第33話 ホラ貝 其ノ弐

 そして、夜。


 私は流石に昼の謎の貝殻のことが気になったので、佳乃を起こさないようにしながら、そっと床を抜け出し、そのまま勘定場へと戻ってきた。


 先程、箱の中にしまっていた貝殻を取り出そうとするが……さすがにそれは危険だ。


 なにせ、取り出した瞬間大声で怒鳴られては佳乃を起こすどころか、近所迷惑だからだ。


 私は充分注意しながら、新聞紙で何重にも重ねて包んだ貝殻を箱から取り出した。


 貝殻は静かだ……私はそれを机の上に起き、語りかける。


「……今から紙を外す。くれぐれも、大声で叫ばないように」


 私がそう言うと貝殻は無言だった。どうにも不安だったが、こうしていても仕方がないので、私は新聞紙を外した。


 貝殻は……黙ったままだった。予想外の状況に私は少し困ってしまった。


「……えっと、もしもし? 起きているか?」


「……ん? おお。なんだ、貴様か。また戻ってきたのか」


 と、貝殻からはまた声が聞こえてきた。しかし、昼間とは違い、随分とおとなしい感じだった。


「あー……えっと確か……貝塚少佐、だったかな?」


「うむ。いかにも。駆逐艦月波の艦長、貝塚平治少佐だ」


「その……先程は随分と失礼した」


「ああ、問題ない。吾輩も随分と興奮していたからな」


 貝殻は今度は普通に話すことが出来るようだが……またしてもわからないワードが出てきた。


 駆逐艦……月波? 聞いたことのない艦名だ。無論、私もそこまで軍艦に詳しくないから、そういう艦も存在したのかもしれないが……


「……えっと、少佐は自身が何者であるか理解されているのか?」


「なんだ? その質問は。吾輩は人間に決まっているだろう」


 当然だという感じでそう言う貝殻……もとい、貝塚少佐。


 人間……この貝は自分のことを人間と思っているようだ。まぁ、喋ることにしたって、普通の貝ではない事は確かなのだが。


「……貝塚少佐。幾つか質問しても?」


「うむ。許可する。もしかして、吾輩の武勇伝が聞きたいのか?」


「……へ? 武勇伝?」


「そうだ。ふむ……まずは、北の海で謎の巨大イカと戦った話でもするか」


「……は?」


 それからは、とめどなく貝殻は話し始めた。


 巨大イカだけではない、ある島で出会った10メートルはあるであろう巨鳥の話、南方で遭遇した謎の部族とのふれあい……どう考えても法螺話としか思えないような武勇伝を、臆面もなく、話し続けたのだ。


「そこで、吾輩はその島でついに見つけたのだ。かつて、我が国の侍たちが残していった伝説の金塊を……さて、次は――」


「あー……待ってくれ、少佐」


 と、私は慌てて止めに入った。


「なんだ? 何か問題か?」


「あ……その……充分話は聞かせてもらった。今日はこの辺で良いのでは?」


 私がそう言うと、貝殻は少し黙ったが、小さくため息を付いた。


「……うむ。貴様がそういうのなら、仕方ない。吾輩の武勇伝の続きは次回としよう」


 私はホッとする。そして、貝殻を手に持ち、箱の入れるようとする……その時だった。


「ところで、貴様。名前は?」


「え……あ、ああ。古島と言うが……」


「ふむ。古島よ。戦況はどうだ? 我が国はあと少しで敵国を叩きのめすことができそうか?」


 そう言われて私は絶句してしまった。それまでの法螺話が吹っ飛ぶほどに私はショックを受けた。


 この貝殻は……この貝殻に宿っている人格は、我が国がどうなっているか……どうなったのか、知らないのだ。


「あー……ああ。そうだな。もう少しで……勝てると思う」


 流石に私も悩んだが……そう言ってしまうことにした。


「うむ。そうか。では、今宵は安心して眠るとしよう」


 貝殻の満足そうなその言葉を聞いて、私は箱の蓋を閉めた。


 私はそれまで貝殻が語る法螺話を聞いていたが……最後に自分も結局、ホラを吹いてしまったのだと、勝手に自嘲的な気分になるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る