第3話 救世主(仮)で行きましょう。
その後エヴァに案内され、大理石でできたような広いお風呂に入り、そそくさと出てくると彼女が用意してくれた服に着替えた。白いシャツの上に、深緑色のゆったりとした、やや固めの上着を羽織り、同じ生地のパンツを履く。靴は茶色のショートブーツ。
脱衣所にある大きな鏡で全身を写してみた。
形は男子の学ランみたい。
襟元にはボタンの代わりに金色の大きな獅子の飾りが留めてある。国王の印なんだとか。見ると両肩にも細かい金の刺繍で獅子と炎をかたどったような立派な模様が入っている。全て上等の品のようだ。
部屋を出る前に、最後に髪の毛を軽く整えた。元々髪は短めのボブだから大丈夫だと思うけど、ちょっとでも男子に見えるように、前髪をくずしたり、髪を両耳にかけてみたりする。
私、実は男装似合ってない?
自分の能天気さに半ば呆れつつも、先程の憂鬱さは減って、なんだかごっこ遊びのようでウキウキしてきた。
こんな本格的な男装って初めて。それに私、昔から男子に憧れてたんだよね。行儀悪くしたり、ちょっと乱暴な言葉を使っても男子なら平気でしょ?
「僕」とか言ってみたかったんだよね~。
外で待ち合わせしていたバドと会うと、彼は顔を輝かせた。
「マコト様! 凛々しくていらっしゃる、お似合いですよ」
えへへ、とちょっと私は笑った。
「良かった。初めて笑ってくださいましたね」
彼は安堵の表情を見せる。
「私はマコト様の執事です。わからない事やご希望がございましたら、遠慮なく私にお伝え下さい」
「じゃあ、早速、あの、これから何をするの」
「ここは黄金国内の宮廷でして、マコト様はこれから謁見の間に行って頂きます。救世主のお披露目を王国関係者達にするのです。と言いましても、大丈夫ですよ、今回は数名としか会いませんから。マコト様は異世界からいらっしゃいましたから、しばらくは身分を隠されて、のびのびとこちらの世界に馴染んで頂ければと思いますので。予言の事も気にかかりますし」
「王国関係者ってどんな人達なの? 」
「私とごく親しい者達にしました。同じ王宮内に住んでいますから、私と同じくいつでも彼らを頼って下さいね。彼らは信頼できますが、やはり混乱を避けるため、女性で有る事は隠して下さい。この事は、マコト様とエヴァと私だけの秘密です」
私は神妙に頷いた。絶対ばれないようにしなきゃ。
しばらく話しながら広い廊下を渡っていくと、謁見の間に着いた。バドが扉を開ける。
お披露目なんて・・どきどきするなあ。紹介されるまでバドの後ろに隠れていよう。
彼に続いて部屋に入ると、エヴァと、見知らぬ男性二人と女性一人がいるのが見えた。
男性のうち、長身の一人がこちらを振り返る。
「バド、救世主のお披露目にたったのこれだけか? 」
この声! 滝の中で聞いた美声の持ち主だ!
「申し上げた通り、今回の救世主殿は異世界から来られています。何もかもが知っておられない事ばかりです。突然たくさんのお付がついても戸惑われるでしょう。王位継承は落ち着かれてからで良いかと思いましてね。それまでは比較的年齢の近いあなた方と一緒に身分を隠して生活されるのが一番かと」
「ふうん。で、その後ろの美少年は君の見習いか? 」
「アレクセイ! 口を慎みなさい。この方こそ、我が国の時期国王、マコト様なのです」
へっ!?
