第19話 真の救世主
その後私達は、黄金国の王宮へ帰った。日も傾き始め、皆が一旦自室へ戻る中、私は一人外に出て、庭園を奥へと進んで行った。
茂みで覆われた誰もいない静かな場所に来て、座り込み、しばらくじっと考え込んだ。
三人でもなかった・・。
三つの国に行けば分かる筈だったのに。
三つの国に行けば・・。
・・もしかしたら!
閃いたその時、突然茂みが揺れ、セドリックが現れた。
「!! びっくりした! どうしたの」
「そっちこそ。マコトがこっちに行くのが見えたから、その」
「別に何でも・・・あの、さ、セドリック」
私は逸る気持ちを抑えながら、彼のハンカチを差し出した。
「これ、ありがとう。結局使わなかったんだけど。忘れててごめん」
「ああ、それか。いつでもいいのに」
と右手を差し出したセドリックにハンカチを渡した瞬間、私はぎゅっと彼の手を握り締めた。
「!! なんっ・・!!」
彼が顔を真っ赤にさせたのもつかの間、それは驚愕の色に変わった。
私が握った彼の右手が、うっすらと白く光ったかと思うと、手の周囲が白く点滅し、光り始めたのだ。
ティンカー・ベルのフルーパウダーのように静かに、美しく明滅している。
セドリックは握られた右手を見ながら、困惑した顔で
「こ、これって・・王の・・」
とつぶやいた。
うん。そう。そうなんだ、セドリック。
私はゆっくりと頷いた。
「うん。セドリックも王族の人なら知ってるよね。これが王の証。__君が王だったんだ、セドリック」
「な・・!? だ、だって、マコト、君が王だろう!? 異世界の救世主だって、予言が外れるなんて・・!! 」
私は頭を振った。
「予言はよく分からない。でも、・・あの、僕が王のわけはないんだ」
ここで軽く深呼吸した。
セドリックは当惑した顔で私を見つめている。
沈黙が過ぎる。
怖い気持ちが昇ってきそうになったその時、今までのセドリックとの事が、鮮明に目の前に蘇った。
料理を手伝ってくれた事。文句を言いながらもどこでも付いてきてくれた事。舞踏会の思い出。困った時はいつでも助けてくれていた。
大丈夫。セドリックならきっと、分かってくれる。
私は彼の顔を見据え、ゆっくりと言った。私の声で、私の言葉で。
一言一言、かみ締めるように。
「わたし、男じゃない。本当は、女なんだ」
彼の瞳が軽く見開かれた。
綺麗なブルーアイ。そう、いつも思ってた。
彼は下を向き、小さく息をはいた。
暫しの沈黙。
「・・・そうじゃないかと思ってた」
今度は私が彼を凝視する番だった。
セドリックは口を開きかけ、閉じ、何かを吹っ切るように、又口を開いた。顔は横を向いているので表情がよく分からない。
「ドレス。・・・似合いすぎてたから」
私はみるみる耳まで赤くなるのが分かった。そうして、自分がまだセドリックと手を握り合っている事に気付いて心臓の鼓動が最高潮に早くなった。
セドリックは全くそれに気付いてない様子で手を握ったまま何事かを考えている。
「・・・僕が王か」
ぽつりと言った。困惑気味の顔で。
私は火照った頭を落ち着かせようと左右に振った。
それはそうだよね。戸惑う気持ちは物凄くよく分かる。いきなりの指名で、彼はまだ私と同い年の、まだたった十六歳なのだから。
でも。
でも、私には自信があった。
セドリック、と私は彼の顔を見つめた。
「大丈夫だよ。私、この旅を通して思ったんだ。王は、完璧な存在でなくてもいいんだって。最初は、何でも一人で考えて、決めて、実行できる人が王だと思ってた。でも、皆が私の事を王だと思ってくれてた時、皆が助けてくれて本当にうれしかった。ただあがり奉られてただけだったら、何もできなかったもん。それに、赤と青と白の国に行った時、それぞれの王様はすごく立派だったけど、皆何かが足りなかった。それはね、相手の意見を聞いてそれをまとめる力。セドリックは・・口はちょっと悪いかもしれないけど、いつも皆の意見を聞いて、大事な所では決めてくれてた。全ての国を統べる王となる人は、それが大事だと思うの」
ここでちょっと私は一息ついた。
「大丈夫だよ。黄金の国にはバドもアレクセイもララもエヴァもいる。皆に助けてもらったらいいんだよ。勿論他の国の王様達にも」
「・・そうだな」
セドリックは、うつむき加減に優しく微笑んだ。それは充分知っている、というように。
「ただ、口が悪い、は余計だ」
セドリックと私は顔を見合わせ、ちょっと笑った。
ああ、そうだ。いけない。忘れていた。
私は片方の膝を地面につき、彼の手を改めて強く握った。
エヴァに教えてもらったんだ。正式な王の証明。王の宣言。
「ここに、私、マコトはセドリックを王として認めます」
その瞬間。
「わあ・・・!!」
思わず私達は歓声をあげた。
セドリックの手がますます白く輝き、やがてそれは彼の体を包んで彼の周りを明滅し始めたのだ。
小さな、でも美しい白い光が、幾重にも蛍のように彼の周りを飛び、光っている。太陽も沈みかけた黄昏時の中、それは息を呑む美しさだった。
「きれい・・! 」
まるで彼の輝かしい未来を祝福しているような。
セドリックは左手も差し出し、ひざまずいていた私を立ち上がらせた。
繋がれた両手から、さらにたくさんの光が明滅する。
私達はしばらくその光に見とれていた。すると私達の両手が一層眩く光り、空中に何かが出現した。それは__、
「〝時の階段″!!」
私達はそろって声を上げた。
セドリックは宙に浮く二つの小箱をしげしげと眺め、
「そうか。王が決まったから出てきたんだな」
とつぶやき、片手でそっと二つの箱を取ってポケットの中に入れた。
そうして彼は、私の両手を握りなおした。先程よりも強く。
え。
顔を上げると、彼は真剣な表情で私を見ている。
「これでもう・・・帰れるんだな、君の世界へ。マコト」
あ。
一瞬、瞳の揺れるのが分かった。
異世界の救世主。
そう、そうなんだ。
王の決定、時の階段の出現。私の役目は終わったんだ。
最初の頃は、あんなに故郷へ帰りたいと願っていたのに。
なんで今はこんなに。
目頭が熱くなってきて、私はただ、頷いた。足元まで明滅している彼の靴を見ながら。
暫し沈黙。
「・・・そうか」
セドリックは両手を握ったまま、ゆっくりと私に近付き、片手を離して、私の背中をぎこちなく抱き寄せた。
壊れ物を扱うように、
そおっと。そおっと。
彼はもう一度つぶやく。
「・・・そうか」
私はセドリックの肩にそっと顔を寄せ、彼の肩越しに、握り合ったままの右手を見つめた。
手から零れ落ちるほどの白い蛍火が私達を包みこむ。
ぼわっと光り、闇に消え。
幾重にも幾重にも、
淡く、強く。淡く、強く。
それは、涙が出るほど、美しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます