第16話 試製人体活性化薬第壱號 其ノ壱
その日、私は久しぶりに外出していた。
いつもならば買い物なんかは佳乃に任せるのだが、今日は佳乃が店番、私が買い物ということになった。
大方買い物は終わり、私は駅前周辺……闇市のあたりをうろついていた。
相変わらず雑然としている。ならず者や危なそうなヤツがうろついている感じだ。通らなければ店に帰れないとはいえ、面倒な道だった。
佳乃はよくここで買い物をしてくるが……私にいしてみれば意味がわからない。こんなところでまともなものが売っているわけがないのだ。
「そこの、旦那。ちょっと見ていかないかい?」
と、私は通りがかった矢先、不思議な店を見た。
店には商品は一つしか置いていない。メガネをかけた男……引揚者なのか、軍服を着たままの男が無表情で私の事を見ている。
「興味、あるでしょう?」
私は店の方を見る。商品として置いてあるのは……なんだか小さな小瓶だけだ。
「……いや、悪いが急いでいるので」
「旦那。足が悪いんでしょう?」
そう言われて私は杖を動かす手を止める。今一度店の方を見る。
「……見たとおりだが」
「フフッ。生まれつきかい?」
「まぁ、そうだな……」
「だったら、これ。旦那にあげますよ」
そう言って、メガネをかけた男は私に小瓶を差し出してくる。
「え……いや、それは……さすがにもらうわけには……」
「いいんだって。どうせ、本来は世の中に出るはずのなかったものなんだ。この俺だって、本来ならば殺されるはずだったしね」
「……何を言っているんだ?」
私が怪訝そうな顔をすると、男はニンマリと微笑む。
「まぁ……この闇市では言っても信用してもらえないんだが、俺は外地で研究に任務についていたんだ。いろんなことをやったよ……それで、この錠剤はその時に出来たもんだ」
「つまり……君は……」
私がそれ以上言おうとすると、男は制止する。
「まぁ、あまり声に出して言わんでくれ。今でも俺がいた部隊の人間は全員抹殺されたことになっているんだ。俺含めて、ね」
「……そんな人間がどうしてこんな闇市に?」
「そりゃあ、軍の機密を握っていた人間が、民間人相手にまさかこんなところで商売しているなんて思わないだろう? だからこそ、だ」
そういって男は小瓶を手にとって俺を見る。
「……言っておくが、これはひでぇ薬だぜ。元々は戦場で動けなくなった人間を強制的に動かすために作ったんだ。之を飲むと、どんな大怪我をしていても痛みを感じなくなる、動かなかった部分が動くようになる……まさに奇跡の薬だ」
「……では、なぜそんな奇跡の薬を作ったのに、我が国は負けたのだ?」
「そりゃあ、製造が間に合わなかったからだ。それに、上層部もそんな薬の存在は信じられなかった……で、その試作品が今ここにあるってわけだ」
私はそう言われて今一度男を見る。動かなかった部分が動く……私は少し興味を示してしまった。
「……副作用などは、ないのか?」
「あるよ。飲んだ次の日は一歩も動けなくなる……とまぁ、そういう副作用があったから許可も降りなかったんだが……どうだい?」
男は私が興味を示していることを理解しているようだった。あまり、侮ってはいけない対応の男のようである。
「……わかった。死ぬことは、ないんだな?」
「もちろん。死んだら軍用に使えないだろう? まぁ、何度か実験はしてみたよ。一回、体が動かなくなっちまったやつがいたが……これは完成品だ。そういうことはないだろうよ」
少し私は恐怖を感じたが……そのまま男に向かって手を伸ばす。
「小瓶をくれ。今此処で飲む」
私がそう言うと男は嬉しそうに微笑む。そして、小瓶を俺に差し出した。
「中身は錠剤だからな。一粒で良い。効果は24時間」
男の説明を聞き、私は小瓶の蓋を開け、そのまま錠剤を一つ手のひらに出す。
……何の変哲もない錠剤だ。私は少しためらったが……そのままそれを口の中に放り込んで、飲み込んだ。
「……どう?」
しばらくしてから男が訊ねてきた。私は当初何も変化がないと思ったが……
「……ん?」
なんだろう……急に足に力が漲ってきたような……
「あ」
私は驚いてしまった。歩ける……杖など必要なしで歩けるのだ。
「ひひっ……いやぁ、成功みたいだねぇ。良かった、良かった」
男はそう言って俺のことを見る。
「……本当に、代金はいらないのか?」
さすがに不審そうに思って私は男を見る。男は首を横に振る。
「ああ、言ったとおりだ。それに、旦那……思い切りがいいね。面白いね。気に入ったよ」
男はそう言って気持ちの悪い視線で私を見る。なんだか不気味だったので、早々に立ち去ることにした。
「……なんだか、ありがとう」
「何、礼なんていらないさ。効果は24時間だ。大事に使いなよ」
男はそう言って俺のことを見ていた。それにしても……本当にあの男は外地で研究なんてしていたのだろうか?
だけど……なんとなく説得力があったのだ。それに……
「……外地で研究……そんな部隊、存在したのだろうか?」
あまりそういう部隊が存在していたことは聞いていない……最も、戦争に行っていない私にしてみれば知るわけもない。
とにかく、今は杖なしで歩けるようになった。その姿を私は佳乃に見せてあげたかった。
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