第18話 閉幕、そして新たな真実

最後は運動会の花形、200メートル×4人のリレーだ。

1、 3番走者は有翼人、2、アンカーはドラゴンだ。これは人数が多くないとつまらない為、紅白それぞれ6組出場し、その総合得点で、遂に紅白の優勝が決まる!



 会場は熱気に包まれていた。合図で一斉に有翼人達が文字通り、飛び出した。観客の興奮が一気にヒートアップする。


 アシュマンとザルーの組は紅の1組だ。紅色に、1の数字がいっぱい入ったタスキをしている。アシュマンが3番で、なんとザルーはアンカーだ。


 遂にアシュマンの出番が来た。彼はタスキをもらい、片方の翼を広げ、颯爽と飛び出した! なんて速さだろう、一気に前の二人を抜き去った。


 場内が感嘆と歓声にわく。私も声を張り上げた。

「行けーっ、アシュマン!! 」


 彼は前方を飛んでいた二人にも追いつき、ぶつかるすれすれで抜いていた。


「やった!」

 あとは残る白組の一人だ。こちらもかなり速い。


あれ。どうしたんだろう。途中で気付いたが、アシュマンの顔、すごく苦しそうだ。練習では調子が良かったのに。


「・・痛いと、聞いている」


 じっと彼を見つめながら、静かな口調でクレイが言った。


 えっ!?


「片側の翼は完全にない訳ではない。ほんの少しだが残っている。必要な長さがないのに無理に動かすから背中が引き攣れて痛いのだそうだ。その痛みは私には想像がつかない」


 そんな。

 想像もできないけど、片側だけの羽で飛ぶんだ、バランスだって必要だし、力もいる。その上速く飛ばなくちゃいけないんだ。


確か、そうだ。飛んだ後、あんな辛そうな顔をしていたのに。私達の前では、無理してたんだ。


歯を食いしばってアシュマンが前を行く有翼人に追いつく。そして遂に、追い抜かした。

わーっと会場に大きな歓声が湧く。

 彼は最後の力を振り絞ると、タスキをザルーに渡した。そのまま力尽き、顔から地面に滑り落ちる。


アシュマンが声をかぎりに叫んだ。


「ザルー、頼みましたよ!!」


 ザルーがゆっくりと走り出した。


 ただでさえ走るのが苦手な種族。しかも彼は両目が見えないのだ。

 でも想像以上に遅い。練習よりも遅いくらい。

何でだろう。私はザルーの様子をじっと見つめた。彼は短い両耳をぴんと立て、ものすごく真剣な顔をしていた。こめかみに太いたてじわがくっきりと見える。時々、何かを探るように顔を左右に振った。


 私ははっと気付いた。

音がわからないんだ!


目の見えないザルーは、音だけを頼りに走る。練習では、チームメイトがゴール付近で手を叩いていたけれど、ここは広い会場、しかも観客の歓声がとてもうるさい。彼はチームメイトの出す音が分からないに違いない。何だか足元が危なっかしい。


あ、後ろから敵チームのドラゴンが来ちゃう。

白いタスキをかけたドラゴンが、ゆっくり、ゆっくりとザルーに迫り、遂に抜き去った。


白チームの応援団が歓声を上げる。

と、その時、抜かれたドラゴンに気をとられたザルーがバランスを崩した。


 ぶつかる!

 次の瞬間、保護用の柵に、ザルーは派手な音を立ててぶつかった。柵が派手にへこむ。一瞬、はっと会場が息を呑んだ。


 ザルーは、さして気にした風もない様子で、また走り出した。


でも、あれってかなり痛いんじゃないの!?


 それで全体のバランスを崩したのか、その後少し走っては、保護用に立てられた柵に、何度もぶつかり、その度に痛そうな音を立てた。一番派手にぶつかった瞬間、前後が逆になり、ザルーは逆走し始めてしまう。その間に又別のドラゴン三匹が彼を追い抜いていった。ザルーはチームメイトの彼を呼ぶ声でやっと気が付き、保護用の柵を手で探りながら、ゆっくりと方向転換した。両手を必死に空中で動かし、音を頼りに再びゆっくりと走り出す。ぜえぜえ、と彼の大きな口から声が漏れ出し始めた。


 私は、痛いほどぎゅっと手を握り締めていた。


「・・・もういいでしょう、辞めさせましょう! 」


 なんと、冷静な顔でじっと見ていたクレイがいきなり立ち上がった。

「ほら、今もあんなにぶつかって。彼は充分頑張りました。ギルディアよ、そうでしょう」

「う、うーむ。わしらは、それほど痛みは感じない種族ではあるが・・まああれほどぶつかるとちょっと・・」

 私は慌てて立ち上がった。

「ちょ、ちょっと待って、これは完走する事に意義があるんだよ。最後まで見守ろうよ! 」

 クレイは冷たい瞳で私を見下ろした。

「王よ、確かに我々にもこの運動会の趣旨は伝わりました。充分です。あなた方はこれ以上彼を見世物にするつもりですか!」


「そ、そんなつもりじゃ! 」


 その時。セドリックが立ち上がり、一喝した。


「黙れ! ずっと見ていろ!」


「な、何だと!? 」

 クレイとギルディアの顔が、怒りでさっと変わった。後ろから止めようとするアレクセイの手を払い、セドリックは続ける。

「あんたら王だろ、トップに立つ者が一度決めた事を簡単にくつがえすな!! いいか、ザルーは自分の意思で参加する事を決めたんだ。事故や生命に危険が及んだ時のみ助ける。それ以外中止はなしだ、いいな!! 」


