第90話 護国ノ乙女 其ノ玖

 そして、深夜。


 私は佳乃に、乙女を引き渡すことを、最後まで伝えることが出来なかった。


 1人暗い部屋で私だけが起きている。乙女と佳乃はまるで姉妹のように一緒に眠っている。


 ふと……私は確認したくなり、乙女の足の裏を見ることにした。


 無論、変な気を起こしたわけではない。骨董品を見てきた経験上、人形などは、よく足の裏に製作者の名前が刻まれている。


 私はゆっくりと乙女の足の裏を見てみる。


「……間違いではないのか」


 足の裏には小さな文字で「健ヤカナル国家ノタメニ」と書かれていた。


 今まで見てきた国健部隊の製品と同様……これで伊勢崎の言っていたことが本当になってしまった。


 それと同時に……佳乃と乙女の別れは決定的になってしまったのだった。


「起きているかい? 邪魔するよ」


 小さな声が、店の前から聞こえてきた。私は杖をついて立ち上がる。


「……なんだ。二人で来たのか」


 店の前まで来ると、伊勢崎……ともう1人、優しそうな紳士、瀬葉が立っていた。


「はい。古島様。お久しぶりです」


 油断できない老人の挨拶に私は少しだけ頭を下げた。


「さて、さっそく件の物を引き渡してもらおうか」


 伊勢崎は私にそう言う。私は戸惑ったが、伊勢崎を居間に案内することにした。


 そして、私達三人は居間にやってきて、布団で一緒に眠っている佳乃と乙女を……


「……あれ?」


 見ると、布団で眠っているのは佳乃だけだ。乙女の姿が……なかった。


「お嬢様!」


 と、背後から瀬葉の声が聞こえてきた。


「あ……瀬葉ぁ……助けてぇ……」


 伊勢崎が情けない声を出している。


 それもそのはず、伊勢崎の喉元には……鋭い刃が当てられていたのである。


「乙女は、お母様とお父様を護ります」


 その刃を当てているのは……乙女だった。羽交い締めの形で、伊勢崎の背中にしがみついていたのである。


 手からは私が今日見たように鋭い刃が突出していた。


「……少々、面倒なことになりましたな。古島様」


 そう言う老紳士、瀬葉は、懐からゆっくりと、拳銃を取り出す。


「え……瀬葉さん。それは……」


「問題ございません。今まで外したことはございませんので」


 冷徹にそういう瀬葉。拳銃を向けられたことを理解すると、乙女は険しい表情になって伊勢崎の喉元に刃を強く当てる。


 伊勢崎の喉からは小さく血が滴り落ちていた。


「ひっ……」


「いいのですか? 乙女は、お勤めを果たしますよ?」


 そう言われて老人もさすがにそのままではいられないようだった。ゆっくりと拳銃を下ろす。


「……乙女ちゃん。何しているの?」


 その時だった。私は声のした方に顔を向ける。


「……佳乃」


 布団の上で起き上がった佳乃は、絶望した顔で、伊勢崎の喉元に刃を当てている乙女を見ることになってしまったのだった。

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