第9話白咲檬架の誕生日





「檬架くん、誕生日おめでとう」

照れながら嘉が渡してきたのは水色ベースに白のドット柄のプレゼント。

青色のリボンで留めてあるそれを、檬架はありがとうと受け取った。

6月6日は檬架の誕生日。毎年プレゼント交換をしている2人は、今年も例によって嘉の部屋に集まった。

放課後まで待てず朝開口一番に「おめでとう!」と駆け寄る嘉は、祝われる本人よりも嬉しそうな顔をしていた。それにつられて普段ぼーっとしてることの多い檬架も、素直に喜び天使のように微笑んだ。


放課後、2人は嘉の部屋に集まっていた。

「お母さんが今年はね、苺のケーキ作ってくれたんだよ!」

去年から与えられた自分の部屋の真ん中にあるテーブルに、興奮した面持ちでケーキを運ぶ嘉。

「ちょっと、ひろくん、落ち着きなさいよ」

そんな息子を見て苦笑する母は、2人分のオレンジジュースをテーブルの上に置く。

「ありがとうございます」

「いいのよぉ。毎年檬架くんのためにケーキ作るの、私も楽しみだから」

そう言ってごゆっくり〜と部屋をあとにした。

ケーキ運びを達成した嘉は、自分の定位置に戻り、姿勢を正して座った。そして、

「よ〜し、準備オッケーだね!せーのっ」

歌うのは自分だけなのに合図してしまう嘉。しかしその違和感に気づくことなく誕生日の歌を見事に一つずつ音を外して歌い上げる。

それを指摘せず、嬉しそうに手拍子をする檬架。

毎年歌うのに一向に上手くなる気配のない友達の歌を心配する気持ちはあるけれど、今はそれよりも祝ってもらえる喜びのが勝ってしまうのだ。

「おめでとう〜〜!!」

「ありがとう」

ああ、なんて素敵な日。

なんて素敵な誕生日。


その日家に帰ってから開けたプレゼントの中身は、羊のキャラクターがデザインされたハンドタオルだった。



* * * *

「檬架、おめでとう」

何が?と一瞬思うほど、あまりにも無表情に嘉が言うもんだから今日が自分の誕生日だということを思い出すのに時間がかかってしまった。

年々、誕生日への関心が薄くなってしまっているのは、大人になった証なのか否か。

「…ありがとう」

「今年も母さん張り切ってるからさ、部活終わったら家に寄ってよ」

ケーキのことだ。嘉のお母さんは小学校の頃から俺の誕生日にケーキを焼いてくれる。嘉の誕生日にも食べに行くから、1年に2回はあの美味しいケーキを食べれる。甘党には堪らないプレゼントだ。

「オッケー、楽しみだな」

こんなに暑いのにまだ6月。これから梅雨に入ってどんどん蒸し暑くなるかと思うと辟易する。

あー、折りたたみ傘、持ち歩かないと…。


「お邪魔します」

「檬架くんいらっしゃーい。それから、お誕生日おめでとう!」

「ありがとうございます」

放課後、部活の仲間や友達から貰ったプレゼントを一旦家に置きに帰って嘉の家へ行った。

一歩踏み入れただけで、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

「今年はショートケーキにしたのよ」

あ、懐かしい。小4のとき食べたきりだ。

「俺、おばさんのショートケーキが1番好きです」

「えっ、ちょっ、やだも〜嬉し〜〜」

照れ隠しに手をパタパタと顔の前で降りつつ、手早く支度をしていく。

あっという間にケーキと紅茶が目の前に準備されていた。

「嘉はまだ部活なのかしら?遅いわね〜」

「委員会の仕事をちょっとやってから帰るっていってました。…いただきます」

フォークで一口サイズを掬い上げ、口に運ぶ。

瞬間甘すぎない生クリームと甘酸っぱい苺の絶妙なハーモニーが口の中いっぱいで奏でられ、思わず頬っぺたが落ちないように押さえてしまう。

「とっても美味しいです」

「うふふ、そう言ってもらえて嬉しいわ」

嘉にそっくりな目元を細め、おばさんが笑う。

それから俺は夢中でケーキを食べ終え、お礼を言ってから羽澄家をあとにした。


家に帰って間もなく嘉からの着信があった。

「もしもし」

『もーかー、なんで帰っちゃうんだよ。なんで1人でケーキ食べちゃうんだよ!』

呆れたように怒ってるのが電話越しからでも伝わってくる。そう言われても、待ってろと言われてないんだから仕方ない。

思ったまま伝えると、

『はぁ〜〜……まぁいいや、今から家出れる?』

深いため息が返ってくる。

「わかったよ」

そう返事して、俺はスマホをズボンのポケットにしまいながら玄関の扉を開けた。

すると、なんと目の前に嘉が突っ立っていて。

「よっ」

なんて軽い調子で手をあげるもんだから、びっくりして言葉が出ない。

「これ、渡してなかったからさ」

そう言って渡されたのは水色ベースに白のドット柄がデザインされた大きめな紙袋。受け取ると、見た目通り少しだけ重さがあった。

「ありがとう。…中身なに?」

「開けてみなよ」

笑い声に促されて、袋の中に腕を突っ込む。

さらに包装された袋を開けてみれば、枕。枕だった。え、枕?

「どう?檬架にぴったりだろ?」

ドヤ顔でバシバシと俺の肩を叩きまくる幼馴染みは、あの日のように俺よりも嬉しそうな顔をしていた。

「そうだね、じゃあはいこれ」

「え?」

枕を嘉に押し付けると、さっきまでの笑顔は消え、途端に不安そうな顔になる。

普段からこれくらい表情豊かになればいいのに。昔はもっと可愛かったのにな〜なんて、ちょっと思ってみたり。

「嘉の部屋に置いといて。泊まりに行ったときの、俺専用枕ね」

ああ、なんて素敵な日。

なんて素敵な誕生日。

そんな感動、毎年忘れては毎年目の前の同じやつに思い出させられる。

「ほんと…勝手なやつ」

ショートケーキがまだ口の中に残ってるみたいに、甘い気持ちになる。

そうだ、そうなのだった。

俺の誕生日を1番最初に祝って、1番最後に祝うのは、いつも嘉だった。

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