2018年2月2日​──孫に会いたくて?

 なんでこうなったんだろうか。


「ダメなのかのぉ、カティアちゃん?」

「え、あ、その……」


 何故この人が、いきなり僕の部屋にいるんでしょうか。

 しかも、


「れ、レストラーゼさん……なんで、ラディン・・・・さんの姿に?」


 そう。

 思いっきりおじいちゃん口調であるんだけど、何故か見た目は変装魔法で若い姿のラディンさんになってるレストラーゼさん。

 服装はコックさんじゃなくお貴族様って格好だけど、せっかくの王子様スタイルが口調で台無しだ。

 朝ご飯後のクラウとのお散歩を済ませたて戻ってきたら、何故かこの人がいたんです。


「ふゅ、ふゅゆぅ!」


 クラウはレストラーゼさんがいると分かったら、速攻で抱きつきに行って今も彼の頭の上だ。

 絵面は眩しいんだけど、見惚れてる場合じゃない。


「ん? 何、この姿であるならまだ上層を歩いてても気にされぬからの? 今の姿じゃ大臣達に見つかれば大変で済まなくてな?」

「……そ、そうですか」


 物凄くミスマッチしてる口調だから、どうも笑いが込み上げてきちゃう。

 だから、噴き出すのを我慢してても耐え切れそうにないので、レストラーゼさんにはラディンさんになりきってもらうようにお願いしました。


「こっちの口調じゃ、戻る時にちょっと大変なんだけどねー」


 うーん、と背伸びして肩を鳴らすとこはやっぱり今の歳相応かもしれない。


「あの、そのお姿の時って大体おいくつぐらいなんですか?」

「んー? その時々によるけど、この城でならサイノスよりちょっと下かなぁ?」


 なるほど、それで事情を知ってるイシャールさんでもラディンさんを引きずるってことが出来るんだ。


「で、僕に用と言うのは?」


 なんの理由もなしにこの人が離宮から出てくるわけがない。

 すると、ラディンさんはにこっと笑いながらクラウを頭から下ろした。


「君も僕にとっては孫みたいなものだから、たまには遊びたいなぁって」

「あ、はぁ……」


 セヴィルさんとの事情についてはまだまだ秘密なので、この人にも伝えてないからちょっとほっとしたけど。


(孫……今の姿じゃ、親子に見えるような?)


 ちょっと若いお父さんにしか見えない。

 けれど、僕の実父はこんな美形さんじゃなくてごく普通の日本人のお父さんだ。

 年の差だとまだマリウスさんの方が近い。

 じゃなくて、


「あ、遊びたいだけでわざわざ……?」

「うん。あと、離宮にずっと籠ってると退屈だったし」

「絶対僕の理由後付けじゃないですか……?」


 奥さんやエディオスさん達のお父さん達もいらっしゃるのに退屈って……。


「そんなことはないよー? 式典以来カティアちゃんと会えてなかったからさ?」

「けど、僕と遊ぶって限られてませんか?」


 今日はセリカさんとのお勉強会もお休みなので、暇っちゃ暇だけどこの世界で出来る娯楽なんて限られている。

 ゲームだって主に盤上で行うチャイルやトランプくらいだが、どっちも僕は強くない。

 ラディンさんの遊び相手には不十分だと思うけれど、彼はまたにっこり笑ってくれた。


「君だからこそ、出来ることがあるじゃないか」

「ぼ、僕だから?」

「正確には、僕と君だからだよ。厨房に聞きに行こうじゃないか」

「え」


 遊ぶって、もしかして。

 そう思った時には、ラディンさんに手を掴まれてしまい視界が真っ白に染まった。









 ◆◇◆







「遊びだけでここにくんじゃねぇ!」

「あはー?」


 ただ今、場所は変わって中層調理場。

 しかも、タイミングがいいのか悪いのか、例の料理長専用の厨房にいたイシャールさんの目の前に到着という次第。

 どうやったかと言うと、ラディンさんの転移魔法でです。

 着いた途端、イシャールさんは当然びっくりされたのとラディンさんに怒鳴って脳天に拳を叩きつけた。

 ラディンさんの正体知っていても、それを出来る人って多分この人だけじゃないかなぁ?

