2017年9月21日ーー心を込めた、優しいモノpart3
「……本当に混ぜ続ければ大丈夫ですの?」
「大丈夫よ。ずっと混ぜてればこうなるから」
自信なさげに呟くリュシアに、私は自分が混ぜてるボウルの中身を見せてあげた。中身は半分以上メレンゲの状態になった卵白。まだツノが立つほど固くないからもう少し混ぜる必要はあるけど。
「まあ、そのような泡になってしまうんですね!」
透明な液状から泡が出来るなんて魔術以外じゃ石鹸やシャンプーでしか見られないから、自らの手で生み出せるとは思ってなかったのだろう。それに、王族だから余計に料理初心者なリュシアなんで、メレンゲを見るのは初めてだしね。
「これをこっちくらいにまで固い泡にさせたらいいの。出来そう?」
「頑張りますわ」
それから緩く回してた泡立て器を少し強めに力を入れて回し出していった。
私ものんびりしていられないので残りの分もどんどんメレンゲにしていくわ。
全部が出来上がった頃には、リュシアのボウルの中身もなんとかメレンゲが出来上がっていた。
「お疲れ様」
「や、薬草をすり潰す以上に手が痺れましたわ……」
「コツをうまく掴めばそうでもないけど」
リュシアにいきなりは無理だものね。
少し休憩を挟んでアイスティーを飲んでから、焼く準備のための次のステップに取り掛かった。
「さっき作ったメレンゲをこのボウルのと混ぜるんだけど、いっぺんに全部入れてはダメだし普通に混ぜてもいけないの。泡を潰し過ぎて膨らみにくくなるから」
見本にカティに渡す予定のでやってみることに。
全体的に抹茶色のそれはこの世界じゃ感受しにくい色合いだ。地球の現代社会に生きてた頃はそうでもなかったけど、食紅なんかの染料もないこの世界じゃ異質なのもしょうがない。
メレンゲのボウルから木ベラで3分の1程度すくってショコラのボウルに入れて、下からすくい上げるようにゆっくりと混ぜていく。これをあと二回繰り返して少し白っぽい抹茶色になったら生地がようやく完成。
「今みたいな感じでやってごらんなさい。見ててあげるから」
「はい」
見本を見せてあげたお陰か作業に慣れてきたのか、リュシアからためらいは抜けていた。慎重さは相変わらずだけど。それでも頑張って力を入れ過ぎないように生地にメレンゲを混ぜ込んでいき、出来上がればほっと息を吐いた。
「片付けは後にしましょう。そろそろ型に入れて焼きに入らなくちゃ」
「はい」
この世界のケーキ型はなんでか日本で使ってたのとあんまり変わりない。側面と底が分解できるのとか一体型とか。今回は一体型にしたけど。
型の八分目まで入れ、表面を均すのに少し持ち上げて台にこんこんと叩くようにして平面にする。これを全部の型にリュシアと一緒に行えばあとはオーブンに入れておくだけ。
熱いから、入れる作業は私がやることにしたわ。
「これを15分……」
タイマーがわりの砂時計を使って、オーブンの上の台に置いておく。
時計がないのが不便だけど、まあそこは慣れね?
先に片付けをしてくれてるリュシアと合流し、モコモコ泡の中に溶けていくチョコを見ながらこれからの計画を思い起こした。
「カティには直接的に伝えた方がいいと思うのだけど」
「下手に遠回しにさせない方が良いですわ。わたくしもそう思いました」
「そうね」
あとでネタバラシにさせた方があの子混乱しそうだから。
今回ガトーショコラを作ったのには意味があるの。
バレンタインじゃないわよ? 今は秋だからそう言うのじゃない。ゼルの誕生日でもないわよ、たしかあの人春生まれだったから。
そう言うオーソドックスな記念日じゃなくて、ガトーショコラにはほとんど知られていない逸話があるのを思い出したの。
『想いを伝えれる時にガトーショコラを渡せば、その相手は運命の人となる』。
なんかのキャッチコピーだったかなと前世の記憶をすべて覚えているわけじゃないのと、今日たまたまふっと思い出したからだ。
私自身はリースが既にそう言う相手だし、結婚して少し経ってるからいつでもいいけど、他はそうじゃないのが多い。
特に最近、友人のゼルにカティと言う可愛くて料理上手な御名手が出来たばかり。なのにあの人ったら何の進展も踏み出さないから本当に焦ったいのよね。
そこで、ガトーショコラとかは私が用意して、カティには趣旨を説明してゼルに仕掛けさせることにしたのだ。カモフラージュに全員にガトーショコラを作るのもやってみたけど、リュシアのはちょっと別。
彼女の場合はほぼ御名手候補兼想い人に渡しに行くのだ。うまくいくかはわからないけどね。
「あら、砂が落ちそうですわ」
「ありがとう。温度下げなきゃ」
表面を高温で焼いてから、低音に下げて中をじっくり焼く。
料理の焼きでも揚げ物でも基本の調理法だ。
オーブンの外から炎を調整して温度を下げて、今度は別の少し大きめの砂時計を用意してひっくり返す。
「これで
「ココルルの香りに包まれながらなんて素敵ですわ」
うっとり通り越して濃厚過ぎるくらい部屋に充満してってるけど、リュシアには贅沢な香りになってるみたい。
あ、でもこの香りをまとってたらリュシア大丈夫かしら? 渡す相手はそう言うのに過敏でいるけど……まあ、消すのも大変だしいいか。
焼き上がるまでのんびりとティータイムを過ごしていたが、どんどん濃厚になっていく匂いにさすがのリュシアも鼻を押さえ込んだ。
「凄いですわ……」
「量が量だものね」
私もやっぱり我慢出来ずに消臭浄化の魔法を部屋全体に施した。
綺麗さっぱり匂いがなくなったところで、砂時計の砂が落ち切った。
「さあ、焼けたわ」
オーブンの蓋を開けてミトンでゆっくり取り出せば、天辺にヒビが綺麗に入った抹茶色のガトーショコラが出来上がってた。
「まあ、割れてますわ」
「こう言うケーキなのよ。あとで飾り砂糖をかければ気にならないわ」
普通は失敗してるように見えるが、焼き菓子の場合こう言うヒビが出来るのはちょくちょくある。ガトーショコラやパウンドケーキがその代表かしら?
