2018年2月6日──あつあつな抹茶の目覚め
「えーっと、次はこれとこれを混ぜて……」
何を作ってるのかと言うと、お菓子です。
それはいつものことなんだけど、今日は全員にじゃなくて、ある人にだけ。
だから、作ってるのも僕一人だけだし、クラウはセリカさんにお願いして子守してもらっている。
「……ファルミアさんは喜ぶって言ってたけど」
本当なのかどうか怪しい。
ファルミアさん達がヴァスシードに戻ってもう結構経つが、ほぼほぼ毎日文通しているから会えてないって感覚があまりない。
今日作ってるのは、彼女が昨日手紙と一緒に送ってきた材料とそのレシピを活用しているんです。
『新しい抹茶が献上されてきたの。カティにもお裾分けよ?』
送られてきた抹茶は、綺麗な漆塗りの器でも僕の手より少し大きいサイズ。
中身は頻繁に開けると香りが飛んじゃうから、飲む時か料理に使う以外注意してねと但し書きも添えてあった。
だから、早速抹茶ラテにでもして皆さんにもお裾分けしようと思ったら、二枚目の手紙に気づいたんだよね。
『この抹茶でゼルにお菓子を作ったら? 前のガトーショコラも気に入ってたのならいいレシピがあるのを思い出したの』
と言うのもあって、レシピをざっと読んだら……自分も食べてみたいと言う欲求が出てしまい、その口実を使ってセヴィルさんをお誘いしようかと考えてしまった。
幸い、なのか。今日はセヴィルさんお休みで散歩でもしようかと昨日言ってくれてたし。
(……お散歩の時間をずらして、先に作ろう)
だから、識札を飛ばしてお願いしたところ、セヴィルさんからもすぐに返事が来て『散歩は食べた後にでもするか?』とあったから、そうしようとまた返事を送った。
それから、今作ってみてるわけです。
場所はマリウスさんにお願いして、時々使わせてもらってる専用の部屋に。
「ファルミアさんにラップの作り方教われば良かったけど、ごみ処理出来ないから器でやるしかないよね?」
ホワイトチョコと無塩バターを低めの温度で湯煎し、抹茶を加えて馴染ませたらミニボウルのような金型に分けて冷却。
本当はラップがあると洗い物が増えなくていいんだけど、ないからそこはしょうがない。
次は生地。
同じ手順で湯煎したチョコとバターを、これは分けずに軽く冷却させて粗熱を取る。この時にオーブン釜を予熱しておけばあとが楽チン。
「卵を割って、砂糖と混ぜてからさっきのチョコをこれに入れて」
レシピを見ながら作るのは、新しいレシピに挑戦する時以来だ。
このレシピ、僕とファルミアさんしか読めない日本語で書いてくださってるから有り難い。僕らの秘密を知ってる人に見られても誰も読めないからね。これは後で日記帳に挟む予定でいる。
「混ぜ切ったら、ふるった粉類を入れて粉っぽさがなくなるまで混ぜて」
生地はこれでおしまい。
本当に簡単過ぎる。
ファルミアさんは前世プロと言うより趣味が高じてレシピサイトにある投稿レシピなんかを漁ってたって言ってたから、これもそうなのかも。
感心しながら別の金型に生地の半分を入れて、冷却しておいたチョコの方は軽く丸めてから沈めないように真ん中に入れる。
最後に残った生地も分けて、チョコが見えないようにして。あとはこれをオーブンに入れて15分弱焼くだけなそうな。
「焼いてる間にお片付け!」
時間があるようでないから急いで取り掛かる。
砂時計を時々見ながら洗っていけば、砂が落ちきる寸前でなんとか終わることが出来た。
「セーフ!」
誰もいないからひとり言が多いのは仕方ない。
ミトンをはめてゆっくりとオーブンを開け、中を覗き込めば抹茶独特の匂いが湯気に混じっていた。
「……生焼けじゃないよね?」
大体の火加減もファルミアさんが注意書きしてくれてたし。
竹串も菜箸もないから、フォークで中のチョコ部分を刺さないように気をつけた。
「ん、多分大丈夫」
さっくりした感じだし、先端にどろっとしたのもついていない。
このまま焼き立てを持って行きたいが、他の片付けもあるのですぐに盛り付けてから保温の結界を張る。
先に片付けてたからものの数分で終わり、出来上がったお菓子を持ってある場所に向かった。
「……ど、ドキドキするなぁ」
看病の時以来来なかった、セヴィルさんのお部屋。
ここは、本当はゲストルームの一つらしくって、でもセヴィルさんがお家から来るよりはここを使った方がいいだろうと宰相さんになる前から寝泊まりしてるらしい。
理由は、セヴィルさんの低血圧体質。
お家から来てた頃は、遅刻はなんとかないようにしてても不機嫌度最悪なままで出勤して来てたから、周囲の脅えようが大変だったそうで。
以来、王族の血縁者と言うこともあるからここを使うようにエディオスさんのお父さんから言われたらしい。
それはさておき、いい加減入ろう。
待たせて結構経ってるから。
なので、慎重にノックしてみた。
「…………あれ?」
少し待ってても、開くどころか返事もない。
どこかに用事があったのかなって思ってたが、ある事を言われてたのを思い出した。
『少し寝てるかもしれない。ノック程度じゃ起きないと思うが、その時は遠慮せずに入って構わない』
と言う事を、今日いただいた識札に書いてあったような?