 けど、ラディンさんはラディンさんでちょっと痛がってからはあっけらかんとしてた。


「だって、上層じゃ僕がいると借りにくいでしょ?」

「そりゃマリウス料理長は気づいてんだろ」

「そうなんですか?」


 ご一緒になった時とかを見てないからわからないだけかも。


「ああ。つか、変幻フォゼでところどころいじってても……この爺さんの若い頃の姿絵知ってんのは、ごく一部を除けばマリウス料理長くらい知ってておかしくねぇ」

「なるほど……」


 この世界に写真はなくても、油絵か何かの絵画で王族さん達の御姿は知れ渡ってるそうだから。

 だから、お忍びでで出掛ける時はほとんどの人が変装魔法をするそうな。

 それはさておき、


「な、なんで、たまたまイシャールさんがここに居たからって。料理を作るのが遊びに?」


 ラディンさんがここに連れてきた目的は僕と『遊ぶ』ことだ。

 いきなり離宮なんかに連れてかれてたら、クラウははしゃぐだろうが僕なんかは慌てるだけで済まない。

 ラディンさんは最初ラディンさんだったからそこまで緊張感は持たなかったけど、この人も含めて昔は王様だったエディオスさん達のご家族だもの。


「うーん、チャイルやトライルよりは。一緒に出来る方がいいかなぁって」

「そ、そうですか……」

「だからって、一応は俺の管理下なんだが?」

「試作に困ってたからって風の噂で聞いたから、ちょうどいいかなってさ?」

「……相変わらず、あんたの情報網はいらんとこに使うよな」

「あはは」

「試作が大変なんですか?」


 当たり前のことかもしれないが、僕が持つイシャールさんのイメージだと割りかしパパッと出来ちゃうような感じだったから。


「あとちょっとなんだが、どーもしっくりこなくてな……」

「何を作ってるんですか?」

「ソースだ。魚料理なんかにかけるのだが、この時期に濃いもんが欲しいっつっても似たもんばっかになるしよ」

「「あー……」」


 個人にもよるけど、大衆食堂でしかもバイキング形式だとローテーションじゃ飽きが来てしまう。

 ラディンさんもすぐにわかったようで、僕と一緒に声を漏らした。


「お魚料理、ですか……」


 ジェノベーゼを推奨しようにも、あれはアレンジさせて既に出してるそうだから。

 一部の男性には人気が出てるらしく、それはそれでいいけれど女性にとっては口臭が気になっちゃうソースだ。


「あ、そうだ」

「「ん??」」

「甘酸っぱいソースでもいいですか?」

「ふゅぅ?」

「どんなんだ?」


 説明するよりは作った方が早いから、許可をいただいて材料とかをお借りしました。


「ねぇ、カティアちゃん?」

「はい?」

「魚料理に、なんでこの材料がいるの?」

「これお肉でも使えるんですよ?」

「「え」」

「ふゅ、ふゅぅ」


 ラディンさんとイシャールさんが疑問に思ってる間に、仕込みを手早くおこなっていく。クラウには、不思議がられてる材料と同じのを飲ませてるのでご機嫌さん。


「白身の魚に塩を振って水気と臭みを取っている間にソースの野菜を全部みじん切りにします」


 これにはラディンさんとイシャールさんにもお手伝いをお願いして、にんにく、玉ねぎ、赤パプリカ。

 出来上がったら、清潔な布で魚の水気を拭いて軽く塩コショウ。小麦粉をまぶしてからオリーブオイルを引いたフライパンで焼く。これはラディンさんにお任せしました。


「焼いてる間にソース作りです!」

「なぁ、マジでこれ使うのか?」

「まあまあ、僕を信じてください」

「まあ、お前の作るもんは度肝を抜くばっかな奴らだが……」


 まずは、小鍋にバターとにんにく。香りが立ってきたら玉ねぎを。玉ねぎが透明になったら小麦粉を加え、軽く混ぜたら例の具材の投入だ。


「オルジェ(オレンジ)ジュースとポルト(コンソメ)を入れます!」

「マジで美味いのか?」

「まだ調味料入れますから」

「……まあ、試しだしな」


 イシャールさんがジュースをたっぷり入れてくださり、僕は隣からコンソメキューブを投入。

 そう、このソースのキーポイントはオレンジジュース。全くないわけじゃないが、この世界の料理にフルーツソースって結構少ない。式典中にいただいたこちらや下層でのまかないでも、本当に隠し味に使う程度しかなかったからだ。

