2017年9月21日ーー心を込めた、優しいモノpart4
まさか私が来るとは予想だにしていなかったようだけど、カティは羽根ペンと机の上を軽く片付けてからこちらに来てくれた。
「どうされたんですか? それに、その料理は?」
ああ、クロッシュのような蓋だからお菓子より料理と思われたのね。でも、この世界には紙箱はないから出来ないので少し不便だ。
「いいえ、これはガトーショコラよ。抹茶味だけど」
「うわぁ、それでお茶会するんですか?」
まあ普通はそう思うわよね。
けど、外にいるゼルにはあまり時間を割けてもらえないから手早く説明しちゃいましょうか。
「違うわよ。これはカティがゼルに渡すために私が用意したの」
「え、趣旨がよくわからないんですけど?」
「地球じゃごく一部にしか知られてないんだけど、運命の相手にこのケーキを渡せば幸せになれるそうよ。今日思い出してね?」
「ふぇえええ⁉︎」
ちょっと言葉を差し替えて伝えれば、当然カティは飛び上がらんばかりに肩を震わせながら顔を赤くさせた。
「そ、そんなバレンタインみたいなことをなんで⁉︎」
「まあいいじゃないの。経緯はどうであれ、あなたとゼルは婚約してるのよ? 抹茶味で甘さ控えめにさせておいたし、結構小さめにしたからゼルでも食べられるはずだわ」
「そそそ、そう言う問題じゃなくて! 僕から渡したってセヴィルさん喜んでくれるか……」
慌てていたけど段々語尾が小さくなっていくカティ。
やっぱり自信が持ててないわねこの子。外見はともかく、ゼルは内面を見てカティのことを気に入っているのには未だ気づいていないみたい。けどまあ、それはゼル本人もあまり気づいてないようだけど。
だからって、引き下がらなくてよ?
「大丈夫よ。カティからなら絶対受け取るから」
「……そうでしょうか?」
「エディやリュシア達ほどじゃないけど、40年は友人してるもの。信じてちょうだいな?」
「……………わかり、ました」
こくりと小さく頷いてから、私はクロッシュを開けて小さなガトーショコラの皿を彼女に渡した。
「……美味しそう」
「二人で食べていいわよ?」
「あ、はい」
「じゃあ、ゼルを呼んでくるわ」
セッティングが出来たので扉に戻り、向こう側にいるフィーにお願いして入れ替わるようにゼルを中に導いて私は廊下に出た。
「……何を企んでるんだ」
「細かいことはカティに教えてもらいなさいな?」
「…………」
まだ疑い深いゼルを押し込み、扉を完全に閉めてから私達はリュシアの部屋に入った。
「じゃ、これだね」
フィーが指鳴らしをすれば、頭上にドッチボールくらいの水晶球が浮かび上がった。
そこには隣のカティの部屋の中が映し出され、カティがちょうどゼルにガトーショコラを差し出しているところだった。
「あら、展開早いわね?」
何を言っているかはフィーの意向で聞こえないようにされているのでわからない。けど、こう言う無声映像も想像を掻き立てるから面白いわ。
あ、ゼルが顔真っ赤にしながら受け取ったわね。
なんでカティの前じゃ表情豊かなのかしらあの人。
「カティアさんだけですわ、ゼルお兄様をあのようなお顔に出来るのは!」
従妹として常日頃から心配していたリュシアはすごく喜んでいた。
あなたもあとで似た状況になるはずなのに、自覚ないのかしら? それか言わないのかもしれないわね。単純に初挑戦した料理のことを報告するだけかも。あり得ないことではないわ。
「リュシア」
「はい?」
「今から行って来なさい!」
「え、え? どうしてですの?」
「大体は見たじゃない。あっちも時間がそんなにあるわけじゃないんだから、早くしないとすれ違うわよ?」
「そ、そうですわね……」
ワゴンに乗せたリュシアの分をささっと渡して、追い出すように彼女を部屋から出した。その成り行きを1人フィーはにまにまと見ていただけだったわ。
「慌ただしいねー?」
「恋する女はいつだってそうだわ」
「君もそうだった?」
「ええ、もちろん」
リースには今でも恋しているわ。
子供はまだ出来ないけど、いつか一緒に過ごす大切な命を守る覚悟はお互い出来ている。王と王妃だからじゃなくて、ひと組の夫婦としてね?
