2017年12月12日ーー明太子で笑顔を
「うふふ、ふふふふふ! とうとうこの日が来たわ!」
テンション高いのは僕じゃないです。
誰かと言うとファルミアさんがです。
お昼過ぎに僕の部屋に来るなり、急にこのテンション。
四凶さん達は特に止める気配はなくて、僕の勉強を見てくれてたフィーさんは首を傾げるだけだった。
「どうしたのミーア?」
「ふゅぅ?」
「あら、ごめんなさい。用件も言わずに高揚してしまって」
一旦深呼吸されてから、ファルミアさんがようやく落ち着かれた。
「いえね。朗報が入ったから是非カティへ知らせてあげようと思ったのよ」
「僕に?」
「ええ。ピッツァの食材にすごく合うものが見つかったのよ!」
「ピッツァの?」
どんな食材だろうかと僕も興味が湧いて来た。
勉強を一時中断して、お片づけしてから聞くことにしました。
「何が見つかったんですか?」
「うふふ、とうとうこの日が来たのよ。バボラッシュ……カティにわかりやすく言えば鱈の産卵期が来たの‼︎」
「……タラコ?」
「バボラッシュはわかるけど、あれがピッツァに使えるの?」
「身より卵がね? 加工すればピッツァには最適な具材の一つになるわ」
「と言うと……辛子明太子にですか?」
「その通りよ!」
「カラシ……メンタイコ?」
全然わかんないフィーさんは、クラウと一緒に更に首を傾げた。
「メンタイコはカラナや酒にダシなどを使って作る珍味だ。いくらか辛いが、オーラルソースに混ぜたりするなどでまろやかになる故美味い」
淡々と説明してくださったのは、四凶さん達でも窮奇さんでした。
他の三人はいつも通り静寂を保ってると思いきや、ほっぺを少しピンク色にさせて興奮気味でいた。
「つ、作ったことがあるんですね?」
「ファルの手伝い程度だがな。時間はいくらかかかるが」
「明太子を手作りですか……」
実家だと福岡とかの規格外品を通販なんかで購入するくらいだったから、わざわざ手作りすることはなかった。
一回興味あってサイトなんかを覗いたことはあるけど、結構手間暇かけることがあるなあとの印象を受けただけ。
「今回は時間操作せずに、完全手作りの明太子作りから始めましょう!」
「はい!」
「すぐ食べられるの?」
「いいえ、一週間かかるわ」
「時間操作しようよ!」
「味が馴染みにくくなるから却下よ」
と言うわけで、明太子は作ることになりました。
◆◇◆
「あらかじめ、バボラッシュの卵を大量に仕入れてもらってたの。これを酒で洗うのもいいんだけど、ここじゃ清酒は少ないから卵に塩をまぶすの」
タラコ達の山は圧巻でした。
これ全部明太子にするなんて贅沢なって量くらい。
お城だからの贅沢なんだなと、今回は納得しておくことにしました。
とりあえず作業するのに袖をまくって、タラコ達の周りが白くなるくらいよく塩をまぶしていきます。
「メンタイコって塩漬け?」
「ふゅぅ?」
クラウとフィーさんは見学側でお願いしています。
四凶さん達はこの作業が大変なんで一緒にやってますよ。
「塩もあるけれど、あとで漬け込むタレが重要ね。窮奇が言ったように少し辛いのよ」
「美味しいの?」
「炊き立てのウルス米に乗せるのもいいし、麺料理なんかにも使えるわ。今回は大半をピッツァに使うけれど」
「ふーん?」
食べた事がないから想像がつかないみたい。
それは無理ないですが、炊き立ての白米に明太子一切れ……試したい。ものすっごく試したい。