 なので、今日僕がレストランにいた頃のを披露しようと思ったわけで。

 それからターナーでとろみが出るまでゆっくりかき混ぜながら温めていきます。


「小麦粉のおかげでちょっととろみが出ますから、そこにミナス(みりん)、チャップ、塩コショウを入れれば完成です!」

「……めっちゃ簡単だな?」

「魚も焼けたよー」


 盛り付けはお二人にお任せ。

 ラディンさんは魚を焼いてたのに、合間でオレンジの飾り切りだったりを用意してくれていて、四人分それぞれのお皿に乗せてくれました。

 飾りには先に用意しておいた赤パプリカのみじん切りやアーモンドスライスと、薄緑のハーブなんかを添えてとっても綺麗!

 クラウががっつかないように僕は抱っこしてます。


「へぇ? こう見る分にゃ綺麗だが」

「問題は、味だね?」


 では食べようと、お行儀が悪いけど立ちながら食べることに。

 あくまでこれ試食会だから。


「はい、あーん」

「ふわぁー」


 クラウにひと口食べさせてから、僕もひと口。


(あ、懐かしい……)


 優しい塩気とジュースの酸味。

 後から続いてくるアーモンドの香ばしさに、パプリカの甘さなんかもちょうどいい。

 レストランの見習いの時に、先輩達に初めて教わったソースなんだよね。ピッツァ担当になった時からはあまり作る機会なかったけど、上出来上出来。


「おっかなびっくりだねぇ?」

「完全にジュースの酸味だけじゃねぇ……季節柄夏の方がいいだろうが、変わり種としちゃ悪くねぇな!」


 などなどご感想をいただき、全員完食。


「広めるとなりゃ、中層うちだけじゃもったいねぇ。下層にもいいか?」

「大丈夫ですよー?」


 多分上層にも伝わるだろうが、僕が考案者だと言うのは食べに来る人達には秘密にしてくれるでしょうし。

 ティラミスだけでも大変だったからね。


「作るものも作ったし、僕らはお暇しようか?」

「あ? やけに引き際がいいじゃねぇか?」

「まあ、ね?」


 たしかに、駄々をこねてた割にはあっさり過ぎる。

 ラディンさんを見ると、にっこり王子様スマイルされたのではぐらかされてしまう。

 イシャールさんも不思議がったが、もう一度試作するからと僕に詳しい分量を聞いてから、僕とラディンさんを厨房室から出した。

 お仕事中に来た僕らが悪いから、それはそうだろう。

 僕らは僕らで、ラディンさんの転移魔法で再び僕の部屋に戻りました。


「えと、ラディンさん」

「んー?」

「さっきはイシャールさんがいたからはぐらかしたんでしょうけど、僕と遊ぶのは本当に口実で、イシャールさんを助けるために連れてったんですか?」

「……君は本当に賢い子だね」


 やっぱり当たりだったのか、ラディンさんは苦笑いしながら僕の頭を撫でてくれた。


「あれは家の出が、君も聞いてるだろうけど貴族の中じゃかなり高位だ。口にするのは王族に比べて多少は見劣りはしても普通からしたら最高級の部類。僕のように旅をする余裕はないし、今は役職についてる身だから市井のも口にする機会がない」


 だから、出自は隠してても見たこともない料理を披露出来る僕を連れて行ったのか。

 どう言うルートでイシャールさんの悩みを知ったかは、大人の事情だろうから黙っておこう。


「まあ、僕がなんらかのレシピを教えてあげても簡単に頷く子じゃないからさ? 君からなら、いいヒントをもらえたって思えるだろうし」


 そこは式典中のあの子の態度で思ったんだ。

 納得する箇所が付き合いの浅い僕じゃわからないけど、お役に立てたのなら何より、かな?


「けど、あんまり遊べなかったから、ここでトライルしてってもいーい?」

「え、遊ぶのは本当だったんですか?」

「もちろん!」


 せっかく感動しかけてたのに、抜け出してきた理由の中に僕も含まれてたのは本当だったようで。

 それからは、ラディンさん満足するまでカードゲームやボードゲームで遊びまくりました。

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