第3話

 ため息をついて部屋から厨房に行くと既に材料は用意されている。

 殻の付いたエビとネギとその他の野菜に醤油が置いてある。


「さっそくそれらの材料を使って料理してほしいアル」


「わかりました」


 材料はこれだけか、なら作れるものは殻付きエビとネギの醤油炒めだけだ。

 まず充分に中華鍋を熱するためにコンロに火をつけて鍋に油を敷く。

 そしてまな板でネギを調理用の一口サイズに中華包丁で切っていく。

 ネギの切り方がいつもより太くになってしまったので、長く太い部分だけ切り直した。

 殻付きエビはそのままで調理できるのでその他の野菜を細かく切る。

 殻付きエビとは本来そのまま焼くことが出来る。

 落ち着け、焦るな。いつもと同じようにすればいいんだ。

 そうすればこんな料理くらいすぐ出来る。

 落ち着け俺、まずは深呼吸だ。

 鍋が熱くなってきたのかジュージューと音を立ててきたので、まず殻付きエビを入れた。

 そうだ、焦っていたら料理の味にも悪さが出てしまう。

 この殻付きエビをじっくり炒めないとメインが台無しだ。

 ここはなんとしても失敗しないようにしなければ。

 中華鍋にスナップをきかせて空中で殻付きエビを一回転させると直径10センチほどの炎が舞い上がる。

 これでエビの歯ごたえも良くなるはずなのでしばらく回転を続けたら、ネギを入れる。

 さきほど切ったネギが長さが揃っていないのが、やっぱり目立つのが痛い。

 味見をしたが、味に問題はない旨い。

 失敗した部分は他で補うしかないだろうが、これは佐波山店長の料理の審査に響くだろう。

 ネギに焦げ目がつくまで中華鍋で具材を回転させたら残りの野菜を入れて醤油をかけて中華鍋全体に広げる。

 ネギ以外はほぼノーミスで完成度は充分なものに仕上がっているから、たぶん大丈夫だろう。

 そのまま中華鍋をスナップをきかせて中にある具材すべてを回転させて炒める。

 大丈夫だ、悪い出来じゃない。

 ネギのせいで見た目はやや悪めだが、味自体は問題はないはずだ。

 炎が舞い上がったあとにわずかの塩コショウをかける。

 くそっ、これから相手に食べさせると思うと緊張してミスしそうだ。

 一定の時間になるまで回転させて炒めたらコンロを切って、皿にそれらの具材すべてを流し込むように載せた。

 ついに完成してしまった。


「佐波山店長。殻付きエビとネギの醤油炒めが完成しました」


 俺は緊張と不安が入り混じった声で佐波山店長に料理完成の言葉を言う。


「さっそく味見するので皿をこっちに持ってくるアル」


 俺は言われた通りに皿を佐波山店長のいる厨房の机に置く。

 俺は手が震えている。

 もし、不味かったらどうしよう?

 ネギの事を指摘されて調理スタッフに採用されなかったらどうしよう?

 そもそも人に自分の作った料理を食わせるのは母親以外初めてだ。

 佐波山店長が俺の作った殻付きエビとネギの醤油炒めを食べる。

 無言の緊張が続く。

 不味ければ終わりか。

 不格好に切ったネギも佐波山店長は食べる。

 無言なのが怖い。

 はやく美味しいですっと言ってくれ。

 不味いなんて言うな、見た目が悪いとか言わないでくれ。

 頼む、頼むから美味しいと言ってくれ。

 緊張で心臓がドキドキする、嫌な気分だ。

 これで不味ければ接客のウェイターに回されるのか、苦手なんだよな接客とか。

 緊張によるミスはあったが、いつも通りの力は出せたし、初めて使う具材もあったけど我ながら上手く出来たと思う。

 佐波山店長が料理を食べ終える。

 全部食べたってことは美味しいからだよな?

 不味いものを全部完食できるはずがない。

 いや、逆に佐波山店長が不味いものでも完食できる人だとしたらどうしよう?

 どっかの番組では一口食べてレビューすることがある。

 完食しているということはそのレビューより良いのだろうか?

 料理を食べ終えた佐波山店長が俺を見た。

 なんだその視線は? 問題ないのか? 旨いのか? 不味いのか? どっちなんだ?

 口を開いてくれ。

 旨いか、不味いか答えは2つに1つなんだ。

 手が震えている。

 この震えは自分の実力が果たして佐波山店長に通じるかという不安と緊張と焦りだ。


「90点アルね」


「は?」


 いきなりなんだ?

 それって美味しいって意味なんだろうか?

 まてよ点数だろ、さっきの言葉。

 それってひょっとして…。


「料理人としては合格アル。これは初めて作った料理アルか?」


 やっぱりそうだ。

 今合格って聞こえた。

 聞き間違えなんかじゃない、確かに聞こえた。

 バラバラに切ったネギの不安が消えてよかった。

 っていうか10点マイナスになったのはネギ太めに切ったせいだな、間違いない。


「は、はい。そうですけど何か問題がありましたか?」


 不安が残るので一応佐波山店長に点数の意味を聞いてみた。

 いや、もしかしたら全部失敗しているって可能性もあるかも。

 ちょっと調子に乗っていたな、今の俺。

 おそらく100点満点中の90点だろう。

 間違っても1000点満点中90点ではないはずだ。

 10点は何が足りなかったのだろうか?