けど、その前に作らなくちゃ。
「まぶし終えたわね。これを本当は一晩かけて凍らせるのだけど、ここだけは時短しましょうか? 渾沌、お願いね」
「承知」
バンダナを三角巾のように頭に巻きつけてる彼が、薄紫の長い髪を揺らして両手を塩まみれになったタラコ達にかざす。
詠唱があるかと思ったら、すぐに冷気が彼の手から溢れ出してタラコ達にだけ向かっていった。冷気は霧状になってタラコ達を包み込み、晴れていくとぱっと見は塩まみれのタラコそのものだった。
「……いいわ、上出来よ。これは少し放置してても大丈夫そうだから、今のうちに漬け込みダレを作りましょうか?」
「なんで凍らせちゃうんですか?」
「酒と同じ理由よ。殺菌もだけど、寄生虫達を殺すためね。諸説あるそうだけど、私はこの方法で作ってるの」
「食あたりでお腹壊したら大変ですもんね……」
完全に生物じゃなくたって、怖い怖い。
「「ダシが出来た」」
熱々かと思いきや、こっちも渾沌さんのように魔法で冷却済み。
「あとは調味料を足すだけね」
「あ、少し別で辛過ぎるの作ってもいいですか?」
「いいけど、ゼルのため?」
「多分普通のじゃ物足りないかなって」
激辛好きには、辛いモノでも普通のじゃダメだろうし。
「そうね。じゃあ、唐辛子の量を調整するしかないわ。ただ、味見はやめておきなさい」
「はーい」
許可をもらえたので作ることになりました。
調味料は出汁に汚れを取った昆布、塩、醤油、酒、砂糖にファルミアさん特製のうま味調味料。うま味調味料の作り方はさすがに教えてもらえなかったです。
理由はまだまだ開発途中だからとか。それなら仕方がない。
味見させてもらっても十分美味しかったけれど、追求されるのは僕も料理人だから止めません。
「このタレが出来たら、タラコの塩を流水で洗い落として」
それからはフィーさんも加わって、水道じゃなく水魔法で作った簡易的な滝に打たせて塩を落としていきました。
綺麗になった少し固いタラコは深さがあるバットに敷き詰めていき、出来上がったら調味液のタレをタラコが沈むまで浸からせるようだ。
「ゼルのはこっちね?……カティ、あの人の好みは私もよく知らないけれど、加減を間違えてないかしら?」
「結構大丈夫だって言ってたんで……」
どれだけかと言うと、ハバネロソース並みに真っ赤っかです。
「うぇ、他のも赤いって思ったのが大したことないって思えちゃうよ」
フィーさんも引くくらいってことは、相当の量みたいだ。
けど、前に作ったペペロンチーノ風ジェラートの製作者はあなたなんですがとツッコミたいが、今回はやめておこう。自分でも少々やり過ぎたかなと思っても、もう作っちゃったから遅いし。
「あとはこれを氷室で一週間。浸すくらいにさせてあるからひっくり返す必要もないわ。ただ生物だから臭いが拡散しないように結界は張っておきましょう」
結界は窮奇さんが張ることになり、マリウスさん達へ注意点を伝えてからこの日はこれで終了となりました。
◆◇◆
一週間後。
お昼ご飯前に仕込みをすることになり、先に明太子の出来具合と下ごしらえをと。
すぐに取り出して食べるとセヴィルさん用のじゃなくても非常に辛いそうなんで、漬け込み液から少し前に出して汁気を切ると美味しいそうな。
本当は半日前だけど、こっちじゃ水気を抜く魔法があるから問題はない。
下準備をしてからいつも通りピッツァの仕込み!