と皆の顔が言っているのが分かった。誰もがきょとんとしている。
そうだよねえ。私みたいな普通の高校生なんて、誰も国王なんて思わないよねえ。
私はもじもじとバドの後ろから出ると、
「こ・・・、こんにちは」
と言った。我ながら情けない挨拶。
バドは優しく私に微笑みかけ、皆を紹介した。
「マコト様、エヴァはもうご存知ですね。彼女以外は前王の親族となります。右から前王の姉君の子息、アレクセイ。新王の警備を中心に勤める騎士団の隊長です。私の幼馴染でもあります。その妹君ララ。前王の弟君の子息セドリックです。私が良く勉強を教えています」
皆は戸惑いながらも、丁寧に私に向かってお辞儀をした。
ははは。
本当に私を男だと思ってるよ。
私は苦笑いをしつつ複雑な気分になった。先ほど廊下でバドからこの国では女性は髪を短くしないから私を男と間違えたと聞いたのだけれど。短いと言っても、おかっぱに近いボブなのに。
まあ、ちょっとやせてる方だから、胸だってないも同然だけど・・。
「へえ。これはこれは。とても可愛らしい救世主なんだな」
アレクセイと呼ばれた男性が私に近付き、微笑んだ。
うわ、かっこいい・・。美青年ってこういう人の事を言うのかも。180センチはあるすらりとした長身に赤い軍服がぴたりとさまになっている。バドと幼馴染と言うから、年は二十代半ばかな。意思の強そうな精悍な顔立ち。
「ようこそ、黄金の国へ。マコト殿」
彼は右手を出し、しっかり私の手を握り締めた。
栗色の髪に綺麗なグリーンの瞳。じっと見つめられて思わず赤面しそうになり、私はあわてて目をそらした。
「お兄様、早くわたくしも自己紹介させてくださいな」
アレクセイの隣にいた少女が彼を睨む。彼はやれやれ、と苦笑した。
「まったく。何でここにお前もいるんだろうな。マコト殿、これが俺の妹、ララです」
「救世主様、お会いできて光栄ですわ。わたくしララと申します」
少女が、スカートの両端を掴んで優雅にお辞儀をした。
わあ。まるでフランス人形みたい。
小さくて華奢な体、明るい茶色のふわふわカールの髪、袖のふくらんだレースやリボンのついた古風な服が雰囲気にすごく似合っている。グリーンの瞳は兄のアレクセイと同じ。砂糖菓子のような、可憐な色白の美少女だ。同じ女子なのに、この違いは何?ちょっと嫉妬しちゃうよ。
ララは可愛く微笑んだ。
「救世主様とわたくし達は年が近いからとても嬉しいですわ。特に彼は同じ十六歳ですのよ。ねえ? セドリック」
セドリックと呼ばれた少し離れた所に一人立っていた少年は、腕を組み、仏頂面で私を見た。
わあ、綺麗な男子だなあ。身長は私よりちょっと高いくらいかな。乗馬服のような、黒い細身のパンツに同色のブーツを合わせ、真っ白なシャツが似合っている。髪は綺麗なプラチナブランドで、真ん中で分けた少し長めの前髪から、ブルーの瞳が覗いている。
セドリックは特に興味のない様子でつかつかと私の方へ近寄ると、
「ふーん」
と私を上から下までじろりと眺めた。
「随分若いんだな。大丈夫なのか? 」
何、こいつ。ちょっとかっこいいと思ったけど、取り消し!
バドが私とセドリックの間に入る。
「まあまあ、セドリック! ではマコト様、本日はお疲れでしょうから早々にお休みください。明日からこの国を彼等とご紹介致します。他にも要望がございましたら何なりとお申し付けください」
「あ、じゃあ早速、一つ提案があるんだけど、いいですか? 」
私は先ほどからどうしても気になっていた事を言った。
「わた・・じゃなくて、ぼ、僕は見た通り、様で呼ばれるほど立派な人物じゃないので様付けされると居心地が悪くて。あの、向こうの世界でも名前で呼ばれてたし。皆にマコトって呼んでもらえれば気が楽なんだけど・・」
バドが困った顔をした。
「申し訳ございませんが、マコト様。私は王の執事ですから王を呼びつけるのは・・」
「でも、救世主様がそうおっしゃってるんだったら良いのではなくて? 」とララ。
しばらく皆でわいわい議論していると、その様子を黙って見ていたセドリックが、深々とため息をついた。
「どうせまだ正式に王位継承していないから呼び付けで構わないんじゃないか。もし必要とされたら公の場では救世主様にでもして、内輪のみ名前で呼んだらいいだろ」
あ、なるほどそうか、と私達は目をぱちくりとさせた。
セドリックは呆れ顔で
「あんた達子供じゃないんだから。じゃ、救世主殿はもう休むんだろ、僕も失礼させてもらうよ」
と、一人さっさとその場を後にした。
皆もそれぞれ解散し、バドが私をこれからしばらく寝泊りする部屋へ案内してくれた。彼が緊張しながら言う。
「えー、では、マコト、で本当にいいんですね」
「うん! そっちの方がほっとするよ。」
「先ほど会った人達はどうでした? 」
「皆優しそうで良いね。でもセドリックってさ、やな感じ!」
バドは困った顔で微笑んだ。
「口は悪いけどいい子なんですよ。ただ愛情表現が昔から下手でね。本当は、同じ年頃の子が周りにいなかったから、凄く喜んでいるはずですよ」
え~、そうなのかなあ。
私は天蓋付きのベッドがある立派な部屋に通され、バドと別れた。メイドさんもたくさんいるから掃除や食事など細々とした事は、ベルを鳴らして呼べばすぐ来てくれるらしい。
私はふかふかのベッドに横になりながら、これからどうしよう、と考えた。
そうだ。あまりの出来事に忘れていたけど、家族や学校の皆はどうしているのかな。救世主なんて、きっと何かの間違いだ。ここはちょっと面白そうだけど、早く帰る方法を見つけなきゃ・・。
ちっとも疲れてなんかいなかったのに、私はすぐ深い眠りに落ちた。
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