第77話 夢の後で 其ノ壱
「……平和だ」
そして、悪夢が過ぎた跡で、私はいつも通り、勘定場の机に頬杖をついて座っていた。
あの恐ろしい体験もなんとか終わったようで、夢の中に麻子が出てきて以来、私は悪夢を見なくなった。
一安心はしたが……とても疲れていた。
「旦那様。お元気ですか?」
店の外から声が聞こえてきた。見ると、白い猫が一匹店の中に入ってきた。
「……麻子か」
「ええ、どうも。どうですか、調子は?」
「ああ。お前のおかげで、どうやら、悪夢からは解放された……気がするよ」
そういって、私は杖を持ち、立ち上がり、店の奥に入っていく。そして、皿の上に団子と魚を乗せて戻ってきた。
「……なんですか? これ」
「礼だ。魚と団子、どっちがいい?」
私がそう言うと麻子は怪訝そうな顔で私を見たが、魚の方を見る。
「……旦那様。普通猫は団子を食べません。魚を下さい」
「ああ。お前ならそう言うと思っていたよ。ほら」
そういって、私は麻子に魚を手渡す。美味しそうに麻子は魚を咥える。
「しかし……旦那様も案外情けないものですね」
麻子はそう言った。私は何も言わずに白猫を見る。
「……何が?」
「もし、吾輩が夢の中に来なかったらどうするつもりだったのです? あのまま化け猫に殺されるつもりだったんですか?」
麻子がそう言うと私は思わず笑ってしまった。
「……私が? 何も考えもせずに、夢の中に入っていくと?」
「え……だって、旦那様。実際何もできていなかったじゃ……」
「……なぁ、麻子。お前は言っていたよな? 自分が、私のことを破滅させるんだ、と」
「え、ええ……言いましたけど」
「あの時私は完全にあの化け猫に精神的に破滅させられる手前だった……そんな状況ならば、絶対にお前が夢の中にやってくる……そう思ったんだよ」
「……なぜ、吾輩が夢の中に入ることが出来ると?」
「簡単だ。化け猫に出来るのならば、元招き猫にもできる……そう考えたんだよ」
「……それでも情けないですね。吾輩の助けを最初から頼りにしていたってことでしょう?」
「ああ。ここまではな」
そう言ってから私は団子の方を手で掴み、眺める。白猫は相変わらず理解できないという顔で私を見ている。
「……なぁ。麻子、お前は元招き猫だからわからないだろうが……猫は獲物に対して非常に執着心が強いんだ。だから、一度狙った獲物は絶対に逃したりしない。絶対に」
私がそう言っている矢先に、店先から一匹の猫が入ってきた。
「ええ。そうです。獲物は逃さない主義ですよ。私は」
黒い……しなやかな毛並みの猫だ。それでいて妖しい気配を纏っている。おまけにその黒猫は……尻尾が二本あった。
「なっ……アナタは……!」
麻子が怪訝そうな顔で黒猫を見る。
「どうも。先輩。そして、お兄さん」
そう言う声は……夢で聞こえてきた女の声だった。間違いなく目の前の黒猫が私を悪夢で散々苦しめた女と同一の存在ということは確信することができた。
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