第10話

「佐波山店長。お、お客さんが店のフロアにいますよ!」


「困ったアルね。渋谷君、手が空いているなら席に戻して欲しいアル」


「こっちも手が離せませんよ。真日流ちゃんか千紗ちゃんに言ってほしいんだぜ」


「2人ともオーダーで今は皿洗いのフロアにいないアル」


 どうしよう、俺の今作っている料理がその騎士のオーダーしていたメニューだ。


「まだなのか? ええ、おいっ!」


 剣士の男が大剣を持って厨房に近づいてきた。


「お客様ここは厨房アル。席に戻って下さいアル」


「俺の頼んだ醤油ガーゴイル炒めを作っている奴は誰だ?」


 騎士の男が俺に大剣を持って近づいてきた。

 俺は中華鍋を確認するもう少しで出来そうだ。


「お前か!」


 騎士の男が俺を見て、大剣を上に振り上げる。

 俺はまな板の隣にある中華包丁を手に取って構え叫んだ。


「メニューはまだですぅぅぅ!」


 このままでは殺されそうなので中華鍋の手を止め、中華包丁を握って騎士風の男に向ける。

 中華鍋の料理はジュージュー音を立てている。


「まだ出来んのか!」


「ま、まだなんです。だから剣をしまってください!」


「出ないなら斬るぞ!」


 斬られる前にこっちが斬った方が良いだろう。

 命がかかっているんだ。


「お客様お席にお戻りくださいですわ」


 真日流ちゃんが厨房に急いで入って男にそう言う。


「武雄さんも包丁置いて料理を作って欲しいのですわ」


 真日流ちゃんに中華包丁を持った手を握られた。

 柔らかい感触だが、すごい力だ。

 真日流ちゃんの力でそのまま中華包丁はまな板に戻された。


「あいたたた、真日流ちゃんわかったよ。包丁離すから手を離して」


「わかりましたわ。お客様も剣を閉まってお席にお戻りくださいですわ」


「料理が出来るまでどれくらいかかる?」


 騎士の男が大剣をしまって仁王立ちで俺にそう聞いた。


「あと3分くらいです」


「それまでここで待つ」


「武雄さん。そう言うことなら今すぐに料理を作って欲しいですわ」


「解りました」


 俺は剣士の男の後ろで緊張しながら中華鍋の具材を一回転させて料理した。

 後ろからのプレッシャーで具材を中華鍋から落としそうになる。

 中華鍋をスナップをきかせて一回転させて、具材を宙に舞い上げた。

 肉と野菜が焦げ目がつかないように焼く。

 後ろの騎士がカツンっという音を立てた。

 俺はビクッとして握っていた中華鍋を落としそうになった。

 仕上げに醤油を中華鍋にかけて具材に沁み込ませる。

 冷や汗が流れる中で中華鍋の中にある肉と野菜は完成した。

 俺は急いで隣に置いてある皿に中華鍋の具材を入れる。


「大変お待たせしました。醤油ガーゴイル炒め出来ました」


 騎士の男はその皿を手に取って厨房にある箸を取って来て目の前で食べ始めた。


「お客様席に戻ってお食事してほしいのですわ」


 真日流ちゃんが騎士の男にそう呼びかけたが、男は黙って俺の作った料理を食べ続けていた。

 やがて食べ終わると騎士の男は俺をじっと見た。

 そして口を開いた。


「うまかったぞ。ガーゴイルの肉のほどよい硬さと豚肉の柔らかさが口の中で良い食感を出していたし、醤油の味も良いスパイスだった。また来るぞ」


 そうして剣士の男は皿と箸を持ったまま厨房から出ていった。

 おそらく客席に戻ったのだろう。

 周りはホッとした感じになり、俺も命を助けられて腰が抜けそうになる。

 渋谷さんはスライムと豚耳の和え物を作るためにスライムと豚耳を切り刻んで、皿にのせた。


「武雄。次の料理が来る前に中華鍋洗っておくんだぜ。醤油が残ったままだと次の料理の味に影響するんだぜ」


「は、はいわかりました」


 俺は中華鍋を水洗いした。

 人に料理の味がうまいぞっと言われたのはなんだかんだで初めてだったので、少しだけ嬉しかったが失敗すると斬られるのは怖かった。

 本当にこの店でアルバイトなんて続けられるのだろうか?

