第60話 乙女鉄刀:写し『一刀千鬼』 其ノ弐
それから十分ほど……乗用車の中に居た。
隣には伊勢崎。そして、運転席には、謎の初老の紳士がいた。
伊勢崎同様にスーツを着ており、身なりも綺麗で、どこかのお屋敷の運転士のようだった。
「……しかし、意外だったな。奥様は簡単に君の外出……しかも、僕との同行を許してくれるとはね」
ニヤニヤしながら伊勢崎はそう言った。私も少し不思議だった。
佳乃に伊勢崎と同行する旨を伝えた所、特に不安がるどころか、むしろ、伊勢崎についていってほしいと言ったのだ。
その理由が、伊勢崎のことが心配だから……佳乃にとって伊勢崎は一度しか会ったことがない程度だが……心配らしい。
「……で、件の刀の話、続きを聞かせてくれないか?」
私は話を逸らすように、伊勢崎に話しかけた。
「ああ。そうだな……『一刀千鬼』。それが刀の名前だ。知っているか?」
私は無言で首を横に振る。伊勢崎も、そうだろうな、という感じで私のことを見ている。
「先ほど言ったように、手にしたものに殺人衝動を芽生えさせ、それを実行させる……それが一刀千鬼だ。一本の刀が、千の鬼を作り出す……戦時中は帝財局でも、戦争に利用できないか考えられていたそうなんだがな」
「……流石に刀では現在の戦争には勝てないだろう」
「ああ。その通り。刀では攻撃の範囲に限界がある。斬りつける前に、銃弾で貫かれておしまいだ。だから、私も万が一の時のために備えはしている」
そういって、伊勢崎は懐から黒鉄色の拳銃を取り出す。
「……撃ったことはあるのか?」
「まぁ……もっとも、使う必要もないだろうがね。まだ、前の事件が起きてから、数日だ。一刀千鬼は徐々に心を蝕んでいく……今なら現在の持ち主に状況を説明して、刀を平和裏に回収できるだろうよ」
そういって、伊勢崎は拳銃をしまった。私は……あまりその言葉を信用することはできなかった。
「……だったら、いいがな」
「ああ、問題ない。さて……そろそろ着くぞ。準備してくれ」
伊勢崎がそう言うと同時に車が停止する。そして、伊勢崎は外に出た。私は杖を掴んで立ち上がろうとする。
「……お嬢様、どうか、お気をつけて」
と、私が車から出る際、運転席の紳士が伊勢崎にそう言った。
伊勢崎はムッとした顔をしただけで、何も言わなかった。
私が出ると、車はそのまま走り去っていった。
「さて、行くとする……どうしたんだい? その顔は」
「……お嬢様、と先ほどの運転士は言ったが、君は……」
私が先を言おうとすると、伊勢崎は懐に手を入れる。
「ああ、あれか。あの運転士、年のせいなのかな……以前仕えていたお屋敷の御令嬢と僕を勘違いしているみたいなんだ。参ってしまうよね?」
「……そう、なのか?」
「ああ。それ以上の質問はご遠慮願いたいね。こちらは依頼している立場だが、あまり野暮なことを聞かれると……実力行使もあり得るからね」
私は伊勢崎の言葉を理解し、それ以上話を続けるのはやめることにした。
そして、私と伊勢崎は連れ立って歩きだしたのだった。
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