第116話 嘘付喪神 其ノ壱

「……しかし、随分と安い値段だったなぁ」


 私は思わず目の前に置かれた物体を見てしまっていた。


 それは……和風の姫人形だった。それが先程老紳士によって私に売り払われた。


 それにしても、随分と繊細で精巧な作りの人形である。二束三文で買い取ってしまったが……大丈夫だったのだろうか。


 だが、紳士はそれこそ、早く私に売り払いたいと言わんばかりの態度だった。となると……どうにも私にも不安な気持ちが湧いてくるものである。


 つまり……どう考えても厄介な存在、というわけである。


「……まぁ、とりあえず、棚に置いておくかな」


「待て!」


 いきなり、どこからか声が聞こえてきた。私は思わず周囲を見回す。


「……誰だ?」


「ここだ! ここにいるじゃろうが!」


 ……声が聞こえてくる。なんだろうか……幽霊?


 私は今一度周囲を見回すが……店の前にも誰もいない。


「旦那? 何か喋った?」


 店の奥から佳乃が出てくる。しかし……無論、私は喋っていない。


「いや、喋っていない」


「そう……空耳かな?」


 そういって、佳乃は奥に戻っていく。私は今一度机の上を見る。


「ここじゃ! ここを見よ!」


「……ん?」


 と、姫人形を今一度私は見てみる。と……人形の顔が少しずつ私の方を向くように……動いているのだ。


「え……これは……」


 私が驚いていると、人形はこちらを完全に向き直った。


「ここじゃ! 妾が話しておるのじゃ!」


 完全に、それこそ、まるで人間のように、人形は喋った。


「……え、えっと……君が喋っているのか?」


「見ればわかるじゃろう! 妾じゃ!」


 意味がわからないが……どうやら、目の前の姫人形は……しゃべることができるらしい。


 まぁ……最近は奇妙な商品ばかりと関わることが多いので、そこまで驚くこともなかったが……


 私はじっと人形を見ていた。人形は少しバツが悪そうな顔で私を見ている。


「……動じないのだな。お主は」


「まぁ……職業柄、君のような存在にはよく会うものでな」


「旦那!? やっぱり誰かいるの?」


 と、またしても佳乃が店の奥から出てきた。私は慌てて人形から離れる。


「あ……いや、そんなことは……ないぞ」


 佳乃は不審そうな顔で私を見ている。それから、ちらりと勘定場の机の上の人形を見る。


「……もしかして旦那……お人形と喋ってた?」


「え……あ、あはは……まぁ……そう……かな……?」


 私がそんなあまりにも不審な返答をしたせいで、余計に佳乃は不審そうな表情をする。


 このままでは佳乃にどんどん怪しまれる……とりあえず、私は場所を移すことを決めた。


「あ! えっと……この人形は物置に移動させてくるぞ! では……後でな!」


 私は明らかに不審げな感じを隠せないままに、そのままガラスの箱に入った人形を抱えた家の裏手に急いだのだった。

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