2018年2月14日──千代香を煮込もう!その壱
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆(ディシャス視点)
今日の我は気分が良い。
月に一度、あるかないかと思うくらい数少ない主人抜きの遠出の日。
好き勝手に飛び回れず、神王国内部でも竜種がのんびり出来る場だけの飛遊だがずっと窮屈な獣舎にいるよりはるかにマシだ。
付き添いの軍人や飼育の者がいても、気分が良い方が優先。
そして、本日は狩りも久しく出来たのだから、余計に気分が高揚すると言うものだ。
『さすがは長!』
『瞬時に仕留めるとは!』
まだ100にも満たない若い者達が、はしゃぎながら我と獲物を囲んでくれた。
我も長になるずっと前には、先代達が仕留めた獲物をこうやって囲ったものだ。
さて、このままここで皆に分け与えるのもいいが、我はある事を思い浮かべてしまった。
(……カティアは、これで料理が出来るだろうか?)
式典以降、滅多に会うことがないでいるがいい加減そろそろ会いたい。
飴を共に作って以来、人化の術も練習はしているが口調は相変わらず。一角のと時折特訓はしていても成果はほとんど見られない。何故だ。
(……皮を剥いで、こっそり持ち帰るか?)
我らには物足りない大きさでも、ヒトの子には多過ぎる量だ。特にカティアは小さい。
会いに行く口実を考えるのも兼ねて、一角のにも相談に乗ってもらおう。
若い者達には済まないが、決めたとなれば我はすぐに行動を起こした。
◆◇◆
「……それは怪しまれるだけですよ?」
「ぬ?」
帰還後、人化の特訓も兼ねて一角のところに向かえば、即座に却下されてしまった。
「お会いに行くのは構いませんが、生の肉を赤子が持ち歩くのは周囲にも不審がられるはずです。ヒトの子達は我らと違い、生の肉を食しませんから」
「……しょう、か」
それと、いくら肉の大きさを術などで縮めても、臭いばかりはどうしようもない。
今も、主人に昔教わった保存と言う術などで腐敗を止めた肉を、首にかけている小さな衣の袋に入れているが……臭いは敏感な我らにとって食欲を誘うものでしかない。
城内に守護獣となっている聖獣はほとんど居らぬが、影で動いているヒトの子には奇異の目に映るですまないだろう。
カティアと会えぬようになるのは、主人や創世神以外に止められたくない。この姿の正体を知っているのも、同胞ら以外創世神だけであるしな。あの守護妖はもう帰国した故にいないが、互いに良い策がないか考えていると、先に一角のが何かを思いついたようだ。
「……でしたら、せめて臭いを抑える方法を使いましょう」
「かにょうにゃのか?」
「ええ。幸い、我が一角の者達は毛を持つのでヒトの子にはかなり臭います。それを少しでも和らげるのに乾燥させたヘルネを使っているのです」
「ほぅ?」
なんであれ、カティアに会いに行けるのですあればなんだってしよう。
◆◇◆
「か、カティアちゃん。ちょっと、相談に乗ってほしいことがあるの……」
冬真っ只中なある日のこと。
セリカさんがお勉強が終わった後、急に僕に頼み事をしてきたんです。
「相談ですか?」
「カティアちゃんにしかお願い出来ないの!」
「と言うことは?」
多分、料理について。
それなら、ファルミアさんも帰国した今だと僕くらいしか相談出来ないことだ。
「僕でお役に立てるなら」
「じゃ、まずは着替えて城下近くの森に行きましょう!」
「はい?」
「ふゅ?」
着替えるのはまだしも、なんでお出掛けする必要が?
「え、あのセリカさん? なんでお出掛けを?」
「作りたい物の材料を狩りに行くからよ?」
「へ?」
今さらっと重大発言をされたような?
「か、狩るって、食材をですか?」
「だって、このお城じゃあるかわからないもの……
「ざ、ざるばど??」
「ふゅぅ?」
「え……っと、癖の強いお肉なんだけど、煮込み料理には最適なの」
そう言われても、モンスターらしい魔獣や普通の獣の違いもさっぱりわかってないから余計に混乱しちゃう。
まだその辺の知識はセリカさんからも教わってないので。
「んー……あ、そうだったわ。この教材にたしか」
そう言いながら取り出してくれた本のページをめくり、目星のとこを見つけると僕とクラウに見せてきた。
「え、こ、これですか?」
ぱっと見は大きな猪だけど、違うのはこめかみに水牛のような立派な角が生えてるとこ。
こんなモンスターがいるんだ?
「このお肉で、エディお兄様に召し上がっていただきたい料理を作りたいの!」
「け、けど、これって男の人じゃ狩りに行けなくないですか?」
「あら、心配しないで? ミービスさん達とよく狩りに出かけてたから私でも大型じゃなきゃ大丈夫なの」
「おおぅ……」
さすがは下町育ちが長かった分、出来ることは徹底的に鍛えられたのだろう。女将さんはともかく、ミービスさんらしい教育方針だ。
「けど、なんで僕に相談を?」
「上層の調理場をお借りするには、私単独じゃ気を遣われるだろうし……カティアちゃんなら気兼ねなく使ってるでしょう?」
「え、ええ、まあ」
個人的に使うことはあっても、ほとんどは差し入れだけども。
まあ、今は侯爵家のお嬢様に戻ったセリカさんだとマリウスさんはともかく他の人達は気を使っちゃうだろう。
でも待てよ?
「今だと狩りに行くのも簡単に行けないんじゃ?」
「え?」
「僕はまだしもセリカさんは六大侯爵家のお嬢様じゃないですか?」
「え、ええ」
「だから、許可をもらって出かけるにしても理由が『狩り』じゃエディオスさんじゃなくても却下されませんか?」
あくまで、憶測だけど。
けど、当たってたみたいで段々とセリカさんの顔色が悪くなっていった。
「そ、そうだったわ。今はもう気軽に出掛けられないんだわ……」
「ほ、他のお肉で代用って難しいんですか⁉︎」
「試したことがないから、わからないの……」
たしかに、家畜と違って野生動物の料理は僕もほとんど専門外なのでわかりにくい。
と言うか、肉の解体作業的な捌く作業は師匠や先輩方の担当だったから。
イタリアレストランでもステーキのような肉料理は一応扱ってたが、熟成肉から捌くのって結局この世界に来るまでやったことがなかった。
前の熊肉での焼肉はファルミアさんが全部捌いてくれたのでほとんど触っていない。
この体じゃ、解体するのに時間がかかるからだ。
(それはさておき、ジビエ肉での煮込み料理か……)
これはダメ元でもマリウスさん達に打診してみるしかないか?
コンコンコン。
「ん?」
ノックの音だけど、やけに小さい。
誰かが内緒でやって来たのだろうか?
フィーさんにしては不自然過ぎるけども。
「はーい?」
「……ちあ」
「へ?」
子供の声に一瞬誰だかわからなかったが、もう一度拙い言葉で僕の名前を呼ぶ声に思い出せた。
「待って、今開けるよ!」
「あら、知り合いの子が来たの?」
「結構久しぶりなんですが」
どうして来てくれたのかはわからないが、返すのもかわいそうだ。
扉を開ければ、前にあった時と変わらない泣きぼくろが特徴の赤髪の小さな男の子がそこにいた。
「ひちゃちぶり」
「ほんと久しぶりだね? 今日も一人?」
「うん」
普通、お母さんか付き人さんがいるらしいのにこの子は相変わらず一人で僕に会いに来たようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます