第2話 落ちた先は異世界でした。
な、何、私落ちてる!?
下降していると悟った刹那、
バッシャーン!!
と派手な音を立て、どこかに落下した。
え。な、何!?
み、水!?
周りが水だらけでよく見えない。
下は湖のようであり、上からも水が大量に落ちてきている。
お、おぼれちゃう、おぼれて・・。
必死に手足をバタバタさせていると、両足が何か硬いものにぶつかっているのに気付いた。
あれ。地面?
そろそろと手足の動きを止めると、ばしゃっと水から顔を上げた。
何、ここ・・。
噴水?
水深は腰の高さくらいまでもなく、下はなんだか固い地面のようだ。ただ、上から大雨のように大量の水が降ってくる。不思議と全く冷たさを感じない。
とにかく、ここから出なくちゃ。
ゆっくりと起き上がり、全身に水を受けながら歩き出す。両手をふと見ると、右手にはぐちゃぐちゃに濡れて重くなった学生鞄を、左手には何故かあの金の小箱をしっかりと握っていた。今は蓋が閉まっている。
何これ。まあ、いいか。学生鞄もあって良かった。
頭がぐらぐらして何も考えられない。
とりあえず、この雨の向こう、光が見える方へ出なくちゃ・・。
そのまま前進すると、雨がぴたっと止んだ。後ろを振り向くと、滝のように水が上から流れている。
滝?
私ここから出てきたの?まさかね。
前を見ると、そこにも滝がカーテンのように眼前をはばんでいて、それから先には光が見えた。
私は光に導かれるかのように、ゆっくりと前へ進み、滝をくぐりぬけた。
たっぷりと水を吸ったコートと制服が重たい。
はあ、やっと外へ出られた・・、と安堵したのも束の間。
え!?
私の目の前は。
天井に明るいシャンデリアが煌々とつき、クリーム色の石壁には模様のような彫刻がほどこされ、どこかヨーロッパの古いお城の中のような、
部屋の中だった。
え、な、なにこれ!? 私は慌てて交互に後方と前方を見た。後ろは滝だし前は部屋だし、何これ、どこ、ここ!?
私が一歩前に踏み出そうとすると__、
「現れましたわ! 」
「お待ちしておりました!!」
部屋のどこからか、男女二人が飛び出して来て、私はその異様な姿にぎょっとした。
女性は古代ギリシャのような、白い布を巻きつけたロングドレスのような物を着ていた。びっくりするほど綺麗な銀髪のロングヘアーと紫の瞳を持つ美しい人だ。年齢は二十代半ばくらいに見えた。
男性の方は、明るい茶色の髪と瞳を持ち、眼鏡をかけた優しそうな人。年齢は女性と同じくらいだろう。白く長いマントを身に付け、牧師さんが着ているような、水色のゆったりとした膝まである長いワンピースのような物を着、下はこれまた同色のゆったりしたズボンをはいているようだ。昔見たヨーロッパの古い絵画で見た学者のような、でも何か微妙に違うような格好をしている。
二人は私の前まで駆け寄ると、ひざまずいて深々とお辞儀をした。
やがて男性が立ち上がり、私に近付いて、にっこりと微笑んだ。
こうして真近で見るとこの人ちょっとかっこいいかも、なんてこんな時に思った。
「良かった、救世主殿、貴方こそ次期国王、お待ちしておりました」
眼鏡越しに彼の優しそうな瞳が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている私を見、
「美しく聡明な顔をしていらっしゃる。やはり貴方は国王・・・」
と言いかけ、彼の視線が下に来た所でぴたりと止まった。
私もつられて視線を下げてみる。
ななな、何?制服!? あー、確かに全身濡れてて靴の中までもどぼどぼだけど・・。
スカートなんか水が滴ってるし。
しかし、彼は私とは何か別の物を見ているような顔で、
「・・・スカート」
とぽつりと言った。今度は彼が呆気に取られた顔をしている。
へ?
はっと気を取り直した彼は、何故だか慌てた様子で、
「えっ、スカート!? ・・・と言う事は、貴方は・・」
彼は私を後ろへ押しやって小声で尋ねた。
「・・・女性なのですか? 」
は、はあ!?
今まで呆けていた私はこの一言で爆発した。
何なのいきなりびしょぬれになるわ、騒がれるわ、しかもいきなり女性ですかだってえ!?
