第96話 不死者の聖石 其ノ壱

「……死なない男?」


 その話を聞いた時、私は思わず聞き返してしまった。


「ああ、言葉とおりの意味だ」


 私に話しているのは……伊勢崎だった。


 伊勢崎が1人で店にやってきたのは30分ほど前……そして、私にそんな話をしだしたのである。


 なんでも、最近、とある宗教団体が巷で噂なようである。


 その団体名は「陽心会」。


 教祖は平野月信という人物であるそうだ。元々その者は戦闘機乗りで、何度も撃墜されたが死ぬことはなかったという。


 その不死の理由になったのが、月信が持っている「あるモノ」に起因しているらしい。


 伊勢崎はその平野が持っている物品に関して私に鑑定をしてもらいたいというのである。


「……それで、君はそれを手に入れたいのか?」


 私は今一度伊勢崎に訊ねる。伊勢崎は私を見て小さく微笑んだ。


「私には心当たりがある。そして、若し仮に奴がそれを持っているとすると……それは非常に問題のあることだ」


「ほぉ……そんなに危険な物品なのか?」


「ああ。本来ならば破壊されてしかるべきものだ。そもそも……父上が破壊していると思っていた」


 伊勢崎は少し哀しそうに顔を伏せる。私は少し困ってしまった。


「しかし……私に協力を依頼されてもな。私はこの通り歩くのも厳しい身体だ。宗教団体の教祖が会いに来てくれるとも考え難いし……」


「何を言っているんだ。だからこそ、入信してもらうんだ」


 一瞬、私は戸惑ってしまった。それから、今一度伊勢崎を見る。


「……君、本気で言っているのか?」


「ああ。それと、夫婦で入信してもらう。だから、奥様にも手伝ってもらわないとな」


 そう言われて私は黙ってしまった。夫婦で……冗談ではない。


「……悪いが、無理だ。佳乃を危険な目に合わせることは出来ない」


「え? 何? アタシ?」


 と、店の奥から佳乃が出てきてしまった。私は苦い顔をする。


「ああ、奥様。丁度良かった。今回は奥様にもお願いしたいことがあるのです」


「え……アタシ? いや、でもアタシ骨董品とかわからないよ?」


 佳乃がそう言うと伊勢崎はにこやかな笑顔で佳乃を見る。


「いえいえ。問題ありません。奥様と旦那さまにはとある団体に調査に潜入してもらいたいのです。それができた暁には……相応の謝礼を」


 そういって……伊勢崎は札束を机の上に置いてきた。さすがに今まで見たことのなかった物体に私も佳乃も驚いてしまう。


「え……君……これは?」


「腐っても伊勢崎の家は旧華族だ。これくらいの財産はある」


 私がそう言ってから佳乃を見ると……佳乃はとてもワクワクしていた。


「え……ねぇ、旦那? これ……本当に?」


「……君ねぇ。危険なことなんだよ? そんなお金くらいで……」


「大丈夫だって! ね! 伊勢崎さん!?」


 すっかり興奮してしまった佳乃を見て、私は観念する。


「ええ。おそらく、危険などありませんよ」


 ニンマリと笑顔でそう言う伊勢崎を見て、これは大変なことになったと、私は理解したのだった。

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