念のためポケットに入れておいたのを見返せば、その事もしっかり書いてあった。
「入るのは、いいのか……ん?」
これって、今更感が強いけど……もしかして、彼氏のお部屋にお邪魔する形になるんだろうか?
(い、いいいいい一応、付き合ってる?から、間違っちゃいないけど‼︎)
ある意味セヴィルさんの一方通行な状態であるから、完全に恋人ではない。
僕自身の都合に振り回して申し訳ないけれど、恋愛初心者なものでまだまだセヴィルさんを恋愛の意味で好きか見極めきれてない。
「だだだ、大丈夫、ちょっとお茶会でもと思えば!」
とは言っても、家族以外の男の人とお茶する機会は元いた世界でもほとんどなかった。
師匠達とは店でまかない食べるのは日常的な事だったし、それは二人っきりじゃない。
つまりは、これって室内デートに近い。
「……でも、あったかいの食べて欲しいから」
それにお散歩にも、ちゃんと行きたい。
恥ずかしがったり迷ってちゃダメだと首を振ってから、ワゴンを少しずらしてから扉を開けることにした。
「し、失礼しまーす……」
念のために声をかけても、やっぱり中から返事はない。
そっと中を覗き込めば、ベッドの方に黒い大きな影があった。
識札に書かれてたように、本当に寝てるみたい。
パジャマじゃないけど、黒いシャツとズボンだけの装いで布団にも入らずにセヴィルさんは寝ていた。
「せ、セヴィルさーん……?」
今度は名前を呼んだけど、眠りが深いからかちっとも起きない。
なので、識札の指示通り遠慮なく入る事にしてワゴンをゆっくり部屋に運んだ。
机とかどうしようかと思ったら、ベッドの近くに二人掛けの椅子とテーブルが置かれていた。
明らかに、セヴィルさんが寝る前に用意してくれてたものだろう。
せっかくだから、そこにティーセットを準備してからセヴィルさんを起こすことにした。
「ショコラの結界は食べる時でいいから」
準備が出来たので、緊張はするけどセヴィルさんを起こさなくては。
お昼寝?仮眠?でも、自主的に起きなくはないけど、サイノスさんに方法は教えてもらっていた。
「えーっと、サイドテーブルの近くにあるって……あった」
わかりやすく、サイドテーブルの上に置かれてた道具。
見るのは初めてだけど、なんでこれなんだろうか?
「銅羅と撥って、古典的な……」
お笑いでも使うかどうかってくらい古い道具だ。
ヨーロピアンな神王国には似つかわしくないくらい、和風と言うか中華風と言うか。
形状は、僕がテレビで見たようなのと同じでサイズがコンパクト。ちょっと大きいが僕でも持てそうな感じだ。
これを何度か叩けば、セヴィルさんは起きるらしい。
「じゃあ……失礼しまーす」
スタンバイして、ベッド脇に立ってから構える。
お兄ちゃんを起こす時でもこんな事はやってないが、人を起こすのって緊張する。
だけど、サイノスさんも遠慮せずにやれって言ってくれたので、思いっきり撥を銅羅に叩きつけた。
ジャラララララァァアアアアンンンンッ‼︎
「ひゃ⁉︎」
自分で鳴らしておいてなんですが、結構大きな音が出た。
それでいいんだけど、至近距離だと耳栓が欲しかった。サイノスさんに聞いておけば良かったと思っても遅い。
とりあえず音が収まるまで待っていたら、ベッドの方から呻くような声が聞こえてきた。
「ん……んぅ?」
なんだろう。
エディオスさんとは違うエロさと言うか色っぽいってなんで?
