第20話 ありがとう、そして
翌日王宮の中はちょっとした騒ぎになった。
勿論、王が決定した事と、私が正体を明かした事からだ。
バドとエヴァは王の決定に仰天し、一番の被害(?)者アレクセイとララは何も言えず、ただあんぐりと口を開けていたけれど(ここらへんはやっぱり兄弟だ。行動が似すぎている)、セドリックがひたすら私をかばって懇切丁寧に説明してくれた事、そして王の証を見れば、皆は二つの事実に納得せずにはいられなかった。
アレクセイとララの態度は、涙が出るほど嬉しかった。謝罪しようとする私、バド、エヴァを制し、ララは少し残念な顔をしていたが、
「やっぱり手の届かない方でしたわね」
と可愛く笑い、アレクセイに至っては
「これで気兼ねなくマコトを誘えるってもんだ」
とウィンクし、セドリックから物凄い顔で睨まれていた。ただ、セドリックの意見で、国民は混乱するから、今回は救世主と王の二人が存在した、と語り、私の正体は明らかにしない事にした。
それからにわかに周囲は慌ただしくなり始めた。セドリックの正式発表を控えた準備を始めたからだ。
特にする事のない私は、バドと廊下を歩いていた。
「今思ったんだけど」
「なんです、マコト? 」
「私を救世主のままにしておいていいの? 救世主って王の事でしょ? 嘘をつくのはどうかなあ」
「とんでもない! 予言は当たっていたんですよ。ほら、覚えていますか、〝救世主が現れる。男の王である〟今回、救世主と王は別々に存在したんです」
「嘘だあ。 だって何もしなかったよ」
バドは目を丸くし、まじまじと私を見た。
そうして、彼は私の前にひざまずいた。
「何を言われます。真の王を見つけたのは、マコト、あなたなのです。赤、青、白の国との関係を良くしてくださったのも。そうしてあなたは我々の考えに、新しいやり方を運んできてくださいました。あなたは間違いなく、この国の救世主なのです。ほら、見てください」
立ち上がったバドが指差した先には、一緒に仲良く働く男女の召使の姿があった。調理場を覗くと重い材料を運ぶ男性、果物を切っている女性、お年よりは座って細かい盛り付け等を手がけていたり、若い人に指示を出したり。男女比は半々のようだ。
「ちょっといいかな」
と、バドが声をかけると、小太りした中年の男女が出て来た。二人が責任者だと言う。
「はい! これはこれは、救世主様にバド様。ご訪問頂き光栄でございます」
「マコト様に新しい仕事環境をお見せしたくてね。率直な意見を聞かせてもらえるかな」
バドがそう尋ねると、はい、と中年女性が進み出た。
「バド様の仰る通り、男女関係なくそれぞれの得意な事を生かす配置に致しましたところ、効率が良くなって以前より仕事がはかどるようになりましたわ」
それにですね、と中年男性が小声で割って入る。
「職場の雰囲気が明るくなって。いやあ、男性ばかり、女性ばかりと言う職場は何かと気苦労が多くて」
忙しいところ悪かったね、ありがとう、とバドが声をかけると、二人はにっこりとお辞儀をして、元気よく職場に帰っていった。
「ほら、ね」
バドが笑いかける。
「あなたはこの国を救ってくださったんですよ」
「そう・・なのかな」
私は照れて、少しどもった。
再び周囲に目を向ける。
すると、こちらに元気に駆けて来るララが見えた。その後ろからはアレクセイの姿が見える。
ララは、なんと乗馬服を着ていた。黒い乗馬用ヘルメットを被り、赤い上着に、ぴったりとした乗馬ズボンを身に付けていた。なかなか様になっている。
「ララ、ど、どうしたの、それ!? 」
「マコト、わたくし最近乗馬を始めましたのよ!! やっとお兄様が承知して下さったんですの! これがすっごく面白くって。今日も調教師と__」
「ララ様、馬の準備ができましたよー」
「はーい、今行くわ! マコト、失礼あそばせ」
走り去るララを見ながらアレクセイが、じゃじゃ馬娘め、この忙しい時に、と苦笑した。
「さすが我が妹君。・・実は乗馬の腕は相当なもんなんだ。短期間でめきめき上達している。護身術としてどうしても習いたいから、とあまりにせがむから、最近剣術も教えているのさ。驚きだろ? ・・・俺は女性には優しいつもりでいた。今までは危ないからとあいつには何もさせなかった。俺の優しさは違っていたのかもしれないな」
「お兄様―!! 」
「おっと失礼、最初のうちは俺も見てやらないといけないのでね」
去って行くアレクセイとララを見ながら、
「あの二人も、変わりましたしね」
とバドが穏やかに微笑んだ。
変わろうとしている。
変わろうとしている、この国が。
きっと、良い方向に。
私は、もう、必要ないんだね。
その後、私はセドリックの王の宣言と即位を見守り、遂に元の世界に帰る時が来た。
久しぶりの制服を着、学生鞄を持って初めて私が出現した「滝の間」に入る。バド、アレクセイ、ララ、エヴァ、セドリックが見送ってくれた。
皆が一人ずつ私にお別れの挨拶をする。
エヴァは優雅にお辞儀をした。
「マコト。あなたは真の救世主です。その自信と誇りをいつまでも忘れないで下さい」
「ありがとう」
バドは私の右手を両手でしっかりと握り締めた。
「マコト、本当にお世話になりました。貴方に何もお礼のできなかった事が、本当に残念でなりません」
「ううん、こっちこそ。バドには一番お世話になっちゃった」
涙ぐんだ目をしたララは、少し背伸びをして、私をふうわりと抱きしめた。
「お元気で、マコト。貴方の幸運をいつまでもお祈りしておりますわ」
やだ。ララの顔を見ていたら泣きそうだ。
私は必死に笑い顔を作り、うん、うん、と頷く。
「俺を惚れさせた奴はそういないんだ。生涯自慢になるぜ」
やだ。アレクセイは最後まで冗談ばかり。
そうして、最後にセドリックが私の前に進み出た。顔がタコのように真っ赤になっている。
「あ、あの、マコト。黄金の国の王になった者は最高位の魔法が授かるんだ。だ、だからどんな魔法も使えるって事で、つまり、」
アレクセイが茶化す。
「あーあー、うちの新しい王様はこういう事は苦手だからな」
「うるさいな! 」
「あのー、セドリック、時間がありませんよ」
滝がカーテンのようになって両側から私を包むようにゆっくりと迫ってきた。
「あ、あの、セドリック、何を言って・・」
「マコト、これを!」
滝が私を包んでしまう前に、セドリックが小さな紙箱を私に押し付けた。
「マコト、お体に気をつけて」
「ずっとお祈りしていますわ!!」
「俺の事を忘れるんじゃないぜ、マコト」
徐々に細くなっていく隙間から皆の泣いたり笑ったりしている顔が見える。
私は最後の瞬間まで見逃すまいと、必死で左右に顔を動かした。今まで我慢していた涙がどっと溢れて頬を濡らして行く。
「さよなら! みんな、絶対忘れないから!!」
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