第17話

「武雄君なんで遅刻したアルか?」


「大学の講義が長引いて…」


「そんなことを言っているんじゃないアル! 気が抜けている理由アルよ!」


「気が抜けている理由? なんですかそれ」


「その口の聞き方は何アルか!」


「す、すいません。俺が悪かったです」


 俺が悪いけど、理不尽だ。

 俺がどんなに努力しても遅刻したという結果がある。

 残念なことだ。

 佐波山店長の怒鳴り声を聞きながら、俺は視線を下に向けていた。



 佐波山店長の怒りが沈み、いつもの厨房での料理になる。

 渋谷さんに炒め物を頼まれ、俺は異世界の食材である赤い色のワーウルフの肉を取り出す。

 ワーウルフの肉をビニール袋に入れて、醤油と酒とみりんを順番に入れて揉む。

 緑色のチンゲンサイとピーマンは包丁で一口大に切っていく。

 初めて使う食材だが、大丈夫だろう。

 何せ、俺は料理の天才なんだから失敗するはずがない。

 フライパンに胡麻油と中華だしの素を入れて、ワーウルフの肉の色が変わるまで炒める。

 色が変わったらピーマンとチンゲンサイを入れて、くたっとするまで炒める。

 ここまでは順調だ、あとは仕上げだけだ。

 味付けにオイスターソースと醤油をかけて、ご飯の上に載せて完成だ。

 俺はワーウルフの肉の炒め物を真日流ちゃんに渡して、次の料理に取り組む。

 佐波山店長の話では今日食レポーターの人が来る事になっているらしい。

 というよりもう既に来ていた。

 ワーウルフの肉の炒め物を食べて、何やら不思議がっている。

 まずい、まだ異世界の客の来る時間じゃないのに異世界の食材を中華料理に使ってしまった。

 食レポーターの女性が佐波山店長に名刺を渡して、この料理の説明を頼んでいる。

 佐波山店長は俺の失敗に気づいたらしく、言葉が途切れ途切れで説明する。

 状況は最悪だ。

 ついに佐波山店長が異世界の食材を使っていることを口を滑らして言ってしまう。

 食レポーターの女性は最初キョトンとしていたが、異世界の食材は何か厨房に入って俺や渋谷さんに聞き始める。

 渋谷さんも困った顔をして、ごまかしている。

 そして俺にも食レポーターの女性は問いただしてきた。


「この料理を作ったのはあなたですか?」


「ええ、は、はい。そうです」


「異世界の食材とは一体何なのですか?」


「異世界ではなく異国の食材と間違えたんだと思います。みんなしてそう言ったんですよ。あははっ…」


「私は今まで色んな国の食材を使った料理を食べてきました。しかし、この料理の味は今までにない味がしました。そして食材も見慣れぬものが入っていました。これはどういうことでしょうか?」