顔だけでなく声もいいからだろうか?と思うことにして、恥ずかしさでうつむかせていた顔を上げれば、
「カティア……か?」
「お、おはようございます……」
寝起き姿までお美しいなんて、この人本当に僕が好きなのかとちょっと疑っちゃう。
だって僕なんて特別でもなんでもないのに。
それを悟られたら怒られるだろうから言わないけど。
なので、銅羅とかをサイドテーブルに戻してから頷いた。
「出来たので、持ってきました」
「……そうか。結構寝入ってたな」
「いつも、起きる時ってさっきした方法ですか?」
「あとはサイノスに布団を引き剥がされて、とかだが……今日はまだマシな方だ」
ってことは、サイノスさんだと不機嫌MAXな寝起きでの対応だったかもしれない。
今回は僕だからって事前にわかってたから、まだ不機嫌さを出さずに起きれたのかな?
ちょっとだけ、嬉しいと思った。
セヴィルさんは服とかのシワを適度にとってからベッドを出て、テーブルのセットを見ると少し目を丸くされた。
「以前ファルミアが作った菓子よりは小さいな……?」
「少し作り方が似てるんですが、中身が違うんです」
「そのようだな。何故結界を?」
「あったかいのが美味しいお菓子だからです」
お互い席に着いてから結界を外し、どうぞと勧めた。
「中身が、といっていたが何が違うんだ?」
「ココルルでもパルルを使ってるんです。それと、ケーキを割ったらわかりますよ」
「割る?」
不思議そうにされてたが、僕が言うとフォークできっちり半分にケーキを割ってくれた。
中から、少し湯気が出てきてその後からホワイトチョコのソースが溢れ出てきた。
「……中にソースが?」
「パルルを固めたものを生地と一緒に焼き込んであるんです。あったかい内に食べる時に、そんな風になるんですよ」
普通はチョコで作ることが多いフォンダンショコラ。
抹茶を使って作れるのは知らなかったが、どんな味になってるんだろう?
自分のもフォークで割れば、セヴィルさんのと同じように湯気とホワイトチョコが出てきた。
「いっただきまーす」
「……生地に苦味がある分、パルルがちょうどいいな?」
「良かったです!」
実際、初めて作った割にはいい出来だった。
材料が最高級のものばかりだから、材料を無駄にしなくて良かった。
数は少なめに作ったけど、一個が結構大きいから残りはクラウとセリカさんにあげようと思ってる。
セヴィルさんにも言えば、そうだなと言ってくれた。
「カティアの菓子は美味いが、まだ一個くらいしか難しいな」
「充分な進歩だと思いますよ?」
甘い物が苦手な人でも、かなりダメなら一個でも食べられないのに。
セヴィルさんはちょっとずつ克服されてるから、僕としては嬉しい。
先にファルミアさんが食べやすいのを作られてたそうだから、そのお陰もあるのだろう。
「……カティア、生地が口の横についてるぞ?」
「え?」
そんな子供のようなことを!
どこどこと手で触っても生地はくっつかない。
ペタペタ触ってると、長い指が僕のほっぺに伸びてきた。
「ここだ」
一瞬、掠めた指の温度が少し熱く感じた。
しかも、セヴィルさんそのまま指先についた抹茶の生地をなんてことのないように舐めてしまった。
(ま、漫画かゲームのワンシーンを目の前で⁉︎)
自分の顔が熱くならないわけがない。
目眩もしそうだったが、なんとか堪えてコフィーを飲むことで落ち着かせた。
「あ、ありがとうございます……」
「? ああ」
セヴィルさんは自分の行動の意味にちっとも気づかず、食べ終えてから散歩に行くまで僕は顔が熱くなるのが収まらなかったです。
(な、何気ない仕草って怖い……)
どれもが、僕の羞恥心を煽るものでしかないから。
お陰で、散歩中もドキドキが止まらなかったです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます