第57話 独楽犬 其ノ弐

「う~ん……」


 私は男性から回転しながら吠える独楽を買い取ったその日、唸ってしまっていた。


「どうしたの? 旦那。難しい顔して」


 そこで、佳乃が話しかけてくる。私は少し恥ずかしかったが、佳乃の方を見ながら独楽を差し出した。


「……君、独楽を回せるか?」


「へ? 独楽?」


 私は小さく頷く。佳乃は不思議そうな顔で私を見る。


 男性から独楽を買い取ったはいいが……どうにも私は独楽を回せないのである。


 いや、実際独楽を回したことは有る。そして、其の技術にも自信はあった。


 しかし、いくらやってもどんな方法を試しても回せないのである。


「う~ん……それ、何? 知らないよ、アタシ」


 流石に驚いてしまった。


 まぁ、旧華族のお嬢様は子供の頃に独楽など回したことはないか……


「そうか……では、これは、諦めるか」


「あ! でも、やってみたい! 教えてよ!」


 佳乃は目を輝かせて私を見る。私は少し迷ったが……ダメで元々、佳乃の独楽の回し方を教えてみることにした。


 佳乃は私が言ったとおりに独楽に糸を巻きつける。そして、そのまま思いっきり手首を使って独楽を……


「回った!」


 ……回った。あまりにもぎこちない手つきであったが、回ったのである。


 そして、それから独楽はくるくると回転し、やがて……


「ワン!」


 鳴いた。そのまま何度もワンワンと鳴いている。


「へぇ。面白いねぇ、犬みたい」


 独楽という存在そのものを知らない旧華族のお嬢様は嬉しそうに回る独楽を見ている。


 しかし……なんだか変だった。独楽は男性が回している時よりも長く……というか、独楽とは思えない程長く回っている。


「お。アタシの方に近づいてきた。可愛いねぇ」


 佳乃の言うとおり、独楽は佳乃の方に近づいていく。そして、しばらく佳乃の近くで回り続けたかと思うと……静かに回転をやめた。


「へぇ。面白い玩具だね、旦那。アタシ、気に入っちゃった。犬みたいで可愛いよね」


「あ、ああ……いや、本来はそういうものじゃないんだがな……」


 しかし、佳乃はとても嬉しそうだ。


 犬……ちょっと前まで、猫のような存在は飼っていたが……どうにもどこか間違った犬や猫ばかりウチには来るようである。


 丁度その時だった。いきなり、回転をやめた独楽が立ち上がったかと思うと、独りでに回転をはじめ、またワンワンと鳴き始めた。


「え……なんだ?」


「すいません!」


 と、店の外から声が聞こえてくる。私はそのまま杖をついて立ち上がり、店の外へ向かった。


「え……アナタは……」


「……すいません」


 店の外に行くと……先程、私に独楽を売った男性が立っていた。


「え……どうしたのですか?」


「すいません。あれから考えたのですが……やはり、あの犬……じゃなくて、独楽が恋しくなって……買い戻しさせてもらえませんか?」


「え……」


 私が戸惑っていると、店の奥から佳乃が出てきた。


「はい。お兄さん、これ」


 そういって、佳乃は男性に独楽を差し出す。


「あ、あぁ……ありがとうございます。では、お金を……」


「ああ、お金はいらないよ。大事な子を手放そうとする程困っているんでしょ? いいよ。この子には楽しませてもらったし……ね? 旦那」


 嬉しそうにそういう佳乃。私は佳乃がそう言うなら……と、男性に向かって小さく頷いた。


「あ、ありがとうございます! では……これで……」


 そういって、男性は独楽を大事に手で撫でながら、去っていった。さながら、大事に犬を抱えるように。


「う~ん……旦那、犬。飼わない?」


 と、佳乃が少し寂しそうな顔でそう言った。


「……猫なら、宛があるが」


「え~? アタシ、猫、あんまり好きじゃないんだよね……って、あれ? なんで猫好きじゃないんだろ? 昔は好きだったのに……なんかあったのかな?」


 不思議そうな顔をする佳乃を見て、私は思わず苦笑いしてしまったのだった。

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