2018年1月11日ーー切るでなく割るが正しい鏡開き

 正月も過ぎ、お節料理っぽい料理も披露してから約十日後。

 とうとうその日はやって来ました!


「うふふふふ」

「ふふふふふ」


 待ちに待った本日。

 僕とファルミアさんは小さな木槌片手に食堂で笑い合ってた。

 他にも参加者はいたけれど、皆さん僕達の様子に引いちゃってるようだ。


「そんな楽しみなことなの?」

「ふゅぅ?」


 フィーさんは引いた後からクラウとちょっとずつこっちに近づいてきた。


「ええ、鏡開きだもの!」

「はい!」

「鏡って、年始に作ったその二段のモチだよね?」


 テーブルの中央に置かれてるのは、特大の鏡餅。

 台や和紙やミカンとかはないけれど、銀製の大きな杯のようなものにどでんと乗るくらいのサイズを二段重ねしてあります。


「その日に食おうぜって言っても、これだけは別だって言ってたな?」


 エディオスさんもやっと覗きに来られました。


「これは供え物なのよ。こちらの世界に言い換えれば、神霊オルファ達に贈る為の供物であり、彼らの依り代とも言われてるわ」

「僕じゃなくて?」

「唯一神より、配下の穀物を司る神だからそうよ? 諸説あるけれど、餅やウルス米は特に神への供物として日本じゃ多かったわ」

「ほへー? 兄様色々考えてるんだ?」

「まあ、日本人の伝統よ」


 僕も興味あって調べた内容だと、江戸時代辺りの風習で主に武士なんかのお家の行事だったらしい。

 それを、いつからか庶民にも伝わって僕やファルミアさんの知ってる鏡開きの形式になったそうだ。


「で、ミーアとカティはそれをなんで木槌で割ろうとするの?」

「供物なのだから、腐る前に分け合うのでは?」

「セヴィルさん、半分正解です!」

「半分?」

「日付に意味があるのよ。これも諸説あるのだけど、日本でほぼ共通の大体年始から十日後くらいにこの餅を木槌で割るの」

「包丁では、割れないのですか?」

「ダメなんですセリカさん。鏡餅を包丁で割ると縁起が良くないんです」

「まあ、そうなの?」


 戻って来られて最初の年始にはと、せっかくだからセリカさんもお誘いしました。

 他にもサイノスさんやアナさんもいらっしゃいますよ?


「語呂合わせとか縁起の良くない言葉を避けてしまうのはあるでしょう? 刃物で切るのは、日本の古い騎士……武士って言うのがいたらしいけど、彼らの自決の際に腹を切ることを連想させるからダメなの。木槌で割るのもそうだけど、割るの忌み言葉と言うのがあるから『開く』を使うの。だから、鏡開きって言うのよ」

「ややこしいな?」

「てか、そんなでかいの二人で割れるのか?」

「やるだけやってみます!」

「無理だったら殿方達、お願いするわ」


 なので、いざ尋常に!じゃないけれど、厚めの紙に置いた鏡餅を小さい方が僕、大きいのがファルミアさんと木槌を振り下ろした。

 ですが、





 ゴッチン!

 カン!





