第15話

 その時に店内で大きな声が聞こえた。


「だから入っていたんだよ!」


「違います。そんなことありません!」


 急いで客のいるテーブルに向かうと千紗と成人した男が言い争っていた。


「何があったの?」


 俺は聞くと成人した男性が俺にこう言った。


「俺の頼んだ四川風激辛牛肉ラーメンに髪の毛が入ってたんだよ!茶髪のやつ出てこい!」


「当店に茶髪のスタッフはおりません」


 俺がそう言うと男は動揺して言い返した。


「そ、そんなことないだろ。確かに茶髪の髪が入っている」


「あなたが茶髪で髪が入ったのではないですか?」


「うっ!そ、それは…とにかくもうこの店には二度と来ないからな。ツイッターで言いふらしてやる」


「お客様お代は無料で良いアル」


「そういうことなら言いふらすのは止めてやる」


「でも店長。それじゃお代が…」


 千紗がそう言うと佐波山店長がじっと見てこう言った。


「そういう時は謝ってタダにしておけば良いアル」


 千紗もどうやら納得が出来ないでいたようだが、ここで騒げばツイッターでこの店の雰囲気が悪くなってしまう。


「千紗。ここは佐波山店長の言う通りにしよう」


「うっ…わかったわよ」


 千紗は厨房に戻っていった。


「ふんっ!こんな店だとは思わなかったよ」


 茶髪の成人男性はそう言ってドアを開けて帰っていった。


「武雄君。早くラーメンを片付けて厨房に戻るアル」


「はい。わかりました」


 俺は髪の毛の入ったラーメンを持っていき、厨房に戻ってラーメンをゴミ袋に流し込んだ。


「武雄。液体をゴミ袋に入れるのは良くないんだぜ」


「すいません」


「武雄」


「どうした千紗?」


「さっきはありがと」


「何かしたっけ?」


「当店に茶髪のスタッフはおりませんって言って庇ってくれたじゃない」


「ああ、なんだそのことか」


 俺はボールに卵を割ってかき回しながら振り向かずに答えた。


「あの時はありがとう。そう思っているのは私だけじゃないって思えたから」


「確かにアレはお客の髪の毛だった。でもこっちが大人にならなきゃいけない時もあるさ」


「そうかもしれないけど、納得出来ないわ」


「まあ俺もそう思っているけどな」


「ならなんで佐波山店長にそう言わなかったのよ」


「ツイッターでぎゃあぎゃあ言われると後が面倒だろ?」


「そうかもしれないけど」


「大人になれよ」


「わかったわよ。大人になりますよ。ありがとう武雄さん」


「そう思うなら俺とデートでもしてくれよ」


「な、何言い出すのよ! やっぱ発情男ね」


「プラトニックな関係でいたいだけなんだけどね」


「な、何がプラトニックよ。バカじゃない」


 千紗は顔を赤らめて食器を洗った。

 俺もさっきのお客のことは忘れて料理に集中した。

 …くれぐれも自分の髪が落ちないように帽子を被って。



 ラストオーダーを終えて着替えをして裏口に出ると制服姿の千紗が立っていた。


「よう、お疲れ」


「デートのことだけど」


「ん? 何?」


「デートのことだけど!」


「ああ、デートのことな。それがどうかしたか?」


「か、考えてあげても良いわよ」


「へ?」


「あんた意外と男らしいし、料理上手いし、頼りになりそうだから」


「ほうほう。それはそれはありがたいことで」


「それだけよっ!」


 そう言うと千紗は去っていった。

 ゲートを見ると空間が開いていた。

 中から赤毛のププリスさんがやって来た。


「もう閉店ですよ」


「わかっておるのじゃ。今日は佐波山から記憶を消すように言われてきたのじゃ」


「えっ? 記憶を消す?」


「今日クレームが客から来たじゃろ?」


「は、はい。なんでわかったんですか?」


「質問文を質問で返すな。礼儀に反するじゃろ? 店に盗聴器つけておるのじゃ。それで今日佐波山に電話で記憶を消すように言われて来たのじゃ」


 盗聴器とかそんなもんついているのかよ。


「記憶なんて簡単に消せるんですか?」


「余の魔法ではそれが出来るのじゃ」


「その魔法の範囲はどれくらいまで届くんですか?」


「星一個分の範囲までなら人々の記憶を消すことが出来るのじゃ」


「それは凄いですね! 嫌なニュースが流れたらすぐに消せますね。あっ、でもネットとかは情報残るから記憶消しても意味ないですよね?」


「ネットの記憶もそれが行われる前に戻すことも同時に出来るから大丈夫なのじゃ」


 なんだよそれ、凄いチートじゃないか。

 便利だな魔法って。

 俺なら悪用してストレス発散させるな。


「今日は佐波山に呼ばれたから早く行きたいのじゃが。お主が興味があるというなら特別に教えてやろう。余の魔法は記憶を消せるというより時間の巻き戻しに近いかもしれないのじゃ。それでは武雄。また明日バイト頑張るのじゃ」