「ええと、それは…」


「何ですか?」


「とにかく今日は店じまいの時間ですから帰ってください」


 俺は食レポーターの人を無為やり外に出した。


「武雄君、マズいアルよ」


「すいません。食材がバレるわけにもいかなかったし、こうするしかなかったです」


「マスコミが動いて大騒ぎにならないか心配だぜ」


「渋谷さん。不吉な事言わないでくださいよ」


 こうして一日を終えた。

 明日からどうなるか不安であまり眠れなかった。



 ある日のこと異世界の客が来る時間帯に入り口のドアの前でカメラを持った人といつかの食レポーターの女性の人がいるのを見かけた。


「私たちはこの謎の食材を使う佐波山中華店にアポなしで乗り込むつもりです。実際の店の中はどうなっているのでしょうか? それでは入りたいと思います」


 俺はその言葉を聞いて、急いで出口をふさぐことにした。


「ちょっと待ってください。ここからは撮影も入ることも禁止です。今日はもう閉店ですので」


「このお店で働いているスタッフの方でしょうか?」


 食レポーターの人の質問に俺は額に汗をかきながら答える。

 なんとかして誤魔化さねばならない。


「はい。そうです。当店は普通の中華店です」


 普通を強調して俺は食レポーターに答えた。


「それなら今から店の中を見てもよろしいでしょうか?」


「あ、今は閉店中ですので」


「明かりがついていますよね。まだ開店しているってことですよね」


「あ、今は特別な会員制のお客様しか入っていないので…」


「さっき閉店って言いましたよね?」


「あれは言葉のあやで会員制のお客様だけですので、今日は帰って下さい」


 嘘上手くなったな俺。

 多分だけど…。 

 それでもマスコミの人達はここから立ち退く様子じゃなさそうだ。


「会員制という事ですが、お客様と営業時間に問題はありませんよね?」


 うわっ!マスコミってこんなにしつこいんだ。

 すげーうざい。


「ダメです」


「我々は強行取材に移りたいと思います。ドアを開けますね」


「あっ、ちょっと…」


 マスコミの食レポーターの人がドアを開ける。

 俺の抵抗虚しくドアは開けられてしまった。

 そこにはいつもの異世界の客人で店が繁盛していた。

 動揺するマスコミ陣と俺。


「こ、これは一体どういう事でしょうか? お店のお客がコスプレをしているのか? 謎は深まるばかりです」


 マスコミが異世界の客人をコスプレと思っているらしく、今がチャンスに思えた。


「そうです。当店はコスプレをしたお客様を会員とした他の店に無い斬新なサービスをしております」


 こうは言ったもののマスコミ陣は信じてくれそうにない。

 半信半疑なまなざしで俺を見る。


「カメラ。ちょっとこっち来て」


 ADっぽい男がカメラを呼ぶ。

 そっちは裏口だ。

 マズい。

 正面の入り口でふさいでいるのに裏口までは手が回らない。


「おおっ!これは一体どういう事でしょうか」


 裏口に行った食レポーターの女性がマイク片手に叫ぶ。

 俺が裏口に後から行った時には遅かった。

 決定的瞬間を目撃された。

 異世界の客が裏口のゲートに消えていくのを見たのだ。

 これは言い訳のしようがない。


「我々は今常識ではとても理解できない瞬間を目撃しました。この客人を入れた不思議な穴は何なんでしょうか?」


「これはですね…ええと…」


 困る俺。

 そして質問攻めするマスコミ陣。

 俺は無言で黙るしかなかった。

 バレてしまった。

 俺が異世界の食材を間違って俺のいる世界側の人間に食べさせたことからこの事件は起こってしまったのだ。


「この穴は一体どこに通じているのでしょうか?」


 マスコミ陣が疑問を持ちながらカメラで穴をずっと映している。

 タイミングが悪くその穴から異世界の客人が出てきた。


「これはスクープです! 穴から人が出てきました。これは夢ではありません現実です。この店には大きな秘密があったようです」


 マスコミが大きな声を出している。シャッター音の光やカメラがその穴を一部始終までとらえていた。

 非常にマズいというか手遅れ感がした。

 同時に終わったという脱力とあきらめがあった。

 佐波山店長が出てきて取材陣のマスコミたちを追い出した。

 スクープが撮れたものだからマスコミは下がっていく。

 質問の嵐に佐波山店長は答えず、出て行ってくれしか言わない。

 今日は叱られるどころの騒ぎじゃない。

 明日の自分が存在していないだろうと思わせる気分。つまりもうすべてを失う気分になる。

 こんな時誰かがこの状況を変えてくれれば良いと思う。

 この日から佐波山中華店はマスコミに追われることになるのだろう。

 俺はそんな事を思いながらマスコミのシャッター音の光を見ている。

 渋谷さんと佐波山店長と真日流ちゃんが裏口から出てきてマスコミに帰って下さいっと言って帰らせようとしている。

 俺も参加してマスコミを追い出す。



 すぐに店を閉めて客を異世界の穴に送って、まだ残るマスコミを追い出して店内会議をすることになった。


「どうしましょう?」


 俺が最初にそういうと渋谷さんがタバコをつけて一息ついた。


「佐波山店長。ププリスさんを呼ぶほうがいいんだぜ」


「そうアルね。武雄君に行ってもらうしかないアルね」


「ププリスさん? なんでここでププリスさんが出てくるんですか?」


 俺は不思議に思い、佐波山店長と渋谷さんに質問する。

 2人の代わりに真日流ちゃんが答える。


「ププリスさんにはこのお店のスタッフしか知らない秘密があるんですわ」


「そうなんですか?」


「武雄。ププリスさんはね。記憶を消してくれる能力があるのよ」


 俺の疑問に千紗が答える。

 あっ、そういえば前にそんな話があったな。

 だからププリスさんは異世界で一番偉い英雄だったんだ。

 よかった、マスコミももう出てこないし、また前みたいなアルバイトに戻れるわけだ。

 でも俺のやったことはクビになってもおかしくないんだよな?

 ちょっと不安だ。

 でも今はププリスさんに頼るしかないな。


「その能力を使えばマスコミもこの店の存続もなんとかなるかもしれないな」


「武雄君にププリスさんの城に行って頼むアル」


 どう考えても俺の責任だし、行くしかないか。


「解りました。それじゃあププリスさんの城に行ってきます」


「場所は俺が設定してやるんだぜ」


「武雄だけじゃ不安だし私も行きます。佐波山店長いいですよね?」


「仕方ないアルね。千紗ちゃんと武雄君の2人で行って来てほしいアル。外のことは私達に任せるアル」


「武雄、千紗行くぜ」


 渋谷さんに言われて裏口に千紗と一緒に裏口に向かった。

 ププリスさんの城か。

 ゴージャスでダークな感じなんだろうな。

 モンスターとか従えていそうだし、戦闘とかになったらどうしよう?

 やばいな何も考えずにそのまま連れてかれちゃった。

 でも自己責任だしな。

 しょうがないかな?

 いや、このままだと大事になってバイトどころかお店が潰れるかもしれない。

 そうしたら俺はどうなる?

 生活していけなくなる。

 従うしかない。

 そういう訳で裏口にやって来た。

 渋谷さんがゲートの装置を起動させる。


「場所が設定出来たから早く入ってくれ」


「解りました。千紗、行こう」


「偉そうに言わなくても行くわよ。先に行った行った」


「お、押すなよ。千紗」


「男でしょ。早く行きなさいよ」


「だから押すなって」


 そのまま異空間の穴に入っていった。



 見渡す限り真っ黒な夜空と紫のライトが眩しい城が見えた。

 その入り口の前にいるのだが、門は開いている。

 入っていいのだろうか?


「ほらっ、武雄。行くわよ」


「いきなり入ったらモンスターに襲われるとかないよな?」


「そんなことはないわよ」


 何で言い切れるのか知りたい。


「何で自信満々に言えるの?」


「前に一度来たからよ。出前で」


 千紗、お前もあの理不尽な出前をやったのか。ププリスさんの城で。

 千紗が頼もしく思えてきた。


「じゃあ案内してくれ、ププリスさんの所に」


「それは出来ないわ。多分」


「なんでさ」


 何でダメなのだろう? まさか城の道筋を…。


「前に行ったのが一年前だから道順覚えてないの」


 こういうことだと思った。

 期待した俺がバカだった。

 結局俺が前に出て行くことになった。

 やっぱりこうなるらしい。

 神様は酷いぜ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る