2018年2月14日──千代香を煮込もう!その弐

 







 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆(ディシャス視点)







 来ていい刻限を一応一角のに聞いておいたのだが、創世神は居らぬ代わりに誰かいるらしい。

 だが、あの四凶達の主人である王妃も帰国したはずなのに、主人の妹御でもない女人は誰だろうか?

 カティアより当然大きい背丈の其の者は、どこかで見た覚えがあるのだが。


「あら、本当に小さな子ね? お母さんや御付きの人はいないのかしら?」


 やはり思い出せぬが、前来た時はいなかった。

 一体何者か少し不安になるが、カティアと親しいのであれば邪険に出来ぬ。


「ひ、ひちょりで来ちゃの」

「まだ30歳くらいなのに?」

「う、うん」


 しかし、このままではカティアに頼みにくい。

 いい加減、話を切り出したいのだが。


「そう言えば、何回か会ってるのに君の名前知らないね?」


 迂闊だった!

 たまたま名乗らずで済んでいたが、普通の人族ならば名を名乗るのは当たり前。

 一角のともその相談はせずにいたから何も考えていなかった。

 今から考えても怪しまれるが、適当に作ってはいずれバレてしまう。

 そうなってはいけない。

 我の正体がバレてはカティアと会えなくなるからだ。


「え……と、で……ディス」

「「ディス??」」


 主人の呼び名のままで答えては不審がられるだろうから、名を縮めただけにしておいた。


「呼び名にしては、随分と不吉ね?」

「こっちでも、あんまりいい意味じゃないんですか?」

「ええ、不幸とか不吉とか」


 どうやら、ヒトの子達が使う言葉としては相応しくないようだ。

 だが、もう遅い。


「あ、あにょね。かちあにお願いがありゅの」

「僕に?」


 目的を告げるために首から下げていた衣の袋を彼女に手渡した。


「これを僕に?」

「ちゅくって、ほちいの」

「え……っと、何かの材料?」


 頷けば、カティアと隣の女人は袋の中身を覗き込み、同時に声を上げた。


「これ、魔法で小さくしてあるけど牛角猪ザルバドの肉よ⁉︎」

「これがザルバド……?」


 女人の方は肉の正体がわかったようで、我と交互に見ながら驚いていた。


「臭いはヘルネで抑えてあるし、ディス君これどうしたの?」

「わ、わちぇてもらっちゃの!」


 女人に聞かれたことは一角のと打ち合わせてあったから大丈夫だった。


「家の人に?」

「う、うん。かちあのこちょ言っちゃら、いいよって」

「その身なりで牛角猪ザルバドの肉を幼子に分け与える??」

「ま、まあ、いいじゃないんですか? 本人が許可を得てもらってきたのなら」

「……そうね。深くは考えないでおくわ。けど、この肉……元の大きさに戻したら結構あるはずだわ」

「うん」


 なにせ、一頭分に近い肉だからな。


「……ねぇ、ディス君」

「う?」

「このお肉の料理、私とカティアちゃんで作るから分けてもらえないかしら?」

「お、おにぇえちゃんが?」

「ええ」


 この姿ですべて食べきるのは当然無理なので構わぬが、一体どうするのだろうか?


「あ、さっき言ってた料理ですか?」

「ええ。これだけあれば、お兄様やお姉様にも充分行き渡るわ」

「今からなら夕飯になっちゃいますが……ディス君大丈夫?」

「だ、だいじょぶ!」


 美味い馳走をいただけるのなら問題はない!








 ◆◇◆







 やっと名前がわかったディス君からもらったお肉を、セリカさんと一緒に上層の厨房に持っていくことにした。

 今回は解体作業が必要かと思ったらセリカさんが出来ると言うので、最近定着しつつあるマリウスさん専用の厨房を借りることに。

 前は厨房でやったけど、今回はセリカさん主体の調理だからだ。

 あと、ディス君も見学したいからってことで。


「にゃにちゅくりゅの?」


 手伝いは出来なくても興味津々なディス君にはクラウを抱っこしてもらってた。

 クラウは今回彼に対して怒ることなく大人しく抱っこされてた。前の飴作りの時の恩があるからかな?