 ププリスさんはそう言って裏口のドアを開けて閉めた。

 俺も早く帰りたいので家まで歩くことにした。



 次の日俺が店に向かうと裏口で大きな箱の荷物が大量にあり、人がたくさんいてその荷物を店の中に運んでいた。

 制服姿の真日流ちゃんと出会ったので俺はこの異常な事態を聞いた。


「これ何やっているんですか?」


「異世界の食材を移送しているのですわ」


「異世界に行って現地調達ってわけじゃなかったんですね」


「宝石をお金にして代わりに業者の人やバイトの人に食材を運んでいるのですわ」


「宝石ってちゃんとお金として支払われるんですね」


「もちろんですわ。出なければ異世界の食材は手に入りませんし、サイクルが成り立ちませんわ」


 俺はジェネレーションタワーに出前に行った時のウェインさんが渡した宝石の事を思い出し、あれは異世界の食材を運ぶための通貨だということを今更知ることになった。

 裏口のゲートを見ると佐波山店長がリザードマンの外見をしたモンスターに大量の宝石らしきものが入った袋を渡していた。

 佐波山店長と目が合うと大きな声で呼ばれた。


「武雄君! この荷物を厨房まで運んで冷蔵庫に入れるアル」


「は、はい! わかりました」


 俺は肉の入った箱を持ち上げて裏口に運んで行った。

 厨房に入ると渋谷さんが料理をしながら、手が空いた時に食材を冷蔵庫に入れていた。


「武雄。こういう仕事は初めてか?」


 渋谷さんがそう言ったので俺は初めてだと答えた。


「こういうことは一か月に一回は起こるから荷物運び慣れとくんだぜ」


 ということは異世界の食材が届くのは一か月に一回だけで宝石も全部そこで支払われるってことか。

 異世界の時間の客が出す宝石もここで使われるという事になる。


「にしても重いですね」


「我慢だぜ」


 そういうなら料理で今手が空いている渋谷さんも運んでほしいものだ。


「渋谷さんも食材入れてないで、運ぶの手伝ってくださいよ」


「何言っているんだ。これが終わったらすぐに客から来るオーダーの料理開始だぜ」


「それはそうですけど、手伝うくらい良いじゃないですか」


「悪いがそれは出来ないんだぜ。時間が足りないからこのまま作業をやると店の料理が遅れるんだぜ」


 渋谷さんはそう言うと調理場に移動してフライパンを持って、火のついたコンロにフライパンを置いて動かして中の具材を炒める。

 仕方のない事だから俺はあきらめて具材を冷蔵庫に入れる作業を行う。

 ドラゴンの肉、ワーウルフの肉、スライムの肉などを冷蔵庫に入れる。

 改めてみるとこういうモンスターの肉を調理している自分が恐ろしいように思えた。



 作業が一通り終わるとそのまま調理に入った。

 異世界の時間になったので前に入れたモンスターの肉を取り出して、調理した。

 お腹が減っていたため腹の音がグゥ~っと聞こえると渋谷さんが苦笑いした。


「武雄。この料理が終わったらチンジャ―ロース作っといてやるんだぜ」


「ありがとうございます」


「渋谷さん、私にも料理何か作ってよ」


 千紗が厨房にやってきてそういうとまた渋谷さんが苦笑いした。


「武雄に作ってもらうんだぜ」


「それもそうですね。武雄、聞いてる? 料理作って欲しいんだけど…」


「少量の簡単な炒め物でいいか?」


「それでいいわ。ありがとう」


 野菜と豚肉を細かく切る。

 これで下ごしらえは万全だ。

 続けてフライパンに油を敷き、中火で炒めて、あらかじめ切りざんだキャベツなどの野菜を入れて炒める。

 フライパンで炒めた野菜がしゃっきりとしてきた所に豚肉を入れる。

 フライパンを回して具材全体を炒めると醤油とラー油の混ざった調味料を入れる。

 またフライパンを回して具材を炒めて、ちょうどいい焼き加減になる。

 一通り焼き終えると、フライパンから皿に具材を乗せ換えて炒め物の完成だ。

 俺は完成した炒め物を千紗に渡した。


「はい、これでいいか?」


「上出来じゃない。やるわね武雄」


「そりゃどうも」


 千紗の賄いの料理を終えると、異世界の客のオーダーの嵐がいつものように流れた。

 その中でオーダーされた料理を作っていく。

 帰る頃にはいつものように日が沈んで、夜になっていた。



 ププリスさんに魔法をかけられた頃からだろか。

 どこかの国で戦争をして誰かが死ぬ夢を見ていることが多くなった。

 体が動かない。

 死ぬのは俺だろうか?

 気がついたら体が動かず、周りは爆音と魔物の大声に人の罵声が聞こえている。

 これが前世の記憶だろうか?

 俺の前で泣いている少女はププリスさんだろうか。

 自分は背中に無数の槍と剣が突き刺さり、多くの魔物と人の死体の上で立ったまま息を引き取っている。

 これがププリスの言っていた前世の人魔大戦なのだろうか。

 悲しい顔をしたププリスさんの前に、俺は背中の痛みで動くことなく周りが暗くなって意識が途切れるのを感じる。

 夢はそこで終わり目が覚めると全身が汗だくだった。

 前世の夢。記憶が無くても実際に起こった事。

 前世で死んだ俺が転生体になって今の世界にいる。

 不思議な気分のまま冷蔵庫から炭酸飲料を飲んでププリスさんの事を考えていた。

 だが、千紗とのデートもあるので、いつ千紗がデートをオーケーしてくれるかわからない。

 パソコンを起動してデートスポットのおすすめは何か検索した。

 明日のバイトの日に千紗にデートさせてくれるか聞いてみよう。

 そう思って俺はパソコンをズリープ状態にして、そのまま寝ることにした。

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