第59話 乙女鉄刀:写し「一刀千鬼」 其ノ壱

「どうも、お邪魔するよ」


 私がいつものように勘定場に座っていると、店先から1人の人物が店の中に入ってきた。


 スーツ姿に胡散臭い感じを纏った人物……伊勢崎彩乃だった。


「……なんだ。お前のほしいものは入荷していないぞ」


「なんだい? お客にそんな態度は良くないよ? 僕は今日は君に相談事があってやってきたんだ」


 相変わらず芝居がかった調子でそういう伊勢崎。私は何も言わず伊勢崎を見ている。


「……君、ここらへんで最近、連続殺傷事件があること、知っているかい?」


「事件……ああ。知っている。でも、確かもう犯人は捕まったんだろう?」


 伊勢崎が唐突に話してきたことは心当たりがあった。


 ここ最近、近所……といっても、隣町近辺なのだが、なぜか人が刀で斬り付けられるという時代錯誤な事件が連続して起きていた。


 新聞でもそれは大きく取り上げられている。


 最初の事件は今から一ヶ月前くらいだったはずだ。


 それから一週間後にまたしても同じ事件、そして、それから一週間と……そして、つい先日も事件があった。


 しかし、いずれも犯人はやってきた警官に対して襲いかかったため、全員射殺されている……それが何度も繰り返されているという不可思議な事件だった。


「フフッ。知っているか。なら、話は早い。その事件で凶器とされている刀……君、興味ないかい?」


「……刀、ねぇ」


 刀と言われて思い当たるのは……貫木鉄心の刀だ。


「……もしかして、貫木鉄心の作品の一つ……『乙女鉄刀』というわけか」


「ご名答。しかし、今回の刀は純粋な乙女鉄刀ではない。いわゆる『写し』だ」


「……写し? 聞いたこと無いぞ。乙女鉄刀の写しだなんて」


 私がそう言うと嬉しそうに伊勢崎は頷く。


「当然だよ。帝財局しか知らない情報だからね。鉄心にはかつて何人か弟子がいたんだが、その1人が鉄心に負けず劣らずの名工だった。しかし、鉄心はその弟子を破門した……理由、分かるかい?」


 私が首を横に振るのを確認してから、伊勢崎は先を続ける。


「その弟子は鉄心同様、人の心に働きかけることができる刀を作ることが出来たからだ。破門されたその日から、弟子は飲まず食わずで乙女鉄刀の内の一つの写しを作り……完成と共にその刀で自害したらしい」


 私が自分の知らない話に恐怖した。それと同時にそんな話があったのかということで、とても興味を抱いてしまった。


「……それが、今回の一連の事件で使われている刀、というわけか」


「ああ。これ、見てくれ」


 そういって、伊勢崎が私に見せたのは……刀の鞘だった。


「……これは?」


「元来、その刀は帝財局が管理していたものだった。しかし、敗戦のゴタゴタでその恐ろしさを知らない馬鹿者が鞘の中身……本体だけ持ち去ったようでね。その刀を封印するにはこの鞘が必要なのさ」


「……もしかして、その刀というのは、この鞘に収めなければ……」


「ああ。無限に人の心に作用し、確実に殺人衝動を引き起こす……とんでもない危険物だ」


 私は思わず黙ってしまった。相変わらずのニヤニヤ顔で伊勢崎は私を見ている。


「というわけで、君には殺人沙汰が起きる前にその刀の回収に付き合ってもらいたい」


「……はぁ? 私は杖がないと歩けない身だぞ? そもそも、その口ぶりだと……」


「ああ。誰が持っているかは既に把握済みだ」


 伊勢崎はそう言って、店先を見る。


「車を用意させている。来てくれ……ああ。奥様に一言くらい断りをいれてくるのは許可しよう」


 そういって、伊勢崎はそのまま店から出ていってしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る