 って、音が鳴っただけでヒビも入りませんでした。


「……根気よ、カティ。一度で開くはずがないわ」

「そ、そうですね?」


 けれど、その意気込みも虚しく、何度叩いても音の悪い楽器の音しか聞こえずで終わり。


「やっぱり、四凶しきょう達が仕込んだだけあるわ。いい具合に乾き切ってるから硬いわね……」


 ファルミアさんのも表面を掠っただけで傷一つない模様。

 ここは、さすがにバトンタッチすることになり、力持ちであろうサイノスさんとエディオスさんにお願いすることにしました。


「飛び散らんぐらいに割ればいいのか?」

「この木槌じゃぶっ壊れね?」

「大きく割ってから、細かく砕くためよ。お願いね、二人とも」

「「おぅ」」


 男の人の力ならなんのそのでしょう。

 しかし、僕はこの時甘い考えでいました。


「せいや!」

「せぇい!」


 同時に掛け声をかけてでの振り下ろし。

 ここまではまだ予想通り。

 問題はその後でした。

 テーブルは割れはしなかったものの、二つの大小の鏡餅は、割れた途端に細かい破片が四方八方に飛び散った。


「きゃ⁉︎」

「お兄様方、力が強過ぎますわ!」


 結構離れてたセリカさん達のとこまで飛び散ってしまったようだ。

 僕にももちろん飛んできたけど、ちょっと痛いだけですんだ。他にも怪我人はいませんでした。


「結構緩くしたんだが」

「おめーは大剣扱うからもっと弱めでもよかっただろ」

「お前さんのも言えるか」

「お前達、皆に一言謝罪でもしろ」

「「う」」


 セヴィルさんに軽く?小言を言われたので謝ってもらってから、ファルミアさん監修の下、木槌で細かく砕く作業をやってもらいました。


「これを今からお汁粉とあられにするわよ!」

「シルコ?」

「アラレ?」

「下ごしらえはしておいたからそう時間はかからないと思うわ。カティ、行きましょう?」

「はい!」


 お汁粉の準備はほとんど終わってるので、お餅を焼くのとあられを作るだけです。

 まずはお餅の選別。細かすぎるのはあられにして、大きめのはオーブン窯で焼く予定。

 餅を焼くのはファルミアさんの担当だ。

 あられは、ノンフライヤーもいいだろうけど今回は揚げるタイプで。既に乾き切ったお餅だからこれをフライヤーで適温の油で揚げるだけ。

 ただ、フライヤーの使用は一人じゃ心配されちゃうのでライガーさんにお願いしました。

 その間に、まぶす調味料の準備だ。


「バター入れるのは一種類にして、あとは普通の塩味がいいかな?」


 梅干しはファルミアさんが用意出来るだろうが、量が多過ぎても大変だからと二種類にすることに。

 全部揚がり終わってから、塩はボウルの中に入れてフライパンを振るようにして混ぜる。バターは醤油も入れることにしてフライパンに水、砂糖、醤油とバターを入れて沸騰したらあられを投入して絡める。

 これらを一人ひとり適量になるように取り分けて、ワゴンに乗せたら完了。


「餅も焼けたわ!」


 お餅も焦げすぎず適度なきつね色と膨らみがあって美味しそう。

 お汁粉は調理場の皆さんにも用意してあるので餅を入れながら個数を間違えないように注意した。


「お待ちどうさま! 善哉と似てるけど、粒をなくしてるからお汁粉って言うのよ。カティが作ったのは餅を揚げたお菓子よ」

「バターとサイソースのが茶色で、薄茶は塩味です」

「あ、手伝います」


 セリカさんは配膳される側になるのがまだ慣れないのか、こうやってよく手伝ってくれます。

 全員に行き渡ってからフォークを取ると、がっつかれたのはやっぱりユティリウスさんとエディオスさんだった。


「豆の食感がないけど、焼いたモチが美味い!」

「これって一杯だけ、ミーア?」

「そうね。無病息災を祈願する意味合いもあるから、厨房の皆にも配っちゃったわ」

「このアラレって美味しい!」

「甘さと塩気があるな? いくらでも入りそうだ」


 ずずっと、ぽりぽりって音が混在する中での和やかな雰囲気。

 クラウも僕にお汁粉を食べさせてもらってからあられに突入しました。


「あ、なんかほっとします」


 セリカさんは初めての和食?デビューだったが、お汁粉を一口召し上がられてからお顔が綻んだ。


「あんなに硬かったモチが、こんなに柔らかくなるなんて」


 正月の時はご実家で過ごされてたからお餅デビューも今回が初だったのだ。

 喉にも詰まらせずに小さなお口でみょーんと伸ばしたり小さく噛みちぎって食べる様子はとっても可愛らしい。


「一杯じゃ物足りねぇ……」

「だよね……」


 自分の分はあられ含めてとうに食べ終えた大食漢さん達はふにゃふにゃが似合うくらいだらけて机に突っ伏してました。


「うーん。餅はないけれど、白玉を作って残りの汁粉と食べる?」

「なんだそりゃ?」

「餅のようなものよ。カティ達はゆっくり食べててね、すぐ作ってくるから」


 と言ってファルミアさんは自分の分を食べ終わってから行ってしまわれた。


「どう言うものなのだ?」

「お餅に似てはいるんですが、伸びたりはしない粉の加工品ですね」


 セヴィルさんは皆さんよりごく少量でお餅多めのを召し上がってた。甘さはちょっと強めだけれど、前に食べたあんころ餅の要領で残しはしないみたい。

 あられは既になかったが。

 その後、本当にすぐ白玉団子を大量にこさえてきたファルミアさんのおかげで、鍋の汁粉が全部なくなるまで皆さんとおかわりしまくりました。

 なんと、セリカさんが女性の中じゃダントツ多い三杯も。

 隠れ大食いさんがいたことが発覚した日でした。

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