 それだけ言うと、セドリックは荒々しく座り直し、運動場を見つめた。

 しん、と場が静まった。


 バドもララもアレクセイも私も、ただギルディアとクレイの二人を、どうするのか見つめていた。


 少ししてまずギルディアが、続いてクレイが、二人とも黙ったまま、静かに座り、運動場に向き直った。


 他の誰も、何も言わず、視線を元に戻す。

 私も着席しつつ、隣に座るセドリックを盗み見た。

 彼は真剣な顔で、運動場を見つめている。

 そんな彼の姿に、私はなんだか、じーんとしてしまった。


 心の中でお礼を言う。

 ありがとう、セドリック。




 再び運動場に目を戻す。左右に、大きくふらふらしながらザルーが走っている。もう彼を全てのドラゴン達が抜き去り、しかも全員ゴールしていた。今、グラウンドにはザルーだけが残っている。

 走る事に疲れ果てたか、彼はかなり迷走してきた。大きく右に傾き、壁にどかっと頭を打ち付け、その反動で大きくこけた。立ち上がり、右足を引きずりながら走っていく。


 がんばれ、がんばれ


 見ると、ザルーのチームメイト達が彼に駆け寄り、トラック内から一緒に走り始めた。

 アシュマンが必死に声をかけているのが見える。


 がんばれ、がんばれ


 先にゴールしたドラゴン達が足を踏み鳴らしたり、有翼人達が手を必死に叩いて、ゴールはここだと叫ぶ。


 がんばれ、がんばれ


 私も、セドリックも声を張り上げた。バド、アレクセイ、ララも加わる。

 がんばれ、がんばれ


 やがて、会場いっぱいに頑張れコールが響いた。ドラゴンも有翼人も関係ない。皆必死で声を張り上げている。



 そうして遂に、ザルーがゴールした。


一緒にトラック内で走っていたチームメイト達が駆け寄る。ゴールしていたチームも輪に加わり、彼らを取り囲む。アシュマンとザルーはしっかりと抱き合っていた。


 会場は、今度は大きな拍手と、ドラゴン達の祝福を祝う足音でいっぱいになった。


ギルディアは、

「・・すまん。今は何も言えん」

 と言って、しばらく下を向いていた。


「有翼人とドラゴンが・・・あのような・・光景は、初めて見た」

 クレイは両手を握り締めながら、ぽつりと言った。顔が紅潮している。


 ララは感極まって泣きじゃくっていた。


私は、セドリックがそっと渡してくれたハンカチを握り締めながら、泣き出しそうなのを必死に耐えていた。そうして、両手が痛くなるまで拍手を送った。




「では、これにより紅白運動会を閉会する」

 ギルディアとクレイによる閉会宣言後の、異常な盛り上がりが、運動会の成功を物語っていた。


 混合白チームの勝利で終わったけれど、もうそんな結果はどうでもいいくらい、会場の雰囲気は和気藹々としていた。それぞれのチームのドラゴンと有翼人達はお互いの健闘を称え合い、又、会場でチームを応援していた側にも連帯感が深まったようで、あちこちでドラゴンと有翼人が抱き合い、別れを惜しんでいる光景が見られた。



 私達一行はグラウンドに下り、ザルーとアシュマンに駆け寄った。


「ザルー! アシュマン! 」


「あ、皆さん!」

「もう、二人とも最高だったよ!! 」

「後で皆さんがクレイ様とギルディア様に私達の出場をかけあってくれたと聞きました。ありがとうございます」

「そんなのいいんだよ、最高だったよ!」


 アシュマンが静かに微笑む。

「ザルーの走りには感動しました」

 ザルーが豪快に笑った。

「なんの、こちらこそ」

「私達は、今それぞれの故郷へ遊びに行く話をしていたのです。私の誇りである国を彼に案内したいし、私も見てみたい」

「目が見えずとも、彼が育った国ならば、きっと素晴らしいだろうて」


「素晴らしいですわ! どちらとも素敵な国でしたもの、是非早く実現して下さいませね」

 ララが潤んだ瞳で笑った。


 彼等と別れた後、クレイとギルディアが二人一緒に私達に向かって歩いてきた。


そしてクレイは私に近付き、驚いた事にひざまずいて、私の右手を取った。


「わが君、私は知識と技術だけでは得られない物を本日得る事ができました。それは、何にも変え難い物です。・・・本当に感謝しております」

 ギルディアも、どすんと片方の膝を付き、大きな右手を出して私の左手を取った。

「救世主よ、長年不仲であった赤と白の国を結び付けた貴方こそこの全ての国を統治する御方。わしとクレイはここに宣言し、一生の忠誠を誓います」


 感動して私も二人の手を、強くぎゅっと握る。

「僕だけじゃないよ。協力したクレイとギルディア、それに国民の人達のおかげだよ。良かった。本当に、良かった」


しかし次の瞬間、私はある事実に気づき、驚愕した。

私の手を握っている二人の手・・・。



どちらの手も光ってない!!


 

 二人とも立派な人だったのに、この人達でも王ではないの!?


 三つの国を訪れたのに、青、赤、白、どこの国の王でもなかった。



 そんな事って・・!! 



 私は笑顔を作りながらも、心のうちでは動揺を隠せなかった・・。


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