第13話 赤の国の王、ギルディア

馬車がふわりと着地し、一歩外に出ると、頬を伝わる風が熱かった。日差しもじりじりと強い気がする。いきなり夏の季節に来たかと思うほどだ。


「はは、暑いか? そうだな、ここは。でもじきに慣れるさ。この服が自動で温度調節してくれるからな」

 アレクセイが私を見て笑った。

「え、そうなんだ!? 」

 私は改めて自分の衣装を見下ろした。確かに、どこででも長袖で通してたけど。魔法ってすごいんだなあ。


 着地した場所は、赤い石でできた巨大な宮殿の門前だった。怖い顔のドラゴンにバドが用件を告げると、王の間へと案内された。そこへ行く間も、要所要所にいかついドラゴンがいて、私達をぎろりと睨んだ。ひええ。すごい迫力だ。ただでさえ彼らは身長が軽く2mを越え、横幅は4,5mはありそうなのに、さすがドラゴン、顔が怖い。それにしても、ここは青の国と違って、かなり重々しい雰囲気だなあ。


王の間に入ると、赤い絨毯の延長線上に、今まであったうちで、ひときわ立派なドラゴンが、赤い水晶でできているような玉座に座っていた。金や赤い宝石で彩られた立派な首飾りや足輪を身に付けている。額には、大きな三日月形の傷があった。


「赤の国へようこそ。歓迎致す。わしはギルディア、この国の王じゃ」


ドラゴンは、重々しい声で挨拶をすると、傍にいた部下のドラゴン達に命令した。

「大事なお客人じゃ。例え何があっても途中で入室する事を許さぬ。破ったらどうなるか分かっておろうな」

 赤く爛々と光る眼でぎろりと睨むと、充分強くて怖そうだったドラゴン達は萎縮し、黙って深く頭をたれ、静かに退出していった。


 な、なんか物凄く王らしいと言うか、とっても威厳がある王様だな。全身から迫力を感じる。

 部下が全員出て行くのを確認すると、ギルディアは私達に向き直った。


「さて。わしを昔から知っておる者もおると思うが、挨拶代わりに言っておこうかの。救世主が現れたと極秘に聞いたがこのギルディア、わしが認めた者のみにしか忠誠は誓わぬぞ。予言は絶対、その価値は大いに認める。救世主の命令とあらば動きもしよう。しかし心までは縛れぬぞ」

 あーあ、また始まった、という顔で、バドとアレクセイはこっそりため息をついた。

「で、新王はどこかな」

 こちらです、とバドが私を紹介すると、ギルディアは一瞬目を見開き、ふん、と軽蔑したように鼻を鳴らした。

「これは又、今までの中でも最も小さき王じゃな」

 ちょっとむかっと来た。ララが顔を怒りで真っ赤にして一歩踏み出す。

「ギルディア殿は見かけで人を判断しますの!? 」

 私はララを制し、ギルディアを見据えた。


「僕は自分が強いかどうかはわからない。でも、これだけは言える。強さは体の大きさでは決まらない! 」


「ほう、言うな」

 ぎろりと彼は私を睨んだ。私も、本当は怖かったけど必死でにらみ返した。この異世界の暮らしで実感したんだ。これだけは譲れないんだから!

 少しして彼は目をすっと細くし、ふふ、と小さく笑った。

「さて、お忍びとは言え、折角わが国を訪ねてくれたのじゃ。色々見せたいが、滞在がたった半日では半分も見せられぬな。すぐに出掛けようかの。自慢の学校をお見せしよう」


 そう言うと、玉座から降りてどしん、どしんと歩き出す。


「何だ、あの態度」

 セドリックが眉をしかめる。バドはまあまあ、と私達の肩を叩いた。

「マコト、気にしないで下さいね。彼はいつでもあんな感じですから。ドラゴン族は私達より長命を誇りますから彼等なりのプライドがあるんですよ。特にギルディアは頑固な所も少しありますが、基本的に悪い人ではないんです」

「長命って、どれくらい? 」

「三百年ぐらいでしょうか。ギルディアは二五〇歳くらいだと思いますよ」


 さ、三世紀。それじゃあ私なんか超若造だよね。お年寄りは・・敬わなきゃねえ。


 王宮の外に出ると、ギルディアは私達全員を、ドラゴンが引っ張る大きな馬車のような乗り物に乗せた。一匹の部下のドラゴンがばさっと飛び上がり、私達を乗せた馬車を軽々と空中に持ち上げる。


「わしらは歩くより飛ぶ方が得意でな。空からいろいろ案内しよう」

 そう言ってギルディアも飛び上がり、先頭に立ってゆっくりと羽ばたいた。彼の姿を認めると、空を飛んでいた他のドラゴンや地上にいる物達まで、ははーっとひれ伏した。専制君主と言うか、すごいなあ。


