第11話
俺は着替え室に戻って私服に着替えて、厨房からウェイトレスが待機している皿洗いの場所に置かれたゴミ袋を持って裏口まで移動した。
ドアを開けてゴミ捨て場がある場所にゴミ袋を捨てた。
かなりの量の料理の材料が中には入っていた。
期限切れになった料理の量を考えるとこの料理されなかった材料が悲しく思えてしまう。
俺はそのまま帰ろうとした。
ドアの開く音がして振り向くと私服に着替えた渋谷さんがいた。
「武雄待つんだぜ」
「あ、渋谷さん。お疲れ様です」
渋谷さんは無言でタバコを出して火をつけた。
「あの渋谷さん」
渋谷さんはフゥーと煙をふかす。
「何だ?」
「タバコっておいしいですか?」
「タバコはやるもんじゃないんだぜ」
「説得力ないですよ」
「そんなことより、ほれ」
渋谷さんは鞄から缶コーヒーを取り出して俺に渡した。
「あ、ありがとうございます」
「新人のささやかな祝いだ。飲んどけ」
俺は渡されたコーヒーのタブを開けて飲む。
ほんの少し甘い味がした。
「今日は色々と理解できないことがあったんだろうけど、異世界の客の来る日は日曜だけだぜ」
「そうなんですか。それじゃあ他の日は一般の、というかここの世界のお客に料理を出すんですね?」
「そうだぜ。だが、中華料理にモンスターの肉は使わない決まりになっているんだ」
「何故ですか?」
「こっちの世界と向こうの世界で同じ味が広まるとマスコミが来て材料を知りたがる。それはマズいことなんだぜ」
「有名になるとモンスターとか異世界のことが公になって悪用されるからですか?」
「それもあるんだぜ。とにかく明日からは日曜になるまで普通の中華料理を作るからうっかりモンスターの肉を使っちゃ駄目だぜ」
「わかりました」
「普通の中華料理なら今度来た時にオーダーごとに教えてやるんだぜ」
「ありがとうございます。けど、渋谷さんも手が空いてない時もありますよね?」
「その時は佐波山店長に教えてもらえ」
「佐波山店長も手が空いていない時は?」
「他の調理スタッフがいるからその人に教えてもらうんだぜ」
渋谷さんはタバコを吸う。
吸い終わった後に携帯灰皿を取り出して入れた。
俺は飲み終わった缶コーヒーをゴミ捨て場に捨てた。
「とにかく相手が誰であれ客は客だぜ。武雄は料理に集中していればいいんだぜ」
「でも失敗したら斬られちゃいますよ」
「まぁ。そのときは最悪病院おくりだな。経費は出るから安心しとくんだぜ」
そういう物騒なこと言わないでほしいな。
今日はダンジョンでドラゴンに襲われたし、病院送りどころか墓場に行きそうだったし、経費とかそう言う問題でもない気もする。
「出前は手の空いている時にウェイトレスか調理スタッフのどちらかがやらなくちゃいけないんだぜ」
「ええっ!そんな…あんな危ないことまたやるんですか? 俺の体がもちませんよ」
「危険じゃない場所にも行けるから安心するんだぜ」
「ただでさえ料理で失敗したら斬られるか殺される中でさらに危険な出前があるなんて地獄じゃないですか」
「料理は問題ないから安心だぜ。それにダンジョン以外の場所にも出前があるがウェインさんのダンジョンくらいなもんだぜ。危険な場所と言えばな。安心するんだぜ」
「安心できませんよ。こうなったら意地でも失敗しないように日々中華料理の練習しときますよ」
「そう言えば武雄。武雄の事で気になったことがあるんだぜ」
「何ですか?」
「お前童貞だろ?」
「ど、ど、童貞ちゃいますって!」
「焦ることが童貞の証拠だぜ」
「どうでもいいじゃないですか、そんなこと」
「千紗ちゃんを狙っているなら上手くやれよ。あの子も男とは初めてっぽいしな。何事も慎重な行動と思考が大事だぜ」
「千紗とはそんなんじゃないですよ」
「初日でもう呼び捨ての関係か。良い青春しているんだぜ」
「からかわないでください」
「真日流ちゃんかと思ったけど、遠くで見ている限りそうでもなかったようだしな。まぁ、頑張るんだぜ」
「もう、俺帰りますからね」
「おつかれさんだぜ」
俺は家にさっさと帰ることにした。
今日は大変な一日だったなっと思いながら歩いて行く。
自分の住んでいるマンションに着くと郵便ポストを開けた。
県民救済の封筒が入っていたので手に取ってマンションのゴミ捨て場に捨てる。
(家に帰って映画でも見るか、そういえば明日の大学2限と3限だったな。そんで午後6時からアルバイトかぁ、なんかアルバイト一つで生活変わったな)
そんなことを考えているとスマホが振動していたのに気がついた。
スマホの画面を見ると親父からだった。
時間は午後9時。
こんな時間にかけてくるのだから仕事が終わって酔っているのだろう。
俺はコンビニの外に出てママチャリの前まで移動して振動し続けるスマホに出た。
「親父、酔っているんなら他の話相手探せよ」
「バカモン。お前のアルバイトがどうだったか知りたくて電話したんだろうが。感謝しろ」
電話の奥から雑音が聞こえる歌声が聞こえるのでバーにいるのだろう。
母さんに心配かけるなよな、全く。
一応報告だけしとくか。
しないとしつこいし電話またかけてくるしな。
「あー、なんとかなったよ。それより早く家に帰って寝ろよ」
「お前、今日アルバイトしていた時に鎌田さんとこの娘さんに会ったか?」
「鎌田さんのとこの娘さん?もしかして真日流ちゃんのこと?」
「そうだ、あの子には手を出すなよ」