 そんなことを考えつつ、異世界の食材が混ざった中華料理を完成させていく。



 しばらくするとオーダーが来なくなった。

 気になって厨房から離れ、席の見える位置まで行って覗くと異世界の人達がほとんどいなかった。


「ちょっとあんた何やっているのよ」


 千紗が俺の肩を握った。


「えっ? 何って客のオーダーこないから気になって覗いてたんだけど」


「もうオーダーは終わりだから片付けしていればいいのよ」


「あ、そうなんだ」


 料理に必死になりすぎて時間が過ぎるのを忘れていた。

 我ながら間抜けというかなんというか。


「皿洗いは私がやるから武雄は厨房の器具の掃除とかやればいいのよ」


「そうか、なんか悪いね」


「べ、別に当たり前のことを説明してあげただけなんだから気にしなくていいわよ」


「ところで触られるのは嫌でも男を触るのは問題ない訳?」


「真日流さんから仕方ないって言われたから触っても問題ないわよ」


「それが普通だからね」


「まるで私が常識ないみたいじゃない」


「お嬢様学校じゃしょうがないな」


「佐波山店長から聞いたけど、あんた大学生なんですってね」


「ああ、そうだよ。まだ成人してないけど、俺って誕生日遅い方だし」


「何月生まれなの?」


「聞いてどうするの?プレゼントでもくれるのかい?」


「な、なんとなく聞いただけよ」


「それなら答えない」


「い、意地悪ね」


「素直な子には教えるけどね。じゃあ俺厨房に戻るわ」


 その時グゥ~という音が鳴った。

 千紗の方から聞えたので俺は黙ってしまった。


「お腹減らすなんて食べ盛りね武雄」


「嘘言うなよ、わかったまだ残り物の材料があるからそれ作ってあげるよ。佐波山店長に許可貰いにいってくるわ」


「あ、ありがとう」


 何だこいつ…。


「きつい奴かと思えば素直じゃん」


「わ、私のことはどうだっていいから早く行きなさいよね」


「へいへい、わかりましたよ腹ペコお嬢」


「い、いつもお腹減っている訳じゃないんだからね」


 俺は千紗の言葉を聞いた後に佐波山店長のいる厨房に移動する。

 佐波山店長と渋谷さんは厨房の道具を洗ったり、片付けたりしている。

 俺は佐波山店長に話しかける。


「あの佐波山店長。今いいですか?」


「なんだアル? 武雄君も今から厨房の道具の掃除アルよ」


「その前に余った材料で料理を一つ作ってもいいですか?」


「佐波山店長。武雄は新人にしては今日よく働いた方だからそれくらいいいんじゃないかと思うんだぜ」


「そういうことならかまわないアルよ。期限が切れて捨てる材料があるのでそれで料理するなら別にかまわないアル」


「わかりました。ありがとうございます」


「材料はそこに置いてあるんだぜ」


 渋谷さんが指差した方にゴミ袋に入れ途中の肉と野菜があった。


(簡単な炒め物なら出来そうだな)