今日は明太子がメイン食材なんで、ソースはマヨネーズだ。
「ただ、明太子に合うのですか……」
「餅なら昨日外で四凶達に作らせたわ」
「なんかお庭が騒がしかったのそのせいですか!」
「だって、明太子のピザならもち明太じゃない!」
どうやら、よっぽど食べたかったようです。
でも、ご自分?で用意されたのならば作るしかないですね。トッピング用の刻み海苔も既に確保済み。
「あとは、ジャーマンポテト風に茹でたコーンやブロッコリーですかね?」
「明太子だけじゃ飽きは来るでしょうから、肉系のも必要だわ」
「それと箸休め的なサイドメニューにサラダですね」
二人で打ち合わせすればぽんぽん出て来るので、生地を仕込んだ後からまた詰めていきました。
焼くだけの準備にまで出来れば、まずはもち明太からです。
「広げた生地にオーラルソースをたっぷり塗って、昨日作ってくださったお餅を小さく切ったのを適当に散らして。明太子は皮を剥いで、中身をスプーンで適量散らします」
地球語をあまり話してないのは、焼く時にマリウスさん達が見学されてるからだ。
これにチーズをたっぷり乗せてからいつも通り焼いて、包丁で切る前に刻み海苔を散らせば出来上がり。
「出来ました!」
「「いただきます」」
僕とファルミアさん以外は早速試食してくれました。
「……少し、辛い。ですが、食欲をかき立てますね? モチの食感も実に面白い」
「モチって甘いものだけだと思ってましたが、オーラルとも合うとは使い道が広がりますね! このメンタイコ単体でかけるのもいいような」
「合ってるわ、ライガー。けど、明太子単体じゃ少し生臭いからカッツと一緒に焼き込むとまろやかになるのよ」
「「なるほど」」
味見完了となればどんどん焼いていきます。
ジャーマンポテト風や、普通のマルゲリータにミックスピッツァだったりとピザパーティー並みに。
出来上がれば、お昼ご飯に待ってくださってる皆さんのところへ急いで持っていきます。
「一週間もかけて仕込んだってのが、少し桃色のこれか?」
エディオスさんが指したのはもち明太のだ。
わかりやすく明太子たっぷり入れたからだろうね。
ちなみに、例のセヴィルさん用のはジャーマンポテト風のとハーフハーフにさせて彼の前に置いてあります。
「ゼルのだけ特別みたいだね?」
「カティお手製の、ゼル専用に作った激辛明太子だからよ。無闇に食べない方がいいわ」
「……遠慮するよ」
「こっちの麺料理にも、そのメンタイコとやらは使ってるのか?」
「はい」
サイノスさんは、ファルミアさんが作った明太子和風パスタを指した。クリームはセヴィルさんが苦手なのとマヨネーズでピッツァがこってりしてるから、あえて和風仕立てにしたんです。
とりあえず、いただきますをすることに。
「クラウには小ちゃく切り分けてあげるからねー?」
「ふゅふゅぅ!」
餠詰まり事件再発を防ぐためにも、出来るだけ小さく切り分けてあげる必要がある。
切り終わってからいいよと言えば、一個を口に放り込んでもちゃもちゃと咀嚼し出した。
「ふゅぅ!」
「美味しい?」
「ふゅ!」
じゃあ僕もひと口と、もち明太じゃなくてジャーマンポテト風に手を出してみる。
「おいひい!」
茹でたコーンやジャガイモはマヨネーズによく絡んでるけど、後からやってくる明太子独特の風味と辛味がいいアクセント!
辛子明太子って、日本のイメージが僕やファルミアさんの世代じゃ強いけど、元々は韓国や中国の食べ物だったらしい。
向こうじゃキムチ漬けに近い味付けだったそうだが、キムチも今度やってみようかとファルミアさんと決めています。漬け物もいいけど、あれもチーズとよく合うしね。同じ辛い系の明太子にもチーズが合うのは道理だと僕は思う。
「ふぉ! お餅昨日作ったのでもよく伸びます!」
ひと口食べたらチーズくらいに伸びてしまう!
クラウの方を見たら、はむはむみょーんと苦戦しながらも食べていた。今日は小さいお陰か詰まらせてない。
「この味だわ! もんじゃとかピザとかじゃ定番よね! 前に作ったお好み焼きにも合うのよ」
「美味いが、あの甘辛いソースと合うか?」
エディオスさんはばくばく召し上がってるが、もち明太は初体験だからお好み焼きの組み合わせは想像しにくいみたい。
(あ、セヴィルさん!)
僕が作った激辛明太子はどうかなっと隣に振り返れば……聞くまでもない状態でした。
いつ食べ終えたのか、お皿が空っぽだったんです。あと彼用に別で作っておいたパスタの方も。
「ど、どうでした?」
辛さもだけど、味の感想も聞いてみたい。
「前に食べたジェラートに近かったな。美味かったぞ?」
そして、特大級の微笑みを見せて、僕だけでなく皆さんを唖然とさせてしまいました。
それから、セヴィルさん用のはパスタ以外にも和食メインで提供しても、彼は無表情を崩して興奮気味に食べることがしばらく続きました。
僕は心臓ばくばくだったんですが、他の皆さんはどうしてか気味悪がっていました。どうも、表情有りのセヴィルさんを見るのが慣れないとエディオスさん談。
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