「あっ、あのねえ! 確かに女子ではちょっと高い方だけど、たった164センチよ!? それに髪も短いしちょっとやせてるけど、十六年間生きてて今まで男子に間違われた事なんて一度もなかったんだから!!」
私の怒声は狭い部屋の隅々まで行き渡り、反響がわんわんと伝わった。
瞬間、学者風の格好をした男性ががっくりと膝を折れた。後ろに立っていた女性も顔色が蒼白になっている。
「な・・・なんて事でしょう」
「予言が、外れたと?」
もっと文句を言ってやろうと思っていた私は、その場の只ならぬ空気で再びまごついた。
その時、外から高い靴音がこちらに向かって近付いてくるのが聞こえた。
刹那、うなだれていた男性は、はっと顔を上げ、
すみませんっ! と私を元いた滝の中へ突き飛ばした。ばっしゃーんと水しぶきをあげながら、私は思い切り尻餅をつく。
「なななっ、何するのっ!? 」
「後生です。いいと言うまで絶対そこから出ないで下さい、お願いいたします!! 」
彼の初めて見せた怖い表情、ど真剣な空気に私は思わず呑まれた。尻餅をついたまま立つ事もできない。
その瞬間、バン! と扉の開いた音が聞こえた。学者風の男性は私を残して滝の外へ出て行く。さっき聞いた靴音が、つかつかと近くに聞こえてきた。
「バド、救世主は見つかったのか!? 」
男性の声だ。低く、とてもかっこいい声。
目の前に滝があるので姿は全く見えない。
学者風の男性の声が続いて聞こえた。
「全く。あなたは早すぎますよ、アレクセイ。ええ、ただいま。ただ予言どおり水の中からお出ましになったせいで全身ずぶ濡れで難儀されているようです。お召し物を着替えて頂かなくてはなりません。その後に面会頂けませんか」
「む・・・、そうか、そうだな。確かに俺も正装を忘れていた。これは救世主に失礼と言うものだ。はは、初めての事で何も分からなくてね。出直してこよう」
朗々たる声が部屋に響いている。
次に銀髪の女性の声がした。
「アレクセイ、救世主様に失礼がないよう、準備ができるまで、この部屋の周りの人ばらいをお願いできますか」
「承知した。では、救世主殿、後ほど」
そう言うと美声の持ち主が部屋を出て行く気配がした。扉ががちゃりと閉まる。
少しして、男性と女性の、小さなため息が聞こえた。
「申し訳ございませんでした、さあ、こちらへどうぞ」
男性が滝の中へ近付く前に、私は外へ出た。
女性がすぐさまタオルを出してくれたので、とりあえず受け取ってみる。でも水でぐしゃぐしゃの顔を拭く気持ちにもなれないほど、私は呆気に取られていた。大体両手は鞄と小箱でふさがっているし。
男性が片手を胸に当て、深々とおじぎをした。
「非礼をお許しください。申し遅れました。私はバドと申します。こちらはエヴァ」
エヴァと呼ばれた女性もスカートの端をつまんで優雅におじきをした。そうしてまじまじと私を見る。
わあ、やっぱり綺麗な人だ。
女性は眉根を寄せ、悲しそうな顔でぽつりとつぶやく。
「・・・女性なのですね・・・」
だから私は、と再び怒ろうとした私を遮り、
いえ、そういう訳ではないのです、申し訳ございませんでしたと、二人は土下座とも言える姿勢になり、頭をさげたので慌ててしまった。
「あ、あのっ、そこまでしてくれなくてもいいです、分かってもらえれば」
立って、立って下さい、と言う私の必死のお願いに、二人はやっと顔を上げた。バドが口を開く。
「何故私共が貴方を男性と思ったか、そして貴方がこの世界に来られたか。話を聞いてもらえませんか」
「こ、この世界って?」
エヴァが後を引き取った。
「ここは黄金の国。今、救世主様の目の前にいる私共は勿論、この世界も貴方は今までお目にかかられた事はないと思います。ここは貴方の住む世界とは別次元にあるのです」
は、は、はい!?
別次元!?
