第9話
千紗が厨房のテーブル前にやってくる。
ピータンと豆腐のサラダを渡さなくちゃいけないな。
「はい、ありがとう」
千沙はピータンと豆腐のサラダを受け取った。
ちょっとピータンが足りない気がしたので、千紗からピータンと豆腐のサラダの皿を取り戻そうとした。
「千紗、ちょっと悪いがピータンと豆腐のサラダ返してくれないか?」
その時に手が触れあった。
「な、何するのよ!」
「え、何もしてないだろ手が触れただけじゃないか」
「痴漢ね」
「何でだよ、わけわかんねーこと言うなよ」
「私の体を触ったものは触ったでしょ。これでも私空手習っているから今度触ったら殴るわよ」
真日流ちゃんが何かあったのかと駈けつける。
「どうしたんですの?」
「真日流さん、さっきこいつが私に痴漢行為をしたのよ」
「あら、そうですの?」
「してませんし、手が触れただけです」
「武雄。厨房のフリーザーからコボルトの肉を取って欲しいんだぜ。右の隅に置いてあるんだぜ」
「手が触れただけでも痴漢よ。こいつ料理を渡すたびにいやらしい視線で私を見てたし、いつ発情するかわかったもんじゃないわ」
「あのなぁ、俺はお前なんてそんな見てないって言っているだろ?」
「ごめんなさいですわ、武雄さん。私達同じ女子高で男の方と普段接してないのでそういうことにどうしても敏感になっちゃうんですわ。許してほしいですの」
「そうなんですか、だとしてもここは男の客だって大勢来るし、千沙のバカが客に痴漢とか叫びませんか?」
「誰が千紗のバカよ!」
「今まではそういうことはありませんでしたわ」
「おーい、武雄急いでコボルトの肉を取ってこっちに運んできて欲しいんだぜ。今手が離せないんだぜ」
「なんで俺だけなんですかね?」
「さぁ、私にはわかりませんわ」
「こいつが本屋でよく私を舐めまわすように見ていたからに決まっているでしょ。あれはどう見てもセクハラだし、今みたいに触れれば痴漢行為に及ぶわ。これはその一歩手前で警告したのよ」
「お前なぁ、少しは我慢しろよ。手ぐらい誰だって触るだろ?」
「私パパ以外に男の手なんて触ったことないわ。痴漢」
「千沙ちゃん、それくらいで痴漢はあんまりだと思いますわ」
「そうだよ、真日流ちゃんの言う通りだよ。お前少しは反省しろよな」
「なんで私が悪いことしたみたいな流れになってるのよ」
「別に千紗ちゃんが悪いわけではありませんわ。ただ手くらいは我慢してあげた方がいいのですわ」
「おーい、武雄。いい加減コボルトの肉を持って来て欲しいんだぜ」
「わかったわよ。真日流さんがそう言うなら今のはノーカウントにしてあげる。次から気を付けなさいよ」
「ったく思っていたのとは別物だな」
「なっ、どういう意味よ?」
「そのままの意味だ、おしとやかで可愛い子だと最初は思ってたのに幻滅だよ」
俺はそう言ってフリーザーのある方に移動した。
「なんなのあいつ」
「千沙ちゃん、落ち着いてほしいですわ」
「武雄遅いんだぜ。お客様をこれ以上待たすと信頼関係にヒビが入るんだぜ」
「すいません。今度から気をつけます」
俺はフリーザーを開けて右の隅あるコボルトの肉とやらを取り出して、渋谷さんの所に早歩きで運んだ。
「お待たせしました、渋谷さん」
渋谷さんはコボルトの肉を手に取るとまな板で中華包丁を使って切り始める。
「今度からはもう少し早く来てほしいんだぜ。何やってたんだ?」
「千沙のやつと手を触れたから痴漢だとかで揉めてました。真日流ちゃんが止めに入ってなんとか解ってもらえました」
「あーそれは災難だったな。千紗と真日流は同じお嬢様学校だから理解があったんだろうけど、いなければ武雄は痴漢で確定だったんだぜ」
