2018年2月14日──千代香を煮込もう!その参
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆(ディシャス視点)
セリカとわかった女人は、何故ああも生き生きとした表情で主人と変わらない肉捌きが出来るのだろうか。
思い出したが、我がまだ竜種として身体が育ったばかりの頃に一度だけ背に乗せた記憶のある少女と同じ名。
そのすぐ後に行方不明になってしまい、主人が両の手で数え切れぬ頻度で探しに出掛けたのも知っている。
何かがきっかけで戻って来たにしては随分と美しく育ったが、その印象を覆すべく目の前の惨状はすごかった。
「着替えてて正解だったわ。捌くの久しぶりだったもの」
最後の肉を切り終えたところで、セリカは包丁と言う道具を卓に置いた。
「せ、セリカさん、か、顔に、血が」
「あら、やっぱり飛んでた? 血抜きはされてても少しは残るものね」
と言って、彼女はカティアが手渡した布で顔を綺麗に拭いた。
布が赤く染まっていくのは無視しておこう。
「久しぶりだったから、ちょっと手間取ったわ。カティアちゃん、野菜刻むの手伝ってくれるかしら?」
「あ、はい」
ここからは我も手伝えぬので、クラウの子守?とやらを任された。
だが暇なので先程使った台に乗って邪魔にならぬように横から覗かせてもらった。
「オラドネはみじん切りで、他はちょっと大きめの角切りでいいわ」
「はい」
やけに食欲をそそる小さな塊は細かく、他の野菜とやらはそれよりは大きく刻まれていく。
少し白いのは鼻がツンとしてきたので、少し距離を置いた。
「私はお肉を焼いてるから、その間に野菜を炒めるのはいいかしら?」
「はーい」
カティアは切っていた野菜を鍋と言うものに油を引いてから入れ、中身が柔らかくなるまで炒めるそうだ。
セリカは、複数の薄い鍋を使って拳ほどの大きさに切った肉をどんどん焼いていく。
だが、表面を香ばしく焼くだけですぐに取り出した。
中が生ではあの肉は我ら以外では食しにくいだろうに。
しかし、まだまだ作業は続くようだからじっくり見ることにしよう。
「ふゅ、ふゅふゅぅ!」
「じゃめ」
「……ふゅぅ」
神獣でも食して大丈夫だと思うが、あれはまだ途中のものだ。
つまみ食いとやらはしたいが、きっとカティア達には怒られるだろう。それは避けたいので我も我慢だ。
「じゃあ、暇な二人にはこれをあげるわ。お口開けて?」
「う?」
「ふゅ?」
セリカに口を開けるように言われたので少しだけ開ければ、何か小さな欠けらを放り込まれたが舌に感じた味に肩が跳ね上がった。
(こ、これは、以前にカティアが作ってくれたあの味と近い!)
冷たいし、すぐには溶けぬが、いつまでもなくならない甘さが心地よい。
「ふゅ、ふゅぅ!」
「一個だけよ? あとは今作ってる料理に使うから」
「ふゅ!」
「あい!」
たまには、この姿で出向くのも悪くはないと思った。
◆◇◆
セリカさんが小鳥に餌付けするように、クラウとディス君にチョコをあげてる様子は可愛らしかった。
ヒナ鳥に餌付けする感じだったからかな?
「さて、肉も全部焼けたし。大鍋に肉を脂ごと入れてからポワゾン酒を注いで」
ここからはセリカさんの本領発揮だ。
僕はほとんど見てるしか出来ない。
こう言う煮込み料理は実家じゃなかったし、師匠達のは盗み見ようにいつ仕込むかわからないから出来なかった。
まずはアルコール成分を飛ばす工程らしい。
「この時注意するのは、少量で作るならフライパンの縁とかにつく旨味をこそげとるところかしら? 今回は多いからまとめたんだけど」
「あ、師匠達のは鍋についてた焦げ目も大事にしてました」
「多分それね。私も習い始めた時はどうしてかわからなかったけれど。味で納得出来たわ」
それから、アルコール成分を飛ばした鍋の中身を二人で僕が炒めてた方の鍋に入れた。
「これに計量した調味料や乾燥のヘルネ。水をたっぷり入れて弱火で半刻以上煮込むの」
調味料は、岩塩、トマトペースト。ハーブとかはローリエとねずの実みたいなの。ねずの実も乾燥ヘルネの部類らしい。
この間にお片づけと並行してもう一つの作業を進める。
「用意したマロ芋を芽だけくり抜いて少し厚いスライスにするの。これも炒めるんだけど、途中までは私も切るわ」
これは煮込むんじゃなくて、一緒に焼き込む時に使う用だったんだ。
皮を剥かずに芽取りだけで済んだので、スライスする作業は楽だった。
「カティアちゃんは焼いてる間に、シャロルソースの冷却をお願いしていいかしら?」
「はーい」
一気に冷やすと味落ちするのは知ってるから、何回かに分けて鍋ごと冷やした。
スプーンですくって味見すると我ながら良い出来だった。
「ふゅ、ふゅぅ!」
「く、くりゃぅ!」
「あー、ディス君ごめんね?」
僕が味見してたらクラウは食べたがるもの。
セリカさんにもらったチョコももう消えてるだろうし。
「一口だけだよ? ディス君はちょっと待っててね?」
「あい」
スプーンをクラウの口に入れると、ディス君に抱っこされてても器用に手足をジタバタさせた。
「ふゅふゅぅ!」
「もう、おしまい。はい、ディス君もお口開けて?」
「あー」
お兄ちゃんの赤ちゃんにもあげたのなんてほとんどなかったけど、なんだかお母さんになった気分だ。
口に入れると輝く瞳に嬉しくなれば、スプーンをゆっくり出してあげた。
「まだ時間かかるけど、もうしばらく待っててね?」
「ふゅ!」
「あい」
「芋は焼けたわ。肉は……当然まだね。ひと休みしましょうか?」
「あ、お茶淹れます!」
「ディス君は冷たい方がいいかしら?」
「にゃんでも!」
「元気がいいわね」
座る場所はないので、立ちながらってお行儀が悪いけど今日くらいはいいだろう。
ディス君からクラウを受け取って彼には少し冷ましたお茶を飲ませてあげた。
「今日作るのは、完全に煮込み料理ではないんですね?」
「ええ。地元料理とも言うのかしら? シュレインでは各家庭で味が違うくらい個性があって美味しいの。今日作ってるのはミービスさんのバルでも時々出してたわ」
「おお」
お店の味って贅沢だ。
ミービスさん直伝のお味が今から楽しみ!
「仕上げにココルルを使うのは、ミービスさんが思いついたんですか?」
「いいえ。さっきも言ったけど奥さんのマイムさんね。うっかり少量入れちゃったんだけど、それがミービスさんも認めるくらいいい味だったの」
よくあるうっかりが、功を成したんだ?
「甘めでも悪くないんだけど、苦味が強い方もいいの。今日は、ディス君もいるから少し甘めにしたのよ」
お茶請けにいただいてるチョコは、計量外の残りものだ。
いつもと同じで美味しいけど、ちょっと固い。
「ふゅふゅぅ!」
「おいちー」
大量に食べさせちゃいけないんだけど、気に入ってるので二人には少し多めに食べさせていた。
セリカさんもわかってるので一緒に見ていてくれている。
「肉がいい具合に煮えたらココルルを入れて少し煮込んで、普通なら放置なんだけど今日はカティアちゃんがいるから冷却ね。その後に肉を取り出してちぎってから戻して、ソースとなじませるの」
「りょーかいです!」
後もう少しなので、ゆっくりお茶を楽しもう。
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