そこでエヴァは私の着替えを、と申し出たが私は頭を振った。
「と、とにかく、話を聞かせて下さい」
それでは、とバドが話し始める。
「この世界は、黄金の国、赤の国、青の国、白の国と四つの国があり、それぞれに王がおりますが、全てを統括するのは黄金の国の王であり、それは予言によって選ばれるのです。私は黄金国の王の執事を仰せつかっており、このエヴァは占い師です。彼女の予言では、本日異世界の救世主が現れる、男の王である事が判明しました。救世主はつまり王のことです。ですから我々は本日を待ち、予言通りこの〝滝の間″より異世界から救世主、つまり貴方様が現れたのですが・・。女性とは・・」
よ、よくまだ飲み込めない。
でも、一つだけ分かった。私はおそるおそる口に出す。
「・・・あの、予言が外れると言う事もあるんじゃないですか? 人違い、とか」
バドが頭を振った。
「それは有り得ません。貴方様はその小箱を持っていらっしゃいました」
そう言って彼は私の左手を指差した。
「え、こ、この箱が!? 」
「救世主様はこれらの箱の力により召還されました」
そう言いながらエヴァは、私が持っている物とそっくり同じ小箱を持ってきた。
片手にすっぽり収まる小さな金色の箱。とても美しく、がっしりとした金属の箱のようだが何故か重さは感じない。蓋の表面には階段のような、起伏にとんだ彫刻がほどこされている。
駅から滝の中にいきなりテレポートするわ言葉は通じているけどまるきり外国人のこの人達を見ていたら、ここが異世界だと信じるしかない。でも・・。
私は呆然と呟いた。
「・・・私が救世主?・・」
強く頷きながらエヴァは続けた。
「これの箱は″時の階段″と呼ばれ、ここと異世界を結ぶ通路を作るものです。二つそろって初めて効力があります。本来、黄金の国の王、又はその王によって許可された者のみにしか使う事ができないのですが、異世界の救世主が現れる時のみ、自らこの二つの箱は同時に開き、その力を発揮するのです」
私は左手にある金の箱を見ながらエヴァに尋ねた。
「救世主が元の世界に帰る時は? 」
「この箱を開いてお帰りになると聞いています」
開けたら帰れるんだ・・。
そう思った刹那、まるで私の気持ちを読んだように小箱は一瞬きらっと金色に光ったかと思うと、次の瞬間、跡形もなく掌から消えてしまっていた。
「!!!」
慌ててエヴァの手にある小箱を見ると、そちらも同じく光って消滅してしまった所だった。
「え、ええええ!? 」
「やはり・・」
バドとエヴァは顔を見合わせ、頷きあった。
バドが言う。
「時の階段は、その役目が終われば消滅します。時期国王である貴方を呼び寄せた為、消えたのでしょう」
「な、何で!? だって、ずっと消えっぱなしじゃないでしょう!? 」
「はい。又必要な時は出現すると聞いておりますが、それがいつかは私どもには・・国王であればお分かりになるかと思いますが・・」
「そ、そんな事言われても私も全然分かんないよっ!! ど、どうしよう、もう帰れないの!? 」
慌てふためく私の肩に、バドががっしりと両手を置いた。
「落ち着いてください。私は知りませんが、過去異世界から救世主が来た事があり、その王は何度か両国を行き来していたそうです。私共は救世主殿を元の世界に返す方法を必ず見つけ出します。信じてください」
ただ、と彼は付け足した。
「申し訳ないのですが貴方を男の救世主として扱った方が良いかと思います。何故性別に誤りがあったのかは分かりませんが、この世界では太陽が毎日必ず昇るのと同じように予言が外れる事は有り得ないのです。外れたとなると市民の失望は深く、又混乱する事も予想されます。予言どおりとした方が、里帰りと称して公に元の世界に戻る方法を調べられますし協力もたくさん得られます」
エヴァも両手を組んで、横から進み出た。
「性別は違えど、わたくしは貴方様を救世主と信じております。以前の王が退任されてから、しばらくの間、この黄金国に王は不在で、皆待ち望んでおりました。なにとぞ私どもを助けると思ってご協力頂けませんか」
そ、そんなあ。
私はこんな訳のわからない世界で、それに救世主として過ごすの!? しかも男!?
でもあの小箱が消えてしまった今、元の世界には戻れないわけだから。私はしばらくこの世界にいなくちゃいけない訳で。帰る方法を見つけるまではこの人達の言う方法しか・・ないんだろうなあ・・。
それに再び土下座して頼み込むルヴァとエヴァを見て、私は了承せずにはいられなかった。
二人は安堵した面持ちで立ち上がる。満面の笑みのバドが尋ねた。
「宜しければ、救世主殿のお名前をお聞きして宜しいですか? 」
「・・須藤 真琴・・マコト、です」
マコト様、良いお名前ですね、と微笑む二人を見ながら、私は憂鬱な気分になっていた。
昔から頼みごとには弱いんだよね・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます