第137話 偽装自決弾 其ノ肆

 正直、私もどうしようか迷ったが……私の中の好奇心が勝利した。


 今私の目の前にいる男は一体何者なのか、そして、男が言っていることは真実なのか……それらを見極める必要がある。少なくともそうしなければならない必要性は存在している。


「う~ん……といっても、何から話せばいいのやら。長い話になりそうですからね」


「……そもそも、なんでアンタは生きているんだ? 拳銃がその……暴発したはずだが?」


 私がそう言うと塩屋は今気づいたという顔で私を見る。


「ええ。この拳銃の中に入っている弾、国健部隊の発明品でしてね。『偽装自決弾』と言います。国健部隊の発明品の中ではかなりの実用品でしてね。最もたまに不良品があって、本当に自決しちゃうんですが」


 ヘラヘラと笑いながらそういう塩屋。私は眼の前の男が常軌を逸していることは理解した。


「つまり、渡良瀬さんもこれを使ったということか?」


「まぁ、そうなりますね。偽装自決弾は、発射し、着弾した後、対象の周囲に対する認識を捻じ曲げるのです。ですから、対象がその気になればいくらでも死んだフリをすることができるというわけです」


 得意げな調子でそういう塩屋。イマイチ理解はできなかったが、私はそれ以上は何も言わなかった。


「……それで、アンタはそのことを伝えるために来たのか?」


「え? ああ、いえいえ。無論、違います。若旦那。アナタに是非、ご協力を願うために来たのです。渡良瀬さんもそれを望んでおります」


「……協力? まさか……国健部隊に?」


 塩屋は大きく頷く。私は思わずため息を付いてしまった。


「……すでに戦争は終わったんだ。そもそも国健部隊だって――」


「失くなっておりません。健在です」


 はっきりと力強く塩屋はそう言った。私は思わず次の言葉を失ってしまう。


「我が国を占領した彼の国も、国健部隊の研究成果に興味津々でしてね。取引をしたのですよ。研究成果の一部を渡すことで、存在を見逃してもらうようにね」


「……仮にそうだとして、今更何をするんだ? 戦争はすでに終わったんだぞ?」


「ええ。正直、他の人は知りませんが、私はこの国の勝ち負けにはそこまで興味はありませんでした。私は自分の研究さえできればそれでいいのです。そして、その研究を完成させる必要がある」


 すると、塩屋はなぜか身を乗り出して私の方に身体を乗り出してきた。私は思わず身体を引いてしまう。


「ご存知かもしれませんが、国健部隊は、元は帝国財産管理局……帝財局と一つの組織でした。よって、国健部隊にも帝財局のような奇妙な性質を持ったもの……いわゆる珍品を蒐集する業務が存在したのです。そして、それらの珍品は国健部隊の研究に大きく貢献した……では、なぜそれらの珍品を収集できたか、わかりますか?」


 勢いに押されて私は何も言えず、ただ、小さく首を横にふるだけだった。


「それら珍品の一覧……リストがあったのですよ。そのリストを見れば、研究に必要な珍品を探索することができ、スムーズな研究ができました。我々はそのリストを……『怪奇録』と呼んでいました」


「『怪奇録』……」


 そう反射的に呟いた私は、またしても、とんでもないことに巻き込まれつつあることを、ようやく理解したのだった。

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