 彼は少し飛んで移動し、目的の場所に着くと一旦着地し、大規模な畑の数々、林業の中心となる巨大な森林、宝石を生み出す採掘現場、美しい滝や湖などの大自然まであちこち紹介してくれた。


 結構面倒見がいいんじゃない。もしかして、この人、根はいい人なんじゃないのかな。


 最後に彼は、一番の自慢と言う子供向けの学校を紹介してくれた。

 少し離れた所にある、緑豊かな小島に私達は着陸した。


「ここが学校じゃ」

 私はぐるりと見回した。


「校舎やグラウンドはどこにあるの?」

 はは、とギルディアは自慢げに笑った。

「そんなちっぽけな物ないわい。そうさの、しいて言えばこの土地全てが学校のグラウンドじゃ 」


 ええ!? この小島一つ丸ごと!?


 私は息を呑んだ。

 改めて周りを見た。眺めの良い丘、せせらぐ小川、遠くに美しい湖やお花畑も見える。近くに手作りらしい畑があった。巨大な木の下には切り株がたくさん並んでいる。きっとそこで授業をするのだろう。木を使った遊具もあちこちに見える。


 ギルディアは続けた。

「子供達には生き抜く術が必要じゃ。豊かな自然が満載のこの自然の学校で学業もするが、それ以上にここで農作業・林業・漁業の手伝いをさせたり、自然の中で思い切り遊ばせ、自然と共存し、そこから学ぶ大切さを教えている」

「いいなあ! こんな学校! あっ、向こうの木の枝にブランコがついてる!! 僕あんなブランコに乗るの夢だったんだよ、乗っていいよね! 」


 すっかりうれしい気分になっていた私は走って行ってブランコに乗り、大きくこぎだした。天まで届くような巨大な木につけられたブランコ。ロープの長さは十メーターはあるんじゃないだろうか。


「高いからすごく気持ちいい! 」

「マコト、わたくしも乗せてくださいな! ほら、セドリックも本当は興味あるんでしょう? 」


「ぼっ、僕は別に! こら、腕を引っ張るなよ! 」

 バド、アレクセイ、ギルディアがのんびり歩きながら近寄ってくる。

「王よ、まるで子供のようじゃな・・・しかし、そんなに素直に喜ばれると悪い気はせんな」

 ギルディアは私に子供時代の事を質問し、私が野山や川で遊びまわっていた事を知ると、機嫌を大いに良くしたようだった。


「そう。子供は自然と充分に触れ合わねば。勉強ばかりで自然に接する機会がないと体も性格も偏った持ち主になるて。王は白の国の奴らを知っておるか?」

「いや、実はこれから行こうと思ってるんだけど」 

「ふん。頭の硬い奴らは会うだけ無駄じゃ。特に王であるクレイはかなりじゃぞ。あんななまっちろくて何かあったら他人はおろか自分も助けられんて」


 ギルディアは額をさすりながら話し、私は思わずそのひどい傷に目が行った。彼は私の視線を感じ、ふふ、と笑う。

「これはわしの勲章じゃ。まだ大臣だった折、ここが大きな台風に見舞われた事があった。建国以来最大の災害と言われた程のもので、わしはその時嵐の中を飛び回り、住民を救助したり避難場所に先導した。これはその時できた傷じゃ。その働きが認められ、王となった。わしはかつて、何の身分もない一般平民だったのじゃ。ここは実力主義の国。白の国のような、王族による王位継承なんて甘っちょろい。真に強い物だけが王になれるのじゃ」


 なるほど、と私は思った。これほどの自信と迫力は全て自分で培ってきたんだ。部下や国民があれほど彼を敬うのも分かる気がする。こういう王もいるんだな。テオとはまた違うタイプだけど、黄金国の王たる者は、全てを統率するんだから、これぐらい強くないと駄目なのかな。


 私の考えをよそに、ギルディアはすっかり上機嫌になっていた。

「この度はわしも楽しかった。当初黄金国の王たるものがお忍びとは、と驚いたがお互いを知るには良かったのかもしれぬ」


 よし、機嫌もいいし、握手してみよう、と私が手を差し伸べようとした時、彼ははっと我に返って慌てだした。


「いかん、わしとした事が。今日は学校訪問があってな、こことは場所が違うのじゃ。王よ、申し訳ないが子供達を待たせておるので至急失礼せねばならん。帰りは部下達が責任を持ってお送りするので心配無用じゃ」


 彼は部下達に指図し、飛び立とうとし始めた。

「ギ、ギルディア!じゃあ今度黄金国に来てくれないかな。ちょっと話したい事があるんだけど!」

 彼は飛び上がりながら、

「お安いごようじゃ。久しぶりじゃから楽しみじゃの」

と言い残し、去って行った。


 あーあ。握手そびれちゃった。ま、後日でいいや。とりあえず赤の国の訪問は取り付けたぞ。でも、白の国とは本当に仲が悪いんだなあ。これは当日まで秘密にしておこう。



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