「そう言えば、僕も聞いてないなぁ。セリカさん、何を作られるんですか?」

「そうね。煮込み料理でも、ポワゾン酒の赤を使った煮込み料理のつもりでいるの」

「ワイン煮込みですか!」


 ジビエ料理なら定番中の定番。

 僕は作ったことがないけど、きっと美味しそうだなぁと材料集めを一緒にしてたら有り得ない食材が卓に置かれていた。


「せ、セリカ、さん?」

「何?」

「な、なんでこれも?」


 僕の目の前にあるのは、チョコことココルルが包まれた布袋。銀紙がないこの世界じゃ、チョコは保存用の布袋に入れてあるのが定番。目印は、袋を縛ってる茶色の紐だ。


「隠し味に使うの。普通じゃ使わないでしょうけど、奥さんのマイムさんはよく使ってたのよ」

「へぇ……」


 カレーなんかの隠し味に使わなくもないって言うのは聞いたことはあるけど、お肉やワインとも相性がいいんだ。

 女将さんの得意料理なら味の保証はついてるから大丈夫だろう。


「お肉の下ごしらえとかは私がやるから、カティアちゃんにはシャロルソースとかをお願いしていいかしら?」

「はーい」


 シャロルは地球で言うベシャメルソースやホワイトソースのこと。

 作り方もほとんど変わらないので安心して作れます。

 あ、そうだ。


「ディス君」

「にゃに?」

「暇だろうから、お手伝い頼んでいーい?」

「やりゅ!」


 やる気は満々で明るいエメラルドグリーンの瞳がキラキラ輝き出した。


「僕が下ごしらえを終わってからだから、ちょっと待っててね?」

「うん!」

「ふゅ」


 待たせるからには急がなくっちゃ。

 玉ねぎをみじん切り、他の材料は計量したら温めた鍋を用意。

 僕より大きめの台を用意して、ディス君にはその上に乗ってクラウは僕の頭に乗せた。


「にゃにしゅりゅの?」

「僕がいいよって言ったら、順番に材料を入れて欲しいんだ。器入れちゃダメだよ?」

「うん」

「じゃあ、まずはそっちにある四角いのを鍋に入れて?」

「はーい」


 まずは大量のバターを入れ、次に玉ねぎ。

 これを弱火で温める。バターが溶けるまでずっと弱火。


「次は、そっちの白い粉だよ」

「うん」


 小麦粉を入れても弱火でかき混ぜる。

 これをまずは縁がブチブチ言うまで根気よく混ぜていく。ディス君は邪魔にならないように横からじっと覗いてきてた。


「じゅっとまじぇりゅの?」

「まだまだだよー」


 この工程が、ソースの要とも言えるからだ。

 泡が出てきてもまだ混ぜて、カラカラになって黄色も強くなったらこの段階はクリア。

 実際やると30分以上かかるのがネックだけど。


「火を強くするから、次はそこの牛乳だけど持てる?」

「た、たびゅん!」


 無理そうだったらすぐに手を貸そうと思ったが、意外にも力持ちさんで難なく牛乳のポットを持ち上げてた。


「じゃ、じゃあ、今からこの道具でかき混ぜるからゆっくり入れてね?」

「うん!」


 次の工程でも重要だから、慎重に行こう。


「牛乳を入れると最初は黄色っぽくなるだけだけど、ずっと混ぜてたらちゃんとソースになるんだよ?」

「しょーしゅ?」

「うん。失敗はしないと思うけど」


 久しぶりだから、ちょっと心配。

 けど、それは杞憂で終わり、焦がさないように根気よく混ぜていけば小麦粉のお陰でとろみが出てきた。


「しゅごいの!」

「ふゅ!」

「これが、シャロルソースの元なんだ。あ、ディス君。そっちの小さな小皿の中身と、隣の銀色の器の中身を入れてくれる?」

「はーい」


 人によっては生クリームを先に入れるけど、僕は後かな?

 この方がよりクリーミーになって美味しいと思う。

 師匠達が店で作ってたやり方は結局教われなかったので分からずじまいだが。


「でーきた!」

「でちた!」

「あ、そっちも終わった? こっちはもう少しかかるわ」

「はーい……え?」

「にぇ?」


 振り返った先では、セリカさんがほっぺに血をつけながらも笑顔で解体作業をされていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る