 俺は豚肉とピーマンとキャベツを取ってまな板に置く。

 中華包丁で赤い色の豚肉を細切りにする。

 その後でキャベツを千切りにして余った部分をゴミ袋にいれた。

 緑色のピーマンは細切りにされているので洗っていない中華鍋をガスコンロの上に置き火をつける。

 油をしいて豚肉を入れて、スナップをきかせて豚肉を宙に一回転させた。

 大きな炎が出て、豚肉がジュージューと音を立てた。

 そのまま豚肉が焼けてきた頃にピーマンを中華鍋に投下する。

 キャベツは皿に盛りつけて、ピーマンと豚肉に塩コショウを入れた。

 これで味付けは問題ない。

 そのまま中華鍋に入れた具材全体が焦げ目がつくくらいに焼く。

 完成したら中華鍋にある具材をキャベツの載った皿の上に入れる。


「よし完成したし、腹ペコお嬢の所に持っていくか」


「誰の所だ?」


 渋谷さんがモップを持ってそう言う。


「あ、千紗がお腹減っているみたいなんで、料理作ろうかななんて」


「優しい所もあるんじゃないか」


「いえ普通ですよ」


「惚れたのか?」


「あの渋谷さん、そういう笑えないジョーク好きじゃないですよ」


「どうだかだぜ」


 俺は出来上がった炒め物を千紗のいるところへ持っていく。

 千紗がいる場所に戻ると真日流ちゃんしかいなかった。


「あ、真日流ちゃん。千紗どこいったか知りませんか?」


「奥の休憩室に行くっていってましたわ」


「そうか、ありがとう真日流ちゃん」


「おいしそうな料理ですわね」


「あ、千紗がお腹減っているんで作ったんですよ」


「優しいのね」


「いえいえ、今日はもう上がりですか?」


「ええ、千紗ちゃんも上がるっていって着替えるのかと思ったら休憩室に残るって言ってましたわ。たぶん武雄さんを待っていると思いますわ」


「そうですか、なら急がなきゃ。真日流ちゃんおつかれさま」


「はい、武雄さんもおつかれさまですわ」


 俺は休憩室に急いで移動した。

 休憩室に着くと千紗が椅子に座ってぐったりとしていた。


「待たせたな」


「あ、ありがとう」


 千紗は俺が料理をテーブルに置いたら、箸を持って炒め物を口に入れた。


「おいしい」


「それほどでもないよ」


「やっぱあんた料理の才能あるわ」


「お前も意外と素直な一面あるんだな」


「普段はこうよ。あんたが本屋でいやらしい視線で見ているから警戒してただけだし」


 グサリとくるものがあった。

 いやらしく見えたのならちょっとショックだ。

 千紗は料理を食べ終わって、皿を俺に渡した。


「おかわり」


「えっ? 何それうまいの?」


「無いのー?」


「これでおしまいだよ、残念だったね」


「んー、まいっか。食べ過ぎは太るし」


「もうあがるんだよね。じゃあ、今日はおつかれさま」


「武雄もおつかれー。…って年上だったわね」


「いいよもう武雄で」


「まぁ、精神年齢低そうだしそれでいいか」


 人が料理出したのにこの女生意気な。


「失礼だな。大学生とはいえ大人だぞ」


「でも成人してないじゃん」


「うっ、それはそうだけど年上なんだからな」


「年上だからって威張っていいわけないじゃん」


「あのなぁ。別に威張ってるわけじゃないぞ」


「そういうオーラ出てたもん気を付けようよ」


「ああ、はいはい。もういいよ、それで」


「でもまぁ、料理おいしかったから別に次から敬語でもいいよ。武雄さん」


「さんは止めろ。ちょっとくすぐったい」


「ふーん」


「タメで話していいよ」


「わかったそうする。そのかわり私も千紗のままでいいから」


「い、いいのかよ?」


「料理がおいしかったお礼」


「そう…」


「じゃあ私帰るね。武雄は?」


「俺は厨房の掃除とかあるし、それじゃあな」


「うん」


 そう言って千沙は立ち上がり休憩室を出ていく。

 俺は千紗の食べた料理の皿を持って、厨房に移動する。

 厨房に来た後は皿を洗って中華鍋も洗う。


「武雄君。このゴミ袋着替えて裏口に入れてきて欲しいアル。今日はそのまま上がりで良いアル」


「わかりました。おつかれさまでした」

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