第67話 交互日記 其ノ肆

 私と佳乃は思わず黙ってしまった。そして、しばらくしてから、私がノートを閉じた。


「……これは……何?」


 佳乃が不安そうな顔でそう言う。それから、私のことを見る。


「まぁ……ダメだな、これは」


 そういって、私はノートを机の上に置く。


「ダメって……何が?」


「……念だ。このノートには念が込められている」


「念? なにそれ?」


「……簡単に言うと、このノートにはまず、如月さんの思いが詰まっていた。新谷に対する会いたいという思い……それに対して、新谷が返事をするように思いを込めた……どうやったのかはわからないが……」


「それって……何か問題あるの?」


「……ある。このノート……この部分から見てくれ」


 そう言って私は、中途半端に終わった日記が再び始まる部分を指差す。


「この部分、明らかに之以前と以後ではこのノートが果たす役割が変わっている」


「役割って……え? だって、これは如月さんの日記でしょ?」


「ああ、途中まではな。だが、途中からは変わっている。まるで新谷と如月さんが交互に会話するようになっているだろう? ということは……」


「……ということは?」


「……このノートを使って、新谷は如月さんと会話していたんだ」


「会話……え? でもなんで? だって、如月さんは今新谷さんが看病しているんでしょ? だったら、普通に話せば……もしかして、話すことも出来ないほど、重病ってこと?」


 私はその佳乃の質問に首を横に振る。


「いや……そんな重病人が文字は書けている……無論、話せないだけで、書ける状態なのかもしれない。だが、そもそも、私の知っている新谷は、仮に如月さんがそんな状態だったのならば、文字を書かせるような真似はさせない男だ」


「……え。それじゃあ……」


 佳乃は恐怖に怯えた表情で私を見る。私も気まずい表情で佳乃を見る。


「……如月さんは話せない状態なのではない。文字を書けない状態でもない。このノートしか……この思いを込めたノートでしか、新谷と会話できなかったんだ。それ以外には新谷と如月さんの会話する手段はなかった……つまり、如月さんは新谷と絶対に話すことの出来ない場所にいる、ということなんだと私は思う」


「絶対に話すことの出来ない場所……」


 佳乃が先を言えそうになかったので、私は先を続ける。


「ああ。既に……如月さんはこの世界のどこにもいない……この世にはいない人だということだ」

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