すべてをオーブンから取り出して、台の上に用意した網の上に乗せる。粗熱を取るためよ。
だけど、
「あんまり時間もないから、これを冷却魔法で冷やすわ」
一気には冷やさずにゆっくりとさせる。
イメージ的にはエアコンの風を送る感じね。
冷風を起こしてケーキ達にかければ、湯気だっていたのが段々と収まって冷えていった。
試しにひとつをミトンなしで触れば適温になっていたので、よしと頷く。
「飾り砂糖をかけるのは後にして、用意して置いた銀皿に乗せるわよ。型をひっくり返して上の部分を受け止めれば大丈夫」
持ったままのをリュシアに見せながらひっくり返せば、すぽっと言う具合にケーキが出てきた。
リュシアもひとつ頷いてから自分のを見つけてひっくり返し、それはすぐに手のひらに落ちてきた。
これを全員分繰り返してから、小さめの網杓子に入れて置いた粉糖を持って2人でケーキ達に化粧させていく。そうすれば、やっとガトーショコラの完成だ。
「お疲れ様っ!」
「はい。ですが、これからが本番ですわね」
「そうね。リュシアはすぐ渡しに行く?」
「いいえ。カティアさんとゼルお兄様の成り行きを見守らせていただてから」
「いいわよ」
そうとなれば、識札を使ってゼルをカティの部屋に行くように仕掛けて、ケーキ達は全部持って行かずに一部だけをワゴンに乗せてから厨房を後にした。
だけど、一度リュシアの部屋に戻って彼女にはいつも通りの普段着に着替えさせた。ラフ過ぎては疑われやすいし、あとで彼女が渡しに行く相手のところへ行くには少々憚られるので。
「フィー、カティ? 今いいかしら?」
もう八つ時も近いので勉強は終わってるだろうと見計らっていたけど、どうかしら?
一回だけ勉強は見てあげたことはあるけど、カティは元優等生なくらい真面目さんで頑張り屋さん。専門学校卒でも頭いいのよね。けど、料理人志望だったからそこは仕方ない。
ノックをしてもすぐに反応はなかったが、やや間を置いてからフィーが扉を開けてきた。
「どうしたのミーア?」
ぱっと見中学生にしか見えない、漆黒の髪に服を着込んだ少年創世神。今は何も知らないからこちらを疑う素ぶりは見せていない。けれど、今から言うことを知れば、この人結構乗り気になってくれるはずだわ。
「カティは?」
「ちょっと宿題出して頑張ってるとこだよ。八つ時が近いから何か作るの?」
「いいえ。お菓子はこちらで用意したわ」
「じゃあ、こっちでお茶会でも?」
「それも違うわ。ちょっと耳貸して」
「ん?」
来い来いと手招きしてから彼の耳に計画の内容を伝えていく。
そうすれば、わからないでいた彼の表情がにまーっと口を緩めた悪戯っ子のようなものとなっていった。
「いいね! それはいいよ!」
「ちなみにお菓子はリュシアも手伝ってくれたわ」
「アナも? 大丈夫だったの?」
「ご心配に及びませんわ。初めてでしたが、とても楽しゅうございましたわ」
「へぇ、アナの意外な才能が出たってわけか?」
「経験を積んでいけば、だけどね?」
そう簡単に習得されてはこちらの立つ瀬がないもの。
「で、アナもあげに行くの?」
まだ告げてないことをフィーが当ててしまい、リュシアは当然顔を赤らめながら頬を押さえた。
「や、やはり、フィルザス様にはっ」
「僕がこの世界の神だもん。お見通しだよ」
「うう……」
「で、セヴィルをここに呼んで僕らの前で渡させるの?」
「いいえ。透視の魔術使って外から見守るわ」
外野がいては、恥ずかしがり屋の2人がうまくいくわけがないもの。
「……カティアの部屋の前で何をしている」
騒がしくしていたら、ターゲットその1がやってきたわ。タイミング的には早いけど、作戦開始ね。
「あら、ゼル。早かったじゃない?」
「呼び出したのはそちらだろうが」
相変わらずカティ以外には無表情の鉄仮面。
素材はかなり良いのにもったいないわよね。まあそこは置いておくとして。
「それで、何をさせるつもりだ?」
「あなたには嬉しいことよ?」
「……お前が?」
「いいえ。カティから」
準備したのはこちらだけど。
ただ、詳細はカティにはまだ話してないので、例の抹茶ガトーショコラの皿に蓋をしてから半開きのままの扉から中へ入った。
カティは集中しているのか机で一生懸命に勉強している。守護獣のクラウはベッドですやすやとお昼寝中だ。
「カティ、ちょっといいかしら?」
「え、ファルミアさん?」
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