとても細々としており、小さなクローバーや鮮やかな宝石、そして要はグラデーションとなった透明なアーチで描かれていた。

 あんな美しい王冠を石工で作り上げるのは、確かに無理があるだろう。スノーは内心苦笑を漏らしていたが、ライゾーは真顔でその石像を見つめていた



「ライゾーさん?如何しました?」


「・・・いや、何でもない・・・」



 そう伝えると、ライゾーは石像から目を離してしまった。スノーにはライゾーが今何を考えているのかまでは分からなかった。


 フリージアは二人の城内に案内すると、しばらく歩いていると一つの大きな扉の前に案内された。フリージアはノックをすると、ガチャァッという重い扉を開けた。


 二人は惹き付けられるかのように、その部屋に入った。目の前にいる人物でこの部屋が“王の間”だという事が分かった



「よくぞ参られた。私が第12代皇帝ヨツバ・グリースである。ライゾー殿とスノードロップ嬢とお見受けする」



 そこには56,7歳であろうという男性が玉座に座っていた。物腰の優しそうな表情に柔らかな若草色の髪の毛を持つ男性だった。

 スノーは王様直々に会えた事に緊張してしまい体が硬直した。ライゾーはジッと王であるヨツバを見つめていた



「迎えご苦労だったなフリージア。下がってよい」


「ハッ」



 フリージアは短く返事をすると、一礼し王の間を後にした。ヨツバと対面したスノーはオドオドしく頭を下げた。



「そう畏まらなくて良い。無理してきてもらったのは此方の方なのだから」


「えっと、その・・・!今回は女神ハピネスの王冠を創って欲しいという依頼なんですが・・・」


「あぁそうだ。末娘のアイリスがもうすぐ20歳の成人を迎えるのだ。そのアイリスは1年後嫁ぐことになっている・・・」


「だから王冠を送るという事ですか?」



 ヨツバ王はゆっくりと頷いた。優しそうな笑みを浮かべながら立ち上がり、此方へ歩いてきた



「もう知っておられるだろうが、私の子は24と28の男二人で娘はアイリスしかおらん。だからついつい甘やかして育ててしまった」


「大方アイリス皇女からハピネスの王冠を被りたいとでも言われたか?」


「!!ライゾーさん!一国の王に対してなんて事を!」


「構わないスノードロップ嬢・・・彼の言ってる通りなのだ。息子のムクゲとサザンカは剣術や算術にしか興味のない。その二人に比べれば、娘のアイリスは可愛くてつい・・・な」



 お恥ずかしいというかのように手に頭を添えながら微笑んだ。こんな心優しい王が他に居るのだろうか、とスノーは内心思っていた

 ヨツバは手を下ろすと改めて此方を見てきた。此方というよりかはライゾーの目を見ていた



「この国にいる全てのガラス職人や王冠造りを仕事としている物にも頼み、作らせたが一度も成功しないのだ」


「・・・まったく創れなかったのか?」


「いや・・創れないのは土台、つまりアーチの部分が上手く固まらないのだ。如何しても重さに耐えきれずヒビが入ってしまって」


「・・・俺が創った所でどうなる。俺には何の利益もない」


「勿論報酬は弾む。他に欲しい物があれば何だってくれてやろう」


「ライゾーさん・・・」



 何か怖い・・・と内心スノーを思っていた。心配そうで不安そうな顔をしながらライゾーを見つめていた。

 そんな事を考えていると、ライゾーの重い溜息が口から洩れた。



「俺が創るガラス細工は誰かに“使ってもらう”ガラス細工だ。その王冠を創った所で使われるのはたったの一度。創る価値がない」



 そう断言したライゾーに、驚きすぎて固まってしまったスノー。チラッとヨツバ王を見ると、先程まで優しそうな笑みを浮かべていた王は真顔となっていた。

 絶対怒っている・・・スノーは確信した。良くて投獄悪くて死刑だった。しかし、なんでこんな態度取ってしまうのか何となくスノーは分かっていた


 ライゾーの創り出すガラス細工は、美しく繊細でありながら実用的な物が多かった。

 髪飾りやステンドランプ、グラスにお皿ネックレスにビー玉など沢山の物があるが一つとして家にあっても無駄な物ではない。

 しかし王冠は日常的にい使う物ではない。ライゾーさんの創るガラス細工に小物などが無いと同じで・・・飾り物は創らない。創るのは使う物だけだった



「で、でもライゾーさん・・・ヨツバ王は、アイリス皇女様の為に・・」


「成人式が終わって、この男どうするつもりだったと思う・・・女神ハピネスか娘の肖像の前に厳重な管理の元保管するに決まっているだろう。それ以外に使い道ないからな・・・」


「つまり・・ライゾー殿は創りたくない・・・と?」


「簡潔に言えばそうなる・・何より、俺は王冠何て創った事がないからな」



 つまりそれはライゾーが失敗すれば、アイリスの願いは叶える事が出来ないのだ。それだけ重みのある重大な仕事なのだ

 フッと目を細めたヨツバ王は、にこやかな笑みを浮かべながら口を開いた。



「そうか・・・まぁ取り敢えずもう休むと良い。疲れただろう、廊下にフリージアを待たせてある」


「あ、有難うございます」



 何時もの笑顔に戻ったヨツバ王に若干の安心感を持ったが、背中からは妙な冷や汗が流れていた。

 如何してこんなにも優しい笑みなのに、恐怖感が拭いたくても拭い切れない。今自分が上手く笑えているのかどうかも分からなかった。



「・・・行くぞスノー」


「は、はい・・」



 ライゾーはスノーに声を掛けると、スノーは肩を一度揺らすと怯えるかのようにライゾーの後について行った。



「・・・ライゾーさん・・・」


「言っただろ・・・そんなに良い所じゃないと」



 そうスノーに伝えると、何時も真顔の表情が怪しく円を書く様に上がって行った。

 ニコッではなく、ニヤリという表情を見せたライゾーに少なからずスノーは悪感を感じていた。



「これから、どんどん明るみに出るぞ・・・この国の黒い所が」



 ライゾーはそれだけ言うと、また何時もの無表情の顔に戻ってしまい二人は王の間を後にした。



 その二人をヨツバ王は、壊れ見捨てられた人形のような表情で見つめていた事をスノーは気づいていなかった。

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