「さて、私は他の皆に配ってくるわ。あ、フィーはこれね?」
「わーい!」
この人のことだからあっという間に食べちゃうでしょうけど、それは嬉しいことだ。
私はワゴンを出しながら部屋を出たが、背後に気配を感じたので振り返った。そこにいた人物に、思わず拍子抜けしちゃったけど。
「……どうしたのよリース?」
「や。何か面白そうな予感がしてね?」
我が夫でヴァスシード国王のユティリウスが、普段着にマントを羽織った装いで廊下の壁にもたれていた。護衛や四凶達の気配はないから完全に一人ね。
「面白いはあってるけど、美味しそうなものも忘れてなくて?」
「あはは、君は鋭いなぁ」
「これでも元暗部だもの」
「そこは関係ないでしょ?」
彼は私の口から家の事や生業にしていたのが出るのを嫌っている。正直言って、誇れる仕事内容ではないからだ。私はこの見た目と女だからと言う理由で幸い手を染めてないが、仲介はしたことがある。それだけは、どうしようもない事実だ。
「まあいいとして、ゼルの後をこっそり追ってきたんでしょう? さっきは私達がいたからどこかに隠れてただけで」
「あはー、そこもバレてたか?」
「あなたの妻だもの」
わかって当然。
日本人感覚じゃ数年程度だけど、その10倍も夫婦として一緒に過ごしているのだから。
「で、何してたの?」
「歩きながら話しましょう?」
「あ、それ俺が押すよ」
「王にさせてもよくて?」
「ここじゃ俺だってエディの臣下の1人だからいーいよ」
「じゃ、お願いするわ」
あなたに渡すガトーショコラだけは、少しチョコを多くしてるって言ったらどんな反応をしてくれるかしら?
いつも通り少年みたいなキラキラした笑顔で受け取ってくれるなら、私も本望だわ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆(サイノス視点)
休憩しに中層の食堂へ行こうと廊下を歩いていたら、今日は見かけないはずの女性が早歩きでこちらにやって来た。
「アナ?」
「サイお兄様、ちょうど良かったですわ!」
少し急いで来たのだろうか、頬が紅潮している。手には何故か食事に使う半円の銀の蓋をされたものを大事そうに持っていた。何かの料理だろうか?
「どうしたんだ?」
「お兄様をお探ししてましたの」
「俺?」
今日はアナの方が休暇だから仕事の用件ではないはず。でなければ、手にしてるものの説明がつかないしな。
彼女は俺の前に立つと何回か深呼吸をしてから、手にしていた皿を俺に差し出してきた。
「俺に?」
「そ、その……ファルミア様に教わりながら作りましたの」
「お前が⁉︎」
野営経験すらない王族の女性が厨房に立つなんて、驚くだけですまない。ファルの指導があってか怪我はないようだが、中身は何かとても気になってきた。
初めての料理を、縁戚と幼馴染みの関係でしかない俺なんかに作ってくれたなんて、嬉しくないわけがない。
「開けていいか?」
「は、はい」
蓋を開ければ、銀の皿に一つの丸いケーキ。
クリームなどは一切なく、黒みの強い茶色の焼いたケーキの上に綺麗に雪化粧のような砂糖が降りかかっていた。ファルやカティア程じゃないが、俺は軍人の下積み時代から料理を嗜んでいたので多少の具材はわかる。だが、これは見たことがないものだ。
「ファルミア様やカティアさんがいらしたところのお菓子でガトーショコラと言うらしいんですの」
「何使ってんだ?」
「ココルルですわ」
「この色はココルルか……」
ココルルのケーキは総じて甘い印象を受ける。しかし、このガトーショコラとやらは少し苦味がある印象を受けた。
どっちにしても、俺はゼルと違って甘いものはなんだって好きだけどな?
だが、
「エディ達には?」
「そ、それはサイお兄様だけにですわ」
「え」
自身の兄にも他の誰にも作ってないと言うことに、俺は胸の鼓動が早まっていく。
さっき受け取った時以上に、歓喜で心が満たされていった。
「……そうか。ありがとな?」
「い、いいえ」
恥じらう姿を見ると、普段の勝気な印象が和らいでいく。まあ、元々美人だし可愛いけどな?
「せっかくだ。一緒に食わねぇか?」
「よ……よろしいんですの?」
「俺がそうしたいんだよ」
「で、では」
詳しいことも食べながら聞こう。場所を中層にすれば俺はともかくアナが一緒だと酷く目立つので、空いてるゲストルームの一室を借りて食べることにした。
初めてにしては美味い焼き菓子に舌鼓を打ちながら作った経緯を聞いたが……ファルに絶対後押しされまくった気がしたぜ。
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