 おそらくネギの切り方だろう。

 佐波山店長が俺の投げかけた疑問に予想通りの返答で答えた。


「武雄君の腕前アルよ。今日を含めて平日の午後と異世界の時間から厨房に入って料理してほしいアル」


 合格なのか?

 これからここで働くんだな。

 なんか実感湧かないな。

 まぁ、接客しなくていいなら個人的に良いけどさ。

 でも異世界の時間って何だ?

 聞き間違えかな?

 もしかして佐波山店長って中二病なのかな?

 とりあえずスルーしておこう。

 いや、でも流石に気になるし聞いておこう。


「あの佐波山店長、異世界の時間って何ですか?」


「毎日の午後5時過ぎから午後9時までの時間アル。その時間は私達の世界の客は入店させないアル」


 えっ何それ?

 私達の世界?

 入店させないってそれじゃ客が来ないじゃないか。

 何考えているんだ?

 ちょっと聞いてみるか。

 まず異世界の時間について聞くか。


「なんでそれが、その、異世界の時間って言われるんですか?」


「説明するより体感した方が解るアルよ。それはいずれ話すアル。とにかく今はこれから渡すシフト表に従って来てほしいアル」


 そう言ったと佐波山店長はあらかじめ用意していたのか俺の今月のシフトが書かれた紙を渡された。

 体感って言われても異世界の時間ってワードの意味が解らない。

 佐波山店長は俺の疑問に答えないまま、話を続ける。


「大学の講義の都合上、午前は駄目アルけど五時からなら入れるアルね?」


 解っていたけど、時間がアルバイトに拘束されるのは嫌だなぁ。

 でも答えるしかないか。

 シフト表を見て、疑問が浮かんだので早速佐波山店長に質問した。


「はい、平日とかならなんとか、でもこれ週6日になってませんか?」


「それがどうしたアルか?」


 週6日もアルバイトなんて冗談じゃない。

 意地でも変更させてもらおう。


「週4日くらいにして下しさい」


「給料引くと生活できなくなるアルよ?」


 ああ、クソッ!親父の野郎、酷いバイト先に呼んだな。

 ちくしょう、何が週6日だ。

 そんだけ俺を束縛させるなよな。

 ブラック企業だよ、飲食店なんてさ。

 でも俺の意見なんて通じないだろうし、従うしかないか。

 あーあ、最悪の気分だぜ。


「わかりました。このシフトでやらせていただきます」


 俺は嫌々引き受けることにした。

 新しい新人が入ったら給料固定でシフトの日だけ削ってもらうからな。

 でもそれって人件費的に無理があるか、じゃあ無理じゃん、悔しいなぁ。


「細かい指示は向こうの渋谷君が教えてくれるアル。料理方法も渋谷に教わるアルよ」


 ええい、どうにでもなれ。


「はいはい、わかりました」


「はいは1回アル」


「はい、すいませんでした」


 まるで体育会系のしごきみてーだな、割とマジでさ。

 理不尽極まりねぇな。

 ええと、その料理を教えてくれる渋谷さんに会えばいいんだっけ?

 その前に喉が渇いたからウェイトレスのフロアに置いてあった。

 水を出す機械で一杯飲むか。

 コーラって書いてあったけど、それくらい良いだろう。

 勝手に飲むなっとか言われても一杯だけならかまわないだろう。

 そう思って厨房からウェイトレスのいるフロアに移動すると衝撃的な出会いがあった。


「あっ」


 その女の子は俺を見て戸惑っていた。

 以前うまいんじゃの17巻を買いにいった時のお嬢様学校の制服を着ていたあの女の子だった。

 俺のための天使ちゃん、料理で虜になったら従順なお嬢様メイドになってくれるという俺の妄想の入ったあの可愛い黒髪セミストレートの巨乳で近くのお嬢様学校の女子高の制服を着ていた女の子だった。

 今は白のワイシャツに赤のネクタイを巻いていてスカートは黒で上着に黒のベストを着ている。

 ウェイトレスの制服としてはちょっと硬いイメージがある。

 やっぱり胸があってスカートの丈が膝くらいになっていた。。

 まさか働いているとは、しかも同じ店で…これは運命か?

 俺を見て固まったままだったので、とりあえずこっちから声をかけることにした。

 こんな理不尽なアルバイト先にも癒し要素があるんなら今のうちに仲良くなっておこう。

 何気に女の子と話すのは高校以来だからウキウキするぜ。

 高校の頃は女子とゲーセンで遊んだ経歴がある。

 その辺の童貞とは違うのだ。

 まぁ、俺も童貞だけどな。

 なんというかこう話せるんだけど異性としては認められてないって感じの距離感だがな。

 ここで会ったのも運命だ。

 見逃すなんてもったいない、むしろ彼女が出来るチャンスだ。

 これで俺の人生はランナー満塁逆転サヨナラホームランだ。

 紳士な態度で話しかけよう。


「やあ、偶然だね君は…」


「あのいつもいやらしい目で見てくる発情変態男!」


 女の子はそう言って両手で胸を隠し、体の態勢を低めにして警戒している。


「は?」

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