渋谷さんが切ったコボルトの肉を中華鍋に入れてスナップをきかせて直径10センチの炎を舞い上げた。
「あの、渋谷さん。なんで真日流ちゃんと千紗は異世界の客に平然と対応しているんですか? お客は剣とか持っているし危険じゃないですか。いくら慣れているとはいえ殺されそうになったら緊張するでしょ?」
渋谷さんはコボルトの肉を切りながら、こっちに顔を向けずに話す。
「最初は世間知らずのお嬢様2人だし、剣もレプリカでコスプレしている客だと思ってたんだぜ。でも店で働いて1年くらいも経ってるし、慣れちまったんだぜ。武雄もすぐに慣れるんだぜ」
「いや怖いっすよ。やっぱ剣とか本物だし、料理が不味かったりしてお客が剣を抜いて暴れたらどうしようもないじゃないですか?」
「それは大丈夫アルよ」
佐波山店長が炒め物をしながら俺達の話を聞いていた。
「この店一帯には魔法使いの作った禁呪の結界で異世界から来たお客は弱くなっているから暴れることはないめったにアルよ」
「そうなんですか、でも暴れるお客相手にどうやって止めているんですか?」
「剣を持っていても切られても傷は浅いくらいね。剣を取り上げれば普通の人と同じアル」
「だからそんなに緊張することは無いんだぜ」
「ただ料理が遅くなってお客全員が乱闘になったら店は壊れちゃうアル」
「やっぱり危険じゃないですか」
「まぁ、そうかもしれないけど、そうならないように料理だけは早めに作るんだぜ」
俺は急いでフリーザーに行き、ドアを開けてガーゴイルの肉を取り出してまな板まで行くと細切りにする。
「武雄君。次のガーゴイル醤油炒めは他のオーダーで遅くなって作れなかった料理アル。急いで作るアルね」
その言葉を聞くと細切り中のガーゴイルの肉の一部を太く切ってしまった。
またピンチがやって来てしまった。
早く作らねば店が乱闘で潰れる。
「武雄。豚肉も細切りにしてないから頼んだぜ」
俺は急いでガーゴイルの肉を細切りにしようとする。
焦れば焦るほどガーゴイルの肉は上手く細切れなくなり、太い肉が目立つようになる。
時間もあまりないので慌てて切る。
結果バラバラのサイズの肉になったので、目立つ太い肉をもう一回切って細くしてなんとか合わせようとする。
次の赤色の豚肉も急いで切っていく。
いつお客が乱闘を起こすかわからないので不安になる。
「あそこのトレジャーハンターの人からオーダー入りました」
千紗は厨房スタッフのいるフロアの手前まで来て、言葉を続けた。
「スライムと豚耳の和え物1つお願いします-」
俺は客が気になってしまって一度手を止めて客の座っている席の見える所まで移動した。
頭にバンダナを付けて剣を持っている男がオーダーを頼んだお客のようだ。
隣にいかつい体の騎士風の格好をした男が大剣を持って、イライラと貧乏ゆすりをしていた。
あんな剣で斬られたらかすり傷じゃ済まないだろう。
俺は厨房に戻ってガーゴイルの肉とニンニクの芽と豚肉の醤油ガーゴイル炒めの料理を再開した。
「ニンニク芽は下ごしらえしておいたから後は中鍋鍋に火を通して炒めるんだぜ」
渋谷さんがニンニクの芽を中華鍋に入れて、俺はガーゴイルの肉と豚肉を入れた。
コンロに火をつけてスナップをきかせて具材を回転させた。
醤油を中華鍋の鍋に入れて、大きな炎が舞い上がり、具材をいい感じで炒めていく。
いい感じに炒めていると後ろから大声が聞こえた。
「俺の頼んだメニューはまだか!?」
その声に驚いて一回転させた中華鍋の具材の手が止まり、振り返るとウェイトレスの皿洗いフロアにトレジャーハンターの隣の席にいた剣士の男が大剣を構えていた。
その光景に手が止まった。
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