「出さないよ」
「あの子の親父は俺の友人で佐波山とも友人だったが店を作る時にお金を出したとこの娘さんだからな」
「えっ佐波山中華店って真日流ちゃんのお父さんがお金出して建てられたの?」
「そうだぞ。くれぐれも娘さんには粗相のないようにしろよ」
なんか今衝撃的な事実を知ってしまったぞ。
真日流ちゃんってなんかお金持ちオーラ出てたし、どこか気品があるというか上品な女の子だったし、スポンサーの店で働いているなんて意外だ。
「そうなんだ」
「そもそも佐波山の奴は元はただのサラリーマンでな。中華料理に興味を持って脱サラして中国に10年間料理の修行をしてきたんだぞ。嫁さんもそこで貰ったんだ。お金と信用がないので日本に来た時には俺がなんとかしてやるって言って、鎌田さんからお金を出して貰ったんっだ。お前はその店で働いているってそういうことだ」
「偉そうに言ってるけど親父はただ紹介しただけじゃん」
「バカモン。人脈が世の中には大事なんだ」
「はいはい、そうですね。人脈ないと刑事の仕事できないもんな。母さんまだ会社で働いている訳じゃないんだし、いい加減帰ってやれよ」
「いいかくれぐれも鎌田さんとこの娘さんには丁寧に対応しろよ。じゃなきゃお前のクビが決まって明日から路頭に迷うからな」
「うるせーよ、クソ親父。もう切るからな」
俺は捨てセリフを吐いてスマホの通話ボタンを切った。
※
次の日に俺は大学の講義を終え、ゲームセンターに行った。
アルバイトの始まる時間までまだあるしゲームで遊ぶか。
携帯ショップの下にある階段を降りて、ゲームの騒音がするフロアに入った。
そこでスマホを見てアラームを2時間後にセットして服のポケットにしまった。
ゲームセンターはどうやら格闘ゲームの大会をやっているらしく筐体の周りには多くのギャラリーがいた。
筐体の真上にある大画面で2人のキャラクターが戦っていた。
俺も知っている格闘ゲームのウルトラファイター5だ。
通称ウルファイを実況が声を上げながら進行していた。
俺は両替機のある場所に移動して、財布から千円札を出して両替機に入れた。
100円硬貨が10枚出てきてそれを財布に入れて、音ゲーコーナーのあるビートタイプに向かった。
先客がいるようで近くのお嬢様学校の制服を着ていて、どうやら女子高生のようだった。
後ろ姿だけみると黒髪のセミロングだった。
必死に音ゲーのビートタイプをやっていた。
斜めに移動してみると胸も結構あり巨乳と呼べるにふさわしいサイズだった。
顔を見て思わず声に出た。
「千紗」
千紗は俺を振り向くと驚いて手が止まった。
音ゲーのビートタイプの筐体からブッーという音が聞こえた。
「あんたのせいでミスったじゃない。あと少しでハイスコア更新だったのに」
千紗はビートタイプの筐体から出てきたカードを取って俺に近寄る。
「それはすまなかったな」
「武雄とここで会うなんて思わなかったわ」
「俺もだよ。いいのかよ、お嬢様学校の学生がこんなとこで1人で遊んでいて」
「ウチは校則緩めだからいいのよ。見つかっても3日停学処分受けるだけだし」
「不良だなぁ」
「というよりまだ学校ある時間だろ?こんなところで何してんだよ?」
「いいのよ、学校は。午後はどうせ体育と国語だけだし、真日流さんにノート見せて貰えばいいし」
「毎日そうやってサボっているのか?」
「今日が初めてよ。なんか毎日真面目に学校行って勉強して決まった時間に帰るのが馬鹿馬鹿しいなって思ってね。今回だけ病欠で早退することにしたのよ」
「親が心配するぞ」
「父さんは警備会社の部長で昼は忙しいし、母さんは囲碁のタイトルホルダーだから昼は遠くに行って対局で家にいないしね」
「やっぱ住む世界が違うな。千紗って金持ちの家なんだな。家とか厳しそうだな」
「まぁ、家庭内では結構厳しいわ。アルバイトだって社会勉強で始めろって言われてやっているし、空手も護身術で習えって言われてやってたしね。自分の時間があまりなかったわ。そういう武雄は自由でよさそうね。大学生ってやっぱゲームセンターとかで暇潰すの?」
「いや、俺はごくたまにこのゲームをするために遊ぶくらいだよ。月に2、3回行くよ」
「ふーん、そうなんだ。武雄もやるんだビートタイプ」
「得意とは言いにくいけど結構やってるね。家で家庭用のハード持ってソフトも専用コントローラーもあるしね」
「私がハイスコア出さないかった代わりに武雄がランキングに載るくらいのハイスコアだしてよ」
「無茶ぶりするなぁ。まぁ、期待せずに見ておけよ。隣で見ていていいからさ」
「どれほどの腕か楽しみだわ」
俺は千紗と一緒にビートタイプの筐体の画面の前に移動した。
100円硬貨を3枚入れてカード入れにカードを差し込む。
いつも選んでいる曲を画面で選択してコントローラーのキーを画面のリズムに合わせて叩く。
※
ゲームが終わりスコアが表示された。
「下手糞かと思ってたけど意外とやるじゃん武雄」
「まぁほんの少しな」
「でもランキングには程遠いスコアね。しかも私の方がもうちょっとだけ上手いし」
「うるせーな。どうせヘタの横好きだよ俺は」
千紗が楽しそうに笑った。
そのとき胸がドキッとした。
なんで俺は年下の女子高生の子にときめいているんだろう?
その